足らない人材、その28~夜襲⑦~
「死ぬのはテメェなのです、クソッタレの騎士様」
リサの悪態と同時に、ウーズナムに銀の暗殺者が襲いかかる。図ったわけではない。もちろんリサはわかっていたが、絶妙の間合いでルナティカがこの場に登場したのだ。頭上からの必殺の一撃にウーズナムは死んだかと思われたが、ルナティカの全体重を乗せた一撃は、彼の剣によって受け止められていた。
「なるほど、最短で敵将の首を獲りに来ましたか。戦局の打開には非常に良い手です。ですが、多少私を舐めてやしませんか」
ウーズナムはルナティカを弾くと自分もひらりと馬を飛び降りた。剣と盾を構えると、ルナティカに狙いを定める。
「強いですよ、私?」
「関係ない。別にお前を仕留めたいわけじゃない」
ルナティカはそういってウーズナムの足元にぽいと何かを投げ捨てると、その身をひるがえしてその場から消えた。
ウーズナムがはっと気が付くと、足元に見えたのは発破のような形をした何かだった。
「これは?」
ウーズナムが身を守ると、発破のような何かからは大量の光が漏れた。ミランダが持たせてくれている光爆弾である。大量の光はウーズナムの視界を奪うと同時に、騎士達の動きを止めるには十分だった。皆が何事かと注目する。
そして光が収まりかけた頃、ウーズナムは新たな殺気を背後に感じ、視界の戻らぬまま再び背後に盾を向けた。直後、ウーズナムは盾の向こうに焼けるような熱を感じた。
「(魔術か――)」
アルフィリースが放った炎の獣達が騎士達に襲い掛かる。光で目も見えぬウーズナムはそのまま釘付けにされた。周囲では部下の悲鳴が聞こえるが、ウーズナム自身それどころではなかったのだ。
そして視界が戻りウーズナムが腰を上げて周囲を確認すると、森は燃えていた。自身の馬も焼けて炭となった亡骸を横たえているだけである。部下の姿は見えないが、この規模の火災では何人もが巻き込まれているだろう。
ウーズナムの元に部下の一人が報告に来る。
「ウーズナム様!」
「敵は?」
「脱出されました。まさかこれほどの魔術を使う相手がいるとは・・・」
「仕方ありません、敵を侮った私にも責任はあります。それよりも生き残った連中をまとめて早々に引き上げましょう。これ以上の戦いは無意味です」
「奴らを追撃しないので?」
部下は意外そうにウーズナムの顔を見た。だがウーズナムは素っ気なく部下に返した。
「やりませんよ、馬鹿馬鹿しい。むこうにこれ以上の手があったらどうするんです? 被害が増えるだけじゃないですか」
「しかし仲間がやられて・・・」
「向こうも何人も死んだでしょう。生き死になんてのは戦いの常です、いちいち気にしていられませんよ。私だってこの前、この盾の魔術耐性を強化していないと先ほどの魔術で死んでいたかもしれませんからね。
ほら、わかったらさっさと引き上げますよ。全員に通達してください」
ウーズナムは糸目をいっそう細めながら部下に命令した。部下は慌てて走っていくと、そのことを周囲に伝えていた。
ウーズナムは一人になると、ふっとため息をついたのだ。
「それなりに得意の陣形で仕掛けたはずでしたが、敵にも中々の者がいますね。まあ私は仲間に笑われるのは確実でしょうが。また出会ったら良い戦いができそうな相手です。
と、その余韻に浸る私に、無粋な客が訪れるものです。どこのどなたですか、貴方」
ウーズナムが振り向いた先には、一人の男が立っていた。男は下品な笑いを浮かべながら、ウーズナムに向けて剣を突き出した。
「べっつにぃ。ただの小汚い傭兵だよ、旦那。あんたと違って、名誉も何もない男さぁ」
「その顔、見た記憶があります。私達とは別の意味で名の売れた男だったと記憶していますが。そうですね、たとえば婦女子に対する行き過ぎた暴行とか」
「へっへっへ、てぇしたことはねぇよ。ちょ~っと人より多めに撫でたことがあるだけさぁ」
男は下品な笑いを一層ゆがめると、ウーズナムににじり寄ってくる。軽薄な態度とは別に、その体からは殺気がにじみ出ていた。危険な匂いが、嫌がおうにでも立ち込める。
ウーズナムは記憶を思い出していた。男の名前は確かグンツと言ったはずだ。普段なら気にも留めない程度の男であったろう。だがグンツの悪評が図抜けていた故に、ウーズナムはその名前を記憶していた。いつか機会があれば、この男は殺してしまおうと。ウーズナムは自分のことを正義漢とは程遠いと思っていたが、人としての分別はなくしていないつもりだった。間違えてもグンツのように、村人全員を串刺しにして家の壁に貼り付けたことを「戦いのついで」などとのたまうことはない。
周囲では戦いの喧騒が始まっていた。どうやらグンツの部下がウーズナムの仲間達と戦い始めたのだろう。だがどういうわけか、グンツには援護が来る様子がなかった。周囲を確認し、ウーズナムは剣を構える。
「私達に仕掛けるとは正気とは思えませんね。無駄な死体を増やすだけです」
「実験、なんだとよぉ」
ウーズナムの言葉に、グンツは気のない声を返した。そこにはグンツの不満がありありと見て取れる。
「何? 何を言っている」
「だから実験なんだよぉ。確かに力をくださいって言ったのは俺さ。でもそりゃ力があれば便利だねって意味で、別に強い奴とやりあう必要なんかないんだからよ。だってよ、俺は弱い奴をいたぶりたいだけなんだから、別に俺が強くなる必要なんてないもんなぁ? それをアノーマリーの野郎、怪しい薬を俺にぶち込みやがった。
だけどまあ、興味がないわけじゃないんだよ。今まで強いと自分で思い込んでた奴が、自分より弱いと思ってた奴にやられる時ってどんな顔すんのかなぁ? なぁ、教えてくれねぇか?」
「ふん、知りませんよ」
ウーズナムは剣と盾を構えた。盾は先ほどの魔術で一部が融解しているが、まだ戦いには耐えるだろう。これも今回召集に備えて特別に注文した逸品なのだ。そう簡単に壊れてもらっては困る。
ウーズナムがグンツに斬りかかると、グンツはまたしても下品な笑みを浮かべた。ウーズナムの踏込は速い。短距離ならば鎧を着けたままでも馬よりも速く動ける。鎧に盾と剣といった出立で油断してくれる相手が多いのは事実であった。だから相手が驚くことはあっても、まさかグンツのような言葉を吐いた相手はまだいなかったのだ。
「なんだ、お前もさっきの猿達と一緒で遅えなぁ?」
グンツの剣が横なぎに払われた時、ウーズナムは左の盾が横断されると共に、自分の肘から先がなくなっていることに気が付くまでしばらくの時間を要した。
***
敗走に続く敗走。それでも先ほどの戦闘ではあまり犠牲者がいなかった。ラインとヴェンがいち早く騎士達の攻撃をしのいだからだ。特にラインの指揮は適切で、アルフィリースの魔術の後、仲間達をはぐれることなく誘導した。アルフィリースはラインの指揮能力に救われる格好となった。
アルフィリースが再び落ち着くころ、眼前には新たな火の手が広がっていた。どうやら逃げるのに必死で、他の戦いの場所に近づいていることに気が付かなかったらしい。はっとするアルフィリースにラインが話しかける。
「なんか目論見があってここに来た、って顔じゃないな」
「えっと・・・」
「その顔は俺以外にゃ見せるな、仲間が不安になる。平然としてろ、嘘でもな。それが大将の務めってもんだ」
ラインが真顔で答えた。アルフィリースは言われたとおりにしながら、ラインと会話を続けた。
「私はそんなに演技が上手じゃないのよ」
「知ってるよ。だけどこれから嫌でも上手くなる。自分の本心すらわからないほどに、自分を偽るのが上手くなる」
「貴方も?」
「そこまでひねくれてるか?」
ラインがふっと笑うと、少しアルフィリースも落ち着くような気がした。その言葉を最後に、アルフィリースとラインは同時に剣を構えた。視界の端に動く人影を捕えたからだ。人影は戦っているようだった。剣を振るう時の気合の声が聞こえ、そして悲鳴に変わった。ラインとアルフィリースが見たのは、数人の手勢に囲まれた人物が、逆に彼らをなで斬りにする場面だった。
実力差は明らかだった。囲まれていた人物は容赦なく周囲の敵をなで斬りにすると、倒れた敵に確実にとどめをさした。剣の血糊を死体の頬でふき取ると、剣を抜いたままアルフィリース達に近づいてきたのだ。現れたのは、曲刀を携えた女だった。
続く
次回投稿は、3/17(日)17:00です。