足らない人材、その33~夜襲⑫~
「ヒャハハハァ! 見つけたぜ」
「誰だ?」
問い詰めるラインの声と共に、森に明かりがともる。そこには弓矢を構えたヘカトンケイルの一団と、先頭に立って笑う男、グンツがいた。突如として現れたヘカトンケイルに行く手を阻まれたアルフィリース達。
「何の目的でここにいるの? まだオーランゼブルとの契約は破棄されていないはずよ」
「契約? 何のことだか」
グンツは興味なさそうに答えた。リサが反応の仕方から、本当に知らないのかもしれないとアルフィリースにそっと告げた。グンツは続ける。
「俺の仕事はこの戦場を混乱させることでね。まあできる限りクライア側をやれって言われているんだが、もうこんだけ混乱してたらどっちでもイイと思わねぇか?」
「よくないわよ! 誰がそんな命令を?」
「さすがに雇い主の事は言えねえな。俺も元傭兵でね。雇い主の事をあまりぺらぺらと喋っちまうと、雇い先がなくなるんでな。
まあ一個だけ教えてやると、ここは戦争っていう実験場なんだとよ。これから先に備えて、丁度良い準備場所なんだそうだ。あれ、これは言ってもよかったんだっけか?」
「実験? 準備?」
アルフィリースはわけのわからない言葉に混乱した。だがラインの思考はいたって単純であった。
「んなこたどうでもいいんだよ。お前はここを通すつもりがあるのか、ねえのか」
「ん~、それなんだよなぁ。確かにイェーガーに手を出すなとかなんとかって話は聞いたことがないわけでもねぇ。だが今回の依頼を受けるにあたって、俺は何も説明されてねぇんだよなぁ。
そういうのって、雇い主の説明不足だと思わねぇか、なあ? つまり・・・」
グンツはニタリと気持ちの悪い笑みに口元を歪めた。
「好き勝手やっても構わねぇってことだよな!?」
「ちっ、やっぱりそうなるのか」
「どうして私達の前にばかり、こんなのが立ちはだかるわけ?」
アルフィリースも流石に自らの不幸を愚痴った。だがラインに叱咤されながら剣を構える。そのアルフィリース達を見て、グンツはさらに恐ろしいことを告げた。
「お前達ばかりじゃねぇよ。言ったろ、実験だって。もっと悲惨な目に遭ってる奴も他にはいるだろうよ」
「なんだと? それはつまり――」
「お久しぶりねぇ、坊や」
ラインが何かを言いかけた時、森の中からかけられた声。同時に跳んできた何かを、ラインは反射的に叩き落とした。
「お上手、お上手。やはり貴方は一流ね」
「この攻撃の仕方は――」
ラインが気が付きかけた時、頭上から飛来する影から繰り出される剣をラインが受けた。女傭兵の姿をした人物はラインを剣を交えると、ラインの耳にふっと息を吹きかけ、同時にラインの体を蹴って飛びのいた。
細身の美しい女性。傭兵らしく赤色の髪は短く切りそろえ、森林でのひっかき傷を防ぐために長袖長ズボンを身に纏った彼女は、まぎれもなく人間の女性だった。だがラインは一瞬で感じ取った。声も姿も違うが、紛れもなくあの女だと。
「お前、クルムスの!」
「あら、わかるのね。勘が良いのかしら。それとも私の事を好きなのかしら」
「ふざけるな!」
ラインは剣を構え直した。
「お前はあの時倒したはずだ! それに姿形も違う」
「あら、あの程度で私を倒す事なんか不可能よ。それは貴方もあの時感じていたんじゃなくって? 何はともあれ、再会できて嬉しいわ」
「こっちは二度と顔を見たくなかったがな」
ラインはぺっと唾を吐いた。先ほど蹴られた腹のせいで、胃液がこみあげていたのだ。下手な鍛え方をしていたら、腹を蹴り潰されていてもおかしくない。明らかに女の脚力ではなかった。
そして女は優雅に挨拶をしたのだ。
「ここで会う予定は実はなかったのだけども。これも何かの縁ね、自己紹介をしておきましょう。私の名前はカラミティ。オーランゼブル率いる黒の魔術士の一人であり、南の大陸、三すくみの一人であり、『八重の森』の主。それが私」
「・・・えらくご丁寧な自己紹介だな。どんな気持ちの移り変わりだ?」
「女の心は移ろいやすいのよ。それに、私が貴方方と深く関わる事はもう決定的なのよ。今度の計画は私の立案で動いている。そしてもう誰にも止められないわ」
「計画? 何の計画だ」
カラミティはふふ、と笑みを浮かべた。
「さあ? そこまで話してあげるほど親切じゃないわ。自分で調べたらどうかしら?」
「ち、そんなことじゃねぇかとは思ったが」
「おい、嘘だろ・・・」
二人の会話に割って入ったのはロゼッタだった。ロゼッタはふらりと前に出た。その無防備さ加減に、ラインがロゼッタの肩を掴む。
「ロゼッタ、どうした?」
「あいつ・・・思い出した! ララベル、ララベルじゃあないのか!?」
ロゼッタがまた一歩踏み出そうとするのをラインが羽交い絞めにするようにして止めたが、ロゼッタの呼びかけに応じてカラミティが返事をする。
「へえ・・・貴女、確かロゼッタだったわよね? 懐かしいわ」
「やっぱりララベルなのか」
ロゼッタの顔から邪気が抜け、彼女にしては珍しく呆けた表情になった。そして一度項垂れた後、顔を上げたロゼッタの表情は怒りに満ちていた。
「・・・殺す」
「おいおい、どうしたロゼッタ。わけがわからん」
「あいつは私の元相棒だ。二人で様々な依頼をこなし、『赤い姉妹』なんて言われた事もあった。同時に、私の姉貴分でもあった」
「いや、そんなバカな。だがあいつは――」
「そうだ、そんなはずはないんだ。だって、私達がそう呼ばれたのはもう50年以上も前の事だ。混血児の私はともかく、ただの人間だったララベルがあの時のままの姿で生きているはずがない。だからあいつは――」
「そんな寂しいこと言わないでよ、ロゼッタ。私達、一緒に釜の飯を食べて床まで一緒にした仲じゃない」
カラミティが言葉とは裏腹に、不敵にニヤニヤとしながら答える。明らかにロゼッタを馬鹿にしているような表情だった。
続く
次回投稿は、3/25(月)17:00です。