足らない人材、その32~夜襲⑪~
「ラッシャだと? ならば先ほどの声は――」
「よう、ゼルヴァー。久しぶりだな」
その場にさらに姿を現したのは、ブラックホークの4番隊と、その隊長ゼルドスであった。全身から闘気を漲らせる獣人の部隊に、傷つき疲れ果てたイェーガーの面々は完全に気圧されていた。その中でただ一人だけ、気楽そうにゼルドスが話しかけている。
彼らの登場はゼルヴァーにとっても意外だったのか、神妙そうに返した。
「なぜお前達がここにいる?」
「野暮なことを聞くなよ。俺たちゃ傭兵だぜ? 戦いがあれば、そこに出向くもんだろうが」
「それはその通りだ。だが問題はお前達がどちらに雇われたのかということだ。なぜダンダを攻撃した。返答次第では」
「俺はお前たちが揉めるのを止めたつもりだったんだけどなぁ。まあいいや、確かに俺達の依頼を先に果たさせてもらおう。えーと、なんて名前だっけか。長たらしい名前の傭兵団は覚えにくくていけねぇや。団長さん、いるかい?」
ゼルドスが自分を呼んでいるのだと気が付き、アルフィリースは手を上げた。
「あ、私のことかな・・・」
「おう、お前さんか。確か黒髪の美人さんだと聞いたが・・・」
ゼルドスがうろんげな目でアルフィリースの方を見る。疑惑の視線にアルフィリースがはっとした。
「ちょっと、何か不審な点でも!?」
「いや、そうじゃねぇ。どこかで会ったような・・・ああお前、ミーシアの酒場に来たことがあるな! ニアを連れて行った、あの女傭兵か!」
「・・・あ! あの時の店長さん?」
意外な顔合わせに双方が驚いた。そのことがわかるのは、この場ではリサとフェンナだけであったが。
「こりゃ懐かしい。だが積もる話は後だ。まずは俺の依頼を果たすぜ」
「それって・・・」
アルフィリースが不安そうな顔で見るが、ゼルドスは満面の笑みで返した。
「安心しな、俺は味方だ。できる限り多くの兵士を救うように頼まれている。ってえことで、お前らにゃ悪いが戦いはここまでだ。俺達はこの嬢ちゃんを無事に連れて帰らにゃならんもんでな。じゃあな」
「待て、獣人風情が何を勝手に話を進めている? 誰がその者達を帰すと言ったか!」
ゴートがモーニングスターを地面に叩きつけてゼルドスの動きを制した。だがゼルドスは彼をちらりと見ながらも、アルフィリースを促して自分達の後ろに下がらせようとする。その姿を見て余計にゴートは激怒した。
「獣人! 貴様、私を愚弄するか!」
「悪いんだが俺は獣人なもんで、『愚弄』とかいう難しい言葉はわからねぇんだ。もっと俺にわかるような言葉で落ち着いて話してもらわんと、まるで犬が吠えているようにしか聞こえん」
ゼルドスが真面目くさった顔で言ったもので、全員が噴き出した。そして見るのもかわいそうなくらいに真っ赤になったゴートは、今度は本当に吠えながら突撃してきたのであった。
ゼルドスはそれを見てアルフィリースに目配せすると、自らも騎兵に向けて突撃していった。どうやら囮となってカラツェル騎兵隊を引き付ける気らしい。その姿を見てアルフィリースは即時に命令した。
「この隙に撤退よ! 怪我人をそれぞれで補って!」
「怪我人を一人含めて三人一組を作れ。足を怪我している奴はおぶってやれ」
ラインが声を張り上げて全員の間を駆ける。こういう時には本当に頼りになると、アルフィリースは思う。
ゼルドス達4番隊のおかげで、敵の追撃はまるで来ない。敵の方が圧倒的に多かったはずなのだが、ゼルドスが防いでいるようだった。後ろから戦いの喧騒が聞こえてきた。
その中でゼルヴァーとゼルドスが語り合う。
「妙な所で会うな、ゼルドス。雇い主は誰だ?」
「それはこっちのセリフだぜ。お前らどこのギルドで申請をだしたんだ? 同じ傭兵団が敵味方に分かれるなんざギルドの失態だな、こりゃあ」
「ああ、滅多にないことだ。で、どうする」
「どうするって、そりゃあおめぇ・・・」
ゼルドスがちらりとゴートの方を見た。吠えるだけのことはあり、ブラックホークの獣人達をしても容易に仕留められないようだった。犬は犬でも、猛犬であることには違いない。並みの団員では深く噛みつかれるだろう。
ゼルドスがゴートを相手にすべくそちらに動こうとすると、ゼルヴァーが大剣を抜きゼルドスの方に向けた。ゼルドスは剣呑な表情でゼルヴァーの方を見た。
「ゼルヴァーよぅ、なんの真似だ?」
「知れたこと。あんなのでも今は雇い主が同じでな。カラツェル騎兵隊は全部隊がヴィーゼル側に雇われたと聞いている。そして私達もヴィーゼルに雇われている」
「俺達の事はお構いなしか?」
「そうではない。傭兵としての責務を果たすだけだ」
ゼルヴァーの言葉にゼルドスは頭をぽりぽりとかいた。
「あー、どうしてそうお前は真面目かな・・・俺達は傭兵なんだ。もっと自由にやってもいいだろうによ、俺みたいにな」
「言うな。これがどうあっても変えられない俺の性分だ」
「生きにくい奴だよ、お前は。わかったよ、相手してやるから死んでくれるな?」
「そう願う」
森の中にひときわ大きい叫び声がこだました。
一方でアルフィリース達はその叫び声を後ろに聞いたが、もはや何が起こっているかは確認する余裕もなかった。ゼルドスはまさに天の助け。正直既にカラツェル騎兵達とやりあうだけの余力はアルフィリースにはなかった。そもそも、先ほど呪印の力なしで『炎獣の狂想曲』が発動したこと自体が奇跡であった。二度は撃てまい。
だが一息つく暇もなく、逃げ出すアルフィリース達の前の地面に矢が突き刺さった。同時に、下品な笑い声が聞こえてくる。
続く
次回投稿は3/24(日)17:00です。