足らない人材、その29~夜襲⑧~
「新手かい? 今日は剣舞の相手に困らないねぇ。モテすぎってのも疲れるもんさ」
「あの人、どこかで見たような・・・」
「あっ、あの人は・・・」
「くっ、ここであの女ですか。忘れましたかアルフィ。フェンナの里で出会った、ブラックホークの団員です!」
リサが忌々しそうに告げた時、アルフィリースの記憶は思い起こされた。ニアをあしらい、アルフィリース達を追い込んだブラックホークの女剣士ドロシー。もし助けがなかったら、アルフィリース達はどうなっていたかわからない。
その時の女が目の前に再び現れたのだ。女の方も気が付いたのか、アルフィリース達を見て少し目を丸くした後、ニヤリと笑った。
「ん~? これは珍しいとこで会うねぇ。縁があるのかしら?」
「すぐにでも切ってしまいたい縁だけどね」
「そう言わないでよぉ、人との縁は大切よ? ただ、もし切るっていうんならあなた達の胴体ごと、になっちゃうけどね?」
ブラックホークの女傭兵、ドロシーが剣の切っ先をアルフィリース達に向ける。ラインはその様子を見ながら、ぼそぼそとアルフィリースに呟いた。
「アルフィ、本当にブラックホークなのか?」
「ええ、間違いないわ」
「ちっ、ついてねぇな。しかも向こうはやる気満々か。何番隊かわかるか?」
「確か・・・3番よ」
「3か。比較的新しい隊だな。それならイケる」
ラインはずいっと前に出ると、ヴェンを振り返った。
「ヴェン、こいつはお前に任せるぜ。俺は影に隠れている奴らの相手をする」
「了解した」
「陰に隠れているであろう魔術士の相手は、リサとフェンナでやりましょう。オークの相手はうってつけの人が追いついてきました」
「ああん?」
丁度よい所に現れたのはロゼッタであった。彼女は自分の部下をまとめると、殿から無事に引き上げてきたのであった。追いついたばかりで状況の読めないロゼッタに、リサがてきぱきと命令をする。その様子をただ眺めているだけのドロシーが怒りはじめた。
「ちょっと、何私を無視して話を進めてんだよ! こちとら・・・」
「あれ、ドロシーお姉ちゃんでねぇべか?」
「はい?」
その場にいた全員が素っ頓狂な声を上げた。ドロシーに呼びかけたのは、アルフィリースの仲間であるドロシー。まさに戦わんとしたその時に声を放った意外な人物に、全員の注目が集まった。
「やっぱそうだべさ! おらの二軒隣の家に住んでた、ドロシーお姉ちゃんだっぺ? 生まれた日が同じだから、おらの両親がお姉ちゃんのように強くなるようにって名前をあやかったんだべ。おらのこと、憶えてっか? リブラとベルの娘のドロシーだっぺよ」
「・・・あ、あんたまさか・・・あのそばかすドロシーかい?」
「そうだべよぉ~」
ドロシーは剣を構えるのも忘れて、自分と同じ郷里の女傭兵に抱き着いた。
「お姉ちゃん久しぶりだべ~。元気にしてたが?」
「い、いやまあ見ての通りだけど」
「それにしてもお姉ちゃんはやっぱり綺麗だべな。それに話し方も都会的になったべ。どんな魔術を使ったべか? ドロシーにも教えてけろ」
「そ、そげな都合のええ魔術あるわけねぇべよ! ・・・あ・・・」
郷里の懐かしい方言につられたのか、年上のドロシーの口調が素に戻っていた。その言葉を聞いてアルフィリース達はため息をつきながら全員剣を収める。
「はあ・・・」
「な、何ため息ついてるのよ。やる気あんの?」
「あったけど、なくなっただろうよ。よう、そっちの出てきたらどうだ? 今さらそんな気分じゃねぇだろ?」
「そうじゃのう・・・」
「グフー」
ラインの呼びかけに答え、森からベルノーとダンダが姿を現した。二人ともちらりとドロシーを見ると、ため息を大きくついたのだ。
「せっかく盛り上がっとったのにな。台無しじゃて」
「な、なによう。私のせいだっての?」
「そ、それ以外の何、何が、ある? ざ、残念美人、なんだ、な」
「うるさい!」
ダンダの言葉に、大きなドロシーは小さなドロシーを振りほどいて食ってかかった。隣ではベルノーがラインに話しかけている。
「ところで若いの。ワシらがおるとなぜわかった?」
「わかってはいねぇよ。ただ、一人でのこのこ俺らの前に顔を出すような奴がブラックホークとは思えなかった。そうでなくても伏兵はいるものとしていつも考えている。それだけだ」
「なるほど。思ったよりも慎重な男じゃな」
「でなきゃこの稼業では生き残れないさ。そっちこそ、本当に俺達とやりあう気があったのか?」
ラインの言葉にベルノーは年齢と共に落ち始めた瞼を、驚いたように上げた。
「・・・本当に食えん奴よの。そこは何も言わないでおこう」
「ああそうかよ。それより、そちらはヴィーゼル側に雇われたのか?」
「ああ、そうじゃよ。今宵の戦果は圧倒的にヴィーゼル有利。今もクライア側の大隊を我らで潰したところじゃ。これ以上の戦闘は、我々としてももはや行う必要がないじゃろうな。あまり藪をつついて蛇を出すような真似は好まん」
「どういうことだ?」
「なんじゃ、知らんのか? クライア側には・・・」
ベルノーが何かを言いかけた時に、彼は素早く森の一方向を見た。その顔が俄かに曇り、口笛を吹いた。ダンダとドロシーが口論を止めて振りむく。
続く
次回投稿は、3/19(火)17:00です。