足らない人材、その27~夜襲⑥~
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アルフィリース達は森の中を敗走していた。既に仲間は50人もいない。先ほどの闇猿たちの襲撃で死んだ者もいたが、いない仲間のほとんどがはぐれた者達だった。それでも日頃から火急時にはアルフィリースの周囲に集まるようにとの訓練をしていたせいで、これだけの仲間がアルフィリースについてきている。
だがアルフィリースも退路を選びながらの撤退するほど余裕はなかったため、もはや今どこにいるのかもわからなかった。アルフィリースは隣にいるドロシーとリサを呼ぶ。
「リサ、近くに高台はあるかしら? ここがどこか確認したいわ」
「このまままっすぐで、少々高いところに出るでしょう。ドロシー、先行してください」
「了解です!」
リサに命令されるがままに、ドロシーは一人駆け出した。ただの田舎娘だったドロシーも、既にアルフィリースの傍で剣を振るうまでに成長している。それはドロシー本人の才能もあるが、素直な彼女は何をやらせても呑み込みが非常に良い。加えて野生の勘とでも言うべき危機感知能力が彼女にはあった。一人で暗闇を先行させても、早々間抜けな結果にはならないだけの信頼は置かれている。
しかして彼女達は少しだけ周囲より高い丘に出た。手ごろな木に登ったドロシーが、周囲を見渡し降りてくる。
「何か見えましたか?」
「いろんなところに明かりが見えるべ。サラモの砦らしきものは見えねぇし、おそらくは山の向こうだと思うだけどもなぁ」
「周囲はそこら中戦闘ですか。どうやら夜襲部隊は全員反撃に遭ったのかもしれませんね」
「明らかに情報が漏れているわ。うかつにサラモに戻らない方がいいかも」
アルフィリースの言葉に、周りは静まり返った。だが仲間がまだサラモの砦にはいる。それに契約放棄は重大な過失となる。再びアルフィリース達がこの規模の依頼を受けるようになるまで、数年はかかるだろう。
悩むアルフィリースだったが、そこに多数の人影が寄ってくる。
「おお、無事だったか」
「ライン? 生きていたのね」
「たりめーだ」
ラインは少し胸を張って答える。
「あんな本腰入れてもねぇ相手に、てこずるわけがねぇだろが。ヴェンも当然無事だぜ」
「・・・本気じゃなかったの?」
「当然だ。黄騎士の一団ってのは、必要とあれば三日三晩馬を駆けてでも相手を仕留めるような容赦ない集団だ。それがあんなにあっさりあきらめるなんざ、最初からそのつもりか、他にやるべきことがあるのか、あるいは気が乗らないか。
少なくとも、奴らが本気だったら俺達はもっと被害を受けてたさ。だがそっちはかなり手ひどくやられたようだな」
「実は・・・」
アルフィリースは闇猿とヘカトンケイルの事を話した。しばし難しい顔でラインが耳を傾ける。
「やっぱり妙だな」
「何が妙なの?」
「この戦争、確かに久方ぶりに国同士の際立った戦争が起きた。クルムスとザムウェドの戦争はザムウェドが獣人の国だったこともあり、傭兵は積極的に参加しなかった。電光石火の戦争だったしな。だが今回は違う。傭兵達が情報を聞きつけ、参加するだけの時間的余裕があった。
だがそれにしても傭兵が集まり過ぎだ。それにアルネリアの介入も上手くいっていないし、国同士の交渉もまともに行われているとは思えねぇ。クライアはともかくとして、ヴィーゼルは大人しい国だ。貿易で国も潤っているし、戦争をするよりは賠償金で戦いを収めたがるだろう。よしんばある程度やりあうとしても、この傭兵の集め方は異常だ。俺が掴んでた情報によると、相手はカラツェル騎兵隊を全て雇っている。そのほかにも傭兵団が多数だ。たかが国境線の争いに異常だぜ、この戦力の集め方は。まるでクライアそのものを攻め落とさんばかりの勢いだ」
「それは無理でしょう。クライアの国土は中に分けいると砂漠が多くなると聞きます。進むに困難で、引くのもままならない。奪って得なしの大地です。ヴィーゼルが資源の潤沢な国家なら、なおのことクライアを奪う価値がなくなります」
「そうよねぇ・・・」
リサの発言にアルフィリースが頷いた。どうも色々な要因が複雑に絡み合い、戦いの全容が見えなかった。もちろん傭兵がそこまで知っておく必要はないのだが、すっきりはしない。急遽依頼された戦争とはいえ、このままではミリアザールの依頼は果たせそうになかった。
さらにリサが気になる一言を告げる。
「それに先ほど脱出するときに突っ込んで来た一団が話しているのを聞いたのですが、どうやら敵にはさらに仲間がいるようですね。『あいつらが来る前においしいところをいただくぞ』と、叫んでいましたから」
「あいつら・・・誰の事かしら。カラツェル騎兵隊かな?」
「夜の森の中で騎兵は戦えんだろう。戦ったのは闇猿だったな。あいつらよりも夜の森で戦える傭兵団なんてあったかな・・・」
ラインがしばし考えたが、やはり結論は出なかった。彼らは仲間に小休止を取らせ、どの経路で脱出するかを話し込んだ。結論は早かった。彼らは現在見える火の手を回避するように、大回りでサラモに戻る事にした。どのみちサラモにはまだ他の仲間が残っている。帰らないわけにはいかないのだ。
イェーガーの者達は多くが傷ついていた。だが帰ってもアルネリアの援助は見込めないため、かなり苦しい戦いがこれからも強いられることは明らかだろう。斥候をしていたヴェンが戻ってきた。
「周囲に明らかな敵影はない。脱出するなら今のうちだ」
「そう。引き続き斥候を頼むわ」
「わかった」
「待ってください。この音は・・・?」
リサが再び偵察に出ようとするヴェンを引きとめた。センサーは届かずとも、その耳には常人には聞こえない音が聞こえているようだ。
「馬蹄音でしょうね・・・だけどこれは・・・?」
「街道らしきものは周囲にはない。獣道くらいはあるが、とても馬を駆けさせるような道ではない。まして今は月夜だ。余計に不可能だろう」
「それはリサもわかっていますが・・・やはり馬蹄音です。しかも数は百騎程度。アルフィリース、皆に警戒させてください。敵は既にこちらに気付いているかもしれません」
「まさか。こんな夜の森の中をどうやって突き進んでくるの?」
アルフィリースも半信半疑だったが、リサは至って真剣だった。
「そんなことはリサも知りませんよ! ですが現に敵が迫っているのです」
「わかった、リサを信じるわ。でも敵はどの方向から来るの?」
「我々を包むように半円の形で攻めてきます。敵のいない方向には崖。完全に囲まれました」
「どっちにしてもやるしかないか。腹くくろうぜ、アルフィリース」
ラインが剣を抜いて戦闘態勢を取る。ヴェンが矢継ぎ早に指示を飛ばし、アルフィリースも気乗りしないままに戦闘態勢を取った。すぐにリサの言った通り、馬蹄音が響いてくる。
その音にいち早く反応したのはフェンナ。フェンナは馬蹄音の響きに違和感を覚えた。通常馬は一定の歩幅で走る。だが今聞こえる馬の馬蹄音は、ちぐはぐなのだ。フェンナはしばし聞いてその音の正体に気が付いた。
「アルフィ、気を付けて!」
「何?」
「敵は森の中を騎馬で突き進んできます! 速いですよ!」
フェンナの叫び声と共に、アルフィリース達は信じられない光景を見た。森の中から姿を現した騎兵たちは、速度をつけたまま森を突っ切ってきたのだ。
「何だって?」
「信じられない! 木の枝にぶつかって首の骨を折るわよ?」
虚を突かれたアルフィリース達は騎兵になぎ倒された。そこかしこで悲鳴が聞こえ、騎兵たちの剣がアルフィリースの仲間達の頭上に振り下ろされる。
「馬の足を狙え! 機動力を奪うんだ!」
「しかしこの馬は!」
イェーガーの面々もわかっている。騎士達を引き摺り下ろすために馬の足を薙ぎ払おうとした。だが乗り手の操作が見事なのか、馬は剣を巧みに躱した。揚句、まるでウサギのように四足で馬が飛んだのだ。普通の馬にない挙動に、愕然とする傭兵達。
「なんだあれは?」
「筋肉の付き方が普通の馬と違う。あれが森の中でも速度を落とさずに走れる秘密か」
「そういや森の中で育つ、夜行性の馬がいるって聞いたことあるな。気性が荒くて人間にゃ乗りこなせないはずだが」
「そんなことどうでもいいわよ! なんとかならないの?」
アルフィリースの叫び声が響いたが、状況は変わらなかった。リサが敵将の位置を知ろうとセンサーを巡らすと、一騎だけ動きのない敵を感知した。その敵に意識をリサが集中すると、待ってましたといわんばかりに敵が口をきいたのだ。まるでリサのセンサーが飛んでくることを知っていたかのようであった。
「逃げられませんよ」
「!?」
「私はカラツェル騎兵隊の隊長の一人、緑騎士ウーズナム。別段恨みもありませんし戦う必要性もないのですが、戦場に顔を出しておいて手ぶらで合流するわけにもいきませんので。ほら、騎士の沽券にかかわるでしょう?
ですのでここで死んでもらえませんか。まあ相手が我々ならしょうがないですよね。だからほら、早く死んじゃってください」
ウーズナムの死を急かすような態度に、リサは腹が立った。だから言ってやったのだ。思い切り、性格悪く聞こえるように、自分の声が届かないと知りながら。
続く
次回投稿は、3/15(金)18:00です。