足らない人材、その30~夜襲⑨~
「敵か、ベルノー?」
「うむ、ワシの結界に反応があった。敵は騎馬が百騎ほど。まだ距離はあるが、ほどなくこちらに来るだろう」
「あ、新手。腕が、なる」
「まだ敵と決まったわけじゃないけどね。で、そっちはどうする? 逃げるなら今のうちだけど」
大きなドロシーは気をきかせて告げてくれた。現れた者達がアルフィリースの敵でも味方でも、ブラックホークはアルフィリース達と戦うことになるだろう。アルフィリースは背を向けた。
「全員、退却するわよ」
「またですか?」
リサが少し不満そうに告げたが、意外な事にロゼッタがリサの頭を抑えた。
「いや、それも一つの選択さ。こんな戦場はさっさとおさらばするに限る。それよりアルフィ、すまないんだがガキ二人を見失った。どうやらはぐれたらしい」
「・・・仕方ないわね。あの二人もこうなる事は覚悟してたはず」
「おいおい、見捨てるのか?」
アルフィリースの言葉にロゼッタが意外そうな声を上げた。
「責められるべきはアタイさ。もっとちゃんと見ておけばよかった」
「意外に律儀なのね、ロゼッタ。でも剣を取って戦場に出ることになったからには、こういうことは起きうるわ。生きてれば良い教訓になるでしょう」
「思ったより割り切っているんだね。それでも探すくらいはするのか?」
「わかっているくせに。そんな余裕はないわ。身代金交渉があればなんとしても助けたいけど」
「私が探そう」
割って入ったルナティカが既に準備を終えていた。探しに行くと、態度で示している。
「ルナ、それは無理だわ。なんの当てもないのよ?」
「それはそうだが、あの二人はこれから強くなる。私はそう思う。また同じ思いだからこそ、アルフィリースもこの戦場に連れてきた。違うか?」
「・・・そうね」
アルフィリースの考えはルナティカには読まれていたようだ。確かにゲイルの剣の裁き方は、少し腕の立つものならその筋の良さがわかるものだった。体格的にもかなり大柄に育つだろうし、良い戦士になることは十分に予想できた。
またエルシアも本人はやる気を見せていないが、その剣の裁き方、また投擲の正確性は非凡なものがあるとアルフィリースは知っていた。どちらも良い傭兵になりそうだと、アルフィリースはひそかに期待していたのだ。少なくとも下働きでせっせとはたらくレイヤーよりは戦いに向いていると、アルフィリースは思っていた。
こんな結末になることを想像しなかったわけではない。戦場ではどんな残酷な事も起きてしまう。アルフィリースは二人の少年少女を既に死んでいることも考慮に入れていた。もし本当に死んでいれば、その咎は自分が背負うことになるだろうと予感していた。
アルフィリースは一つの覚悟を決めて撤退の合図を出した。その彼女にベルノーが話しかける。
「二度我らと対峙し、互いに命があるのも何かの縁じゃ。一つよいことを教えてやろう。この戦場にはクライア、ヴィーゼルの他に第三の勢力がおる」
「第三の?」
アルフィリースが意外そうな声を上げる。ベルノーは頷いた。
「おそらくは、な。今回の夜襲は事前に警告があったことは予想がついているであろう。だがその情報を誰がやり取りしたかということじゃ。どちらの陣営にも自由に出入りできる。そんな連中がおるのじゃろう」
「単純に密使じゃねぇのか?」
「それはない。ワシはヴィーゼルの総大将を常に見張っておったからな。クライアからの使者があればすぐにわかるさ。どうもヴィーゼルの総大将は今回の動きを事前に知っておったようじゃ」
「えげつねぇ」
「だからこそ色々な場所に先んじることもできるし、死ぬこともない。戦果も常に最高じゃ」
ベルノーはにやりとした。
「だが報告があったにしろ、あまりに待ち伏せがはまりすぎる。ここに来た大隊も既に誰かに削られた後じゃった。この近くにはヴィーゼルの部隊は展開しておらんはずじゃ。さて、やったのは誰か。
ワシはここを自分達の猟場として、早くから広範に陣地を築いておった。即席の城とでもいうべきの。じゃが誰もここに足を踏み入れた気配はない。じゃが敵の死体はある」
「魔術士の結界をすり抜ける相手?」
「だとしたら相当厄介じゃな。互いに気をつけんとのう」
ベルノーが軽く笑った時、ルナティカがふっと何もない宙を見た。そこはアルフィリースの後方、数歩の場所。ルナティカがそこを見たのは本能だった。何かにあると、はっきりわかったわけではない。ほんのかすかな、何とも言えぬ違和感。そう、まるで姿を持たない人の意志だけがそこにあるように感じた。
だがルナティカの行動にためらいはなかった。何もないはずの虚空に人の姿を思い描き、まよわずマチェットを振るった。何もないはずの空間がルナティカの攻撃を弾く。突如として響き渡った金属音がその場の全員の注目を集める。反応が早い者は同時に剣に手をかけていた。
「全員・・・!」
アルフィリースが何かを言う暇もなく、激しい血飛沫と歓声が起こった。アルフィリースの後方にいた透明な何かはローブを翻すと、ローブから見えた部分だけが宙に突如として出現したように現れた。同時に、はっきりと人としての気配も出現する。
ルナティカはその一瞬を逃さなかった。一歩で間合いをつぶし、二歩目で踏み込んで接近戦に持ち込む。だが相手はルナティカの目にも止まらぬ速度の攻撃を、全て小剣で叩き落としていた。ルナティカの瞳が驚きに広がり、直後ルナティカの姿は残像のように消えた。今度は速度で幻惑しての不意打ちを選択したのだが、出入りの激しいルナティカの攻撃を、やはりその者は全て防いでいた。そして初めて反撃した一撃が、ルナティカの肩口を切り裂いていたのだ。
「(できる・・・!)」
ルナティカの本気の攻撃をここまでしのげる者を、ルナティカは数えるほどしか知らない。だが相手もルナティカを手ごわしと見たのか、ルナティカは一度距離を取って仕切り直そうとすると、再びローブに身を包んで姿を消そうとした。
続く
次回投稿は、3/21(木)17:00です。