初心者の迷宮(ダンジョン)にて、その13~謎の女~
「なんだか太陽を見るのは久しぶりな気がするわ」
「生きた心地がしなかったからな・・・」
「ええ、本当に。あの少年2人が戻ってきたらと思うとぞっとしますね。彼らが戻ってくる前に脱出できてよかったです」
周囲の傭兵達も含めニアでさえほっとした様子を見せていたが、フェンナの一言に全員がはっとした。安全になったと思い笑顔が戻ったはずの全員に、再び不安の色が差す。
「・・・すぐにここを離れよう。ここにいるのはなんだか気持ちが悪いよ。いいかい、アルフィ?」
「ええ、賛成よ。森を夜に突っ切ることになったとしても、その方がいいわ」
「ところで皆さんはどちらへ?」
カザスがアルフィリース達に問う。
「一番近いのはミレノだったかな。とりあえずそこへ。その後のことは町に着いてからよ」
「わかりました。よければ私も同行させてほしいのですが」
「それは構わないわ。むしろ生き残った傭兵たちとも同行するつもり」
「感謝します。ラインさんも行きますよね? ・・・あれ、ラインさん?」
「ん? ああ、俺か・・・」
ラインが真剣な面持ちで何か考え込んでいた。アルフィリースが目線で「来るな~」と訴えているが、状況を考えれば同行するのが妥当だろうと思われた。だがラインの返事は意外なものだった。
「いや、俺は同行しない。ちょっと考えたいことがあるから、先に行ってくれ」
「えーと、報酬をお渡ししようかと思ったのですが・・・」
「証文を作って、金と共にミーシアの傭兵ギルドに送っておいてくれ。どちらにしろ近々あそこには行く予定だった」
「それは構いませんが、残るのは危険では?」
「大丈夫だって。気にするな、じゃあな」
そう言い残すとラインはさっさと離れて行った。以前は何かとアルフィリースにまとわりついてきただけに、アルフィリースにとってはラインの行動は意外だった。ミランダがそっとアルフィリースに囁く。
「アルフィ、いいのかい? 単独行動させて」
「本人がいいって言ってるんだから、いいんじゃない?」
「けどさ」
「いいの! 行きましょ」
アルフィリースがラインと反対の方向に行くように歩き出す。ミランダはラインの行動が気にかかったが、追うわけにもいかずアルフィリースについて行く。そしてほどなくしてアルフィリース達は去って行った。彼女達の胸には死んだ傭兵達の事が去来していたが、まだ気が抜ける状況ではない。死を悼むのは町に着いてからでもいいだろうと、全員が同じ思いで歩いていた。
***
一方ラインは適当に石の台のようなものを見つけて、傭兵達から預かった階級章を出している。それを1つ1つ裏返し、それぞれがどこの出身だったかを確認している。
「ちゃんと届けてやらないとな・・・」
ラインは現在26歳だが、年の割には戦場経験が多い。19歳までは軍属だったし、傭兵となってからは特に自ら志願して戦場に出向くことが多かった。その中で彼にとって一番つらかったのは戦場で敵を斬ることではなく、戦死の報告を家族に届けることだった。自分の友人の戦死報告をしたことも何度もあり、そのたびに泣き崩れる家族を見た。この20年は泰平期と言われる平和な時代とはいえ、戦争が全くないわけではない。大きな戦こそないが、むしろ小競り合いは多かった。そのため軍では小競り合いによる死傷者が定期的に発生していた。
その中でもっとも悲惨だったのは生死不明状態になることだった。大きな戦争では珍しくも無いが、残された者はたまったものではない。まだ軍に所属し始めの頃、自分の夫の帰りを20年以上も待ち続けている婦人を見たこともある。戦争に向かう直前に結婚し身ごもっていたのだそうだが、夫を心配するあまり子どもは流れてしまい、そのまま気が少しふれた女性だった。受け答えは普通にできるのだが、20年経った今も自分は新婚当初のままのつもりでいたのだ。あんな光景を見たくなかったラインは、傭兵となってからも仲間の戦死報告は出来る限り丁寧に行っていた。
だが今回は戦死の数が尋常ではない。アルネリア教会の影響が及ぶこの地域ではちょっと考え難い数の死傷者の割合だった。
「くそ、あんなに死ぬなんてな。戦争じゃあるまいし、もうちょっと何とか出来なかったのか・・・」
こういう所で悩むのはアルフィリースもラインもそっくりなのだが、2人とも全く気が付いていないのだろう。2人の仲が悪いのは一種の同族嫌悪というやつなのだが、2人とも気がついてはいない。
「これがスタフィーの町で、これラトレで・・・さて、どこから回るか。で、そこにいる奴、出てこい」
ラインが横に置いた剣に手をかける。そしてラインの背後にある木の影から出てくる、黒く波打ったが、肩より少し長い程度の髪に黒い瞳の女性。身長もそこそこ高い方である。ドレスを着ているが、いやに肌の露出が多く胸元は相当開いていて豊満な胸元があらわになっているし、スリットは足の付け根付近まではいっている。あそこまで開いていて下着が見えないということは、下には何もはいていないのだろう。背中も大幅に開いているし、ほとんど裸に近い恰好だ。場末で客を取る娼婦でさえ、外では中々ここまで大胆な恰好はやらない。娼婦でこの美人具合ならば相当な人気者となるだろうが、ラインもこのような状況でそのような思考に及ぶほど色ボケているわけではなかった。
「何者だ? まさかこんな所で娼婦が客を取るわけでもないだろう」
「さあ・・・」
「はぐらかすのはよせ、この状況で冗談を言うほどバカじゃない。返答次第では女といえど斬るぞ」
「ふふ、怖い怖い」
剣に構えるラインを見て、クスクスと笑う女性。その仕草も妖艶だ。あわや一触即発かと思ったが、ラインがため息を1つつき、剣を収めた。
「おや、斬らないと?」
「丸腰の女を斬る趣味は無い」
「魔術士かもしれないが」
「そんな気配があればわかる。それに俺とお前の距離は5歩もない。お前が何かしら魔術を俺に放とうとして手をこちらに向ける前に、首と胴が別れてる」
「ふぅん・・・」
実際ラインにそれが可能かどうかはこの女にはわからなかったが、ラインが警戒を解いていないところを見ると、本当にやれてもおかしくはなかった。そんなラインの様子を興味津々にまじまじと観察する女。ラインは訝しそうに女に尋ねる。
「何ジロジロ見てる。何の用だ、俺に惚れでもしたのか」
「そのようなものだ。ただ自分の主人になる者を観察していただけでね」
「ぶっ」
ラインは思わず噴き出した。まさか彼もこんな破廉恥な恰好をした女に仕えられるとは思わなかったようだ。まさか俺が主人と言うことは、夜な夜なあんなことやこんなこと――などという妄想が年頃のラインの脳裏によぎるが、慌てて頭を振い正気を取り戻す。だが声は上ずっていたが。
「な、なんで俺に仕えるんだ?」
「何を言う。貴様が我の封印を解いたのだ。あいにくと封印を解いた者が我の主人となるのでな。もっとも我も主人は選ぶが、そなたは我が主にふさわしそうだ」
「封印?? いつだ?」
「貴様、我にあれだけ蹴りをくれたのを最早忘れたか?」
「・・・まさか」
「そのまさかだ。我は地下にいた魔剣だよ」
女がニヤリとする。さすがのラインも呆気にとられるが、女はそんなラインのそんな様子を見てしてやったりとでも思ったか。そして優雅に一礼する女、いや魔剣か。
「改めて自己紹介させていただこう。我の名前はダンススレイブ。以後お見知りおきを、我が主人」
続く
次回投稿は11/27(土)12:00です。