足らない人材、その31~夜襲⑩~
「逃がさない」
ルナティカが追撃すべく地面を蹴ったが、幾度か交錯する攻撃の最中、ルナティカはローブに隠れた相手の顔を見た。その顔は仮面で隠されており表情こそ見えなかったが、緑の瞳だけは確認できた。一瞬のことだったが、ルナティカにはわかる。この男はよくアルフィリースが出会う異形などではなく、確かに人間だと。
ルナティカは心底驚いた。なぜならば男の目は闇の住人の目ではなく、確実に陽の元に生きる活力に満ち溢れた人間の眼であったから。ルナティカは、自分が世界で有数の腕利きなどと思ったことは微塵もない。自分に戦い方を仕込んだ人間、またかつての同僚にも自分より腕の立つ人間はきっといるだろう。
だがそれらは全て闇の領域の人間達だ。決して夢や使命に燃えた人間達が自分に対抗できるとは思っていなかった。それは技術の差ではなく、戦う者としての戦い方。生き延びるためにではなく、相手をより効率よく破壊するために戦うルナティカのような暗殺者は、自分の身を顧みない。その差が戦場では如実にでる。余程ルナティカよりも技術が上でない限り、互角の戦いにはならない。
「(強い)」
ルナティカは素直に心の中で賛辞を送った。まだその言葉が賛辞だと、彼女自身は気がついてはいないが。
しかし相手はより緊張感を高めるルナティカとは裏腹に、相手はより体重をかけた一撃の反動で距離を取ると、再びローブをまとって姿を消した。続けざまに周囲の者達も姿を消していく。
「待て」
ルナティカが追撃しようとしたが、その動きをリサが制した。
「待ちなさい、ルナ。今は体勢を立て直すことが先決です」
「いいのか? かなり危険な連中だ」
「だからこそ、あなたが一人で追うのはどうかと思います。周囲を見なさい」
リサが指し示したのは、周囲で倒れる仲間達。彼らは仕留められたのではなく、動けない程度に傷を負わされていた。その気になればアルフィリース達をもっと追い詰めることもできたはずだ。なのにそうしなかった。残った仲間達が傷ついた者達の手当てを始めている。
「足止めが目的」
「そのようですね。そしてまんまとはめられました。既に騎馬の一団が迫っています。交戦は避けられないでしょう」
リサが悔しそうに述べたのと共に、ルナティカはもう一つの事に気が付いた。
「(それよりも不気味なのは、相手の死体が一つもない。恐ろしいほど強い連中ではあったが、最低でも二人は死んでいたはず。痕跡すら残さないとは、余程訓練された人間達)」
「ちっ、せっかく和んだところだったのにねぇ」
ルナティカの思考をよそに、ブラックホークのドロシーが首を振りながら剣をアルフィリース達に向けた。
「騎馬が出現したら合図だ。やり合うしかないね」
「ドロシーねぇちゃん、そんなこと言うでねぇべ。ここは協力して――」
だが小さなドロシーの願いは、剣によって遮られた。殺気のない剣ではあったが、大きなドロシーは小さなドロシーに斬りかかっていた。
「甘いこと言ってんじゃないよ! こっちは剣で生きてきてんだ。私と対等に語りたかったら、力でねじ伏せて見せな!」
「・・・わかったべ。おらも傭兵だ、ねえちゃんをねじ伏せてみせるさ!」
「そうでなきゃね。私達の村じゃそうやって皆生きてきたんだから!」
ドロシー同士が切り結び始めた時、ちょうど馬蹄音が聞こえ始めていた。同時にバキバキという木々をなぎ倒す音が聞こえ始める。小隊長達が隊列を組もうと必死に叫ぶが、傷ついた者は多く、思うように人は動かなかった。
「くっ、さっきのわけのわからない連中の襲撃さえなければ!」
「・・・わけがわからん、ということはないけどな」
「え? ラインは心当たりがあるの?」
「・・・」
アルフィリースの問いかけにラインは黙ったが、確かにラインには心当たりがあった。アルフィリースの問いかけに応えなかったのは、まるでラインにも信じられなかったから。なぜこの戦いに奴らが介入してくるのか、さっぱり見当がつかないのだ。ラインは確信のないことは口にしない人間であった。
だが考えをまとめる暇もなく、騎馬達が姿を現した。その姿を見て、全員が叫ぶ。
「なんだあの馬は!」
「普通の倍はあるぞ?」
木々をなぎ倒しながら現れた馬は普通の倍はある巨躯だった。巨大な馬を駆る重装備に身を固めた騎士達は、全員が薙ぎ払うための刃を馬の横につけ、それで木々をなぎ倒してこちらに突進してきているのだった。さきほどから倒れる木の音は、この騎馬達がなぎ倒して突進してくる音だったのだ。
この周辺に群生している気は人の腕より少々細い程度とはいえ、これらをなぎ倒すのに衝撃は相当のものだろう。だがこの騎馬達はそれすらものともせずに突撃してきている。この馬に蹴られでもしたら大けがは免れない。先頭をかける騎士が、大きく吠えた。
「やあやあ、我こそはカラツェル騎兵隊の大隊長が一人、茶騎士ゴート。腕に覚えのある者は前に出ろ! 私が踏み潰してくれようぞ」
「隊長に続けぇ!」
「ウラァアアア!」
士気高く、威勢の良い騎士達は速度を上げて突撃してきた。その前にロゼッタが立ちはだかる。
「調子に乗ってんじゃねぇぞ! アタイが相手だ!」
「女だてらに、その意気や良し!」
ゴートは一際大きなモーニングスターを振りかざすと、ロゼッタの頭上目がけて振り下ろした。ロゼッタも棘付きの鉄球を受け止めようと剣を出したが、馬の勢いがある分だけ、ロゼッタが不利だった。ロゼッタが押し負け、たたらを踏んで後ずさる。
「フハハ! とどめぇ!」
「グフー!」
ロゼッタにさらに襲いかかるゴートを、ダンダの斧が吹き飛ばした。そのまま先頭を駆ける騎士達数人を吹き飛ばし、ダンダが立ちはだかる。
「おお、オークだ!」
「ブラックホークのダンダか」
どうやらダンダはそれなりに知られた名らしい。ダンダが重騎馬兵たちの前に立ちはだかると、騎士達の突撃は一時止まった。
「こ、この辺に、しておけ。お前達、ちゃ、茶騎士が雇われた、と、とは聞いていない。金になら、ない戦い、は無駄だ」
「その通りだ」
ダンダの言葉を肯定したのは、彼らの隊長ゼルヴァーだった。彼もまたどこかで戦っていたのか、血糊のついた剣を持ったまま、その場に姿を現した。だが馬ごと吹き飛ばされていたゴートは倒れることなく体勢を立て直すと、全面的に彼らの言葉を否定した。
「わかってない、わかってないのはそちらだよ、ブラックホークの傭兵達よ。戦いに小難しい理屈など不要! 我々はただ強い者達と戦いたいだけなのだよ。それこそが騎士の誉れ」
「何が騎士だ、傭兵の分際で。貴様の場合はただ戦いに快楽を見出しているだけだろうが、元騎士のゴートよ。行き過ぎた戦闘行動で騎士団を追い出された懐古主義者め」
「貴様こそ、拙い指揮で多くの部下を死なせた出来そこないの元騎士だろう? 聞いているぞ、貴様は――」
ゴートが何かを言いかけた時に、ダンダが巨斧を地面にズドン、と降ろして言葉を遮った。
「た、隊長は良い隊長だ。な、何が過去にあって、も、か、関係ない。貴様も、せ、戦士なら言葉ではなく、剣で語れ」
「良いこというじゃねぇか、ダンダ」
ダンダの言葉に反応するかのように、何かがダンダに飛びかかってきた。小柄な影はダンダに飛びかかろうとすると、反射的に斧でダンダは影を防いだ。斧越しに影と目があったダンダは、瞬間的に凄まじい衝撃を受けて後ろに吹き飛んだ。吹き飛びながら体勢を立て直したが、ダンダを吹き飛ばしたのは小さなリスの獣人であった。
続く
次回投稿は、3/23(土)17:00です。