足らない人材、その26~夜襲⑤~
「兄ちゃん、あいつらなんだったのかな?」
「知らねぇよ。斬っても突いてもびくともしやがらねぇ。俺達も人間離れした部隊って言われるが、あれは本当に人間じゃねぇな。あれが噂のヘカトンケイルかもな」
「じゃあ、じゃあ魔術士が必要だねぇ」
「ああ、それが有効な手段らしいな。どのみち俺達単独じゃ分が悪ぃ。それよりあいつらイカレてんぜ、ボート。今回あいつらは味方だって話には聞いていたんだが、俺達にも躊躇わずに剣を向けやがった。
それに先頭の男にゃ見覚えがある。あれはたしかグンツって下衆野郎だ。他の傭兵団の団長だったはずだが、どういうわけだ」
「普通の奴らもいたけどねぇ。ヘカトンケイルと手を組んだだけかも」
「それがわかんねぇ。ヘカトンケイルっていう傭兵団も不気味だし、誰が団長かも、規模もわからねぇ。最近の戦場はおかしなことばかりが起こりやがる。北東の戦場だってなぁ、ディオーレが出張ってきてんのに戦闘が収まらなかったんだぜ? そんなことは今まで・・・」
男達は闇猿で間違いなさそうだった。どうやら彼らも先ほどの戦闘で敗走したらしい。あるいは無益な戦いに引いたのか。どちらにしてもエルシアとゲイルにすれば最悪だった。さっさと逃げればよかったものを、その場で隠れてしまったために敵に囲まれる羽目になった。ロゼッタと互角以上に切り結ぶ連中なのだ。自分達が今さらどうこうできるはずもない。
それでも必死に息を潜めていればなんとかなるかとも思ったが、やはりその考えは甘かったようだ。ケルスーの隣にいた男が何やらひそひそと呟いた。その中で、ケルスーがぎろりとエルシア達の隠れていた茂みに目を向けたのだ。
「気づかれたっ!」
「逃げろ!」
だが茂みを飛び出した瞬間、エルシア達は囲まれていた。抵抗する暇もなく取り押さえられ、地面に組み伏せられる。
彼らの方にケルスーがゆっくりと歩いてきた。
「さっき見た顔だな。ロゼッタの仲間か」
「うっさい! だったらどうなのよ!」
「気が強いのは買うが」
ケルスーはエルシアのわき腹に蹴りをお見舞いした。エルシアが先ほど飲んだ水を吐き出す。
「げほっ! おえぅ」
「やかましいんだよ小娘が。力もねぇくせにキンキン喚きやがって。静かにしとけ」
ケルスーは嗚咽するエルシアの頭を踏みつけると、ゲイルの方を向いた。
「どうすっかな・・・普通にいきゃ身代金だが、ただ返すのも癪だな。それに面倒だ。かといってガキだし、ただ殺すのも芸がねぇ。よう、お前ら。どうしてほしい?」
ケルスーはゲイルの顔を覗き込んだ。ゲイルは頭こそよくないが、本能で察した。この男は自分を試していると。つまらない言葉を発すれば、その場でむごたらしく殺されるだろうと。
ゲイルは一瞬だけ悩み、賭けに出た。
「ただのガキを殺しても自慢にゃならねぇだろ? 賭けをしないか」
「はっ、聞いたかお前ら! 小僧が俺に取引を持ちかけたぜ? 一応聞いてやろうか」
ケルスーは大仰に仲間を煽って見せた。周囲からは忍び笑いが聞こえたが、ゲイルは自分で冷静に対処しているつもりだった。
「一騎打ちだ。俺がお前の剣を10合しのいだら俺達を見逃す」
「お前が負けたら?」
「身代金と交換だ。俺達は金になる。そうなるように団長に掛け合ってもいい」
「ほほう。いくらくらいだ?」
「そうだな・・・」
正直ゲイルには金銭感覚はあまりない。まだ日銭以外はほとんど目にしたことがないからだ。そのゲイルにしては、かなりの大金を想定したのだが、
「5000ペント。これでどうだ?」
「5000ねぇ・・・全然だめだな。せめて5万じゃねぇとな」
「なっ・・・」
ゲイルは絶句した。そして悟った。どう考えても、金銭感覚のない自分でさえ名もない少年傭兵の身代金として5万は法外だ。つまり、この男は最初から自分達を返すつもりがないのだと。ゲイル達はケルスーにからかわれているのだと。最初からこの男は、自分達を相手にしていないのだと、はっきり悟った。
ゲイルは悔しそうにケルスーを見上げたが、そんな彼にケルスーは意外な言葉を放った。
「どうやら払えないようだな・・・なら別の機会をやろう」
「なんだよ?」
「お前達を放してやってもいい」
ケルスーの言葉に、ゲイルの顔に希望が現れる。その表情の変化を、ケルスーは面白そうに笑いながら見ていた。もうすでにケルスーに乗せられていることに、ゲイルは気がついてもいない。
そしてケルスーの口から出た言葉は・・・
「俺と一騎打ちでお前達が俺に勝てるとは思わねぇ。だから、あの中天にかかった月が木陰に隠れるまで俺の剣に耐える事。10合よりはちいと長いが、目がないわけじゃない」
「なんだ、そんなことなら・・・」
「ただし。戦うのはてめぇじゃなくて、そこの小娘だ」
ケルスーの提案に、ゲイルの顔が真っ青になった。顔に浮かんだわずかな希望が、一瞬して絶望に変わる。ケルスーはその変遷をさも面白そうに眺めていた。
「ふざけんな! やるなら俺が――」
「断る権利はねぇ。断ればこの場で殺す。俺に負けても殺す。生きたければ剣を振るえ。さあ、どうする?」
「やるわ」
腹を蹴られて悶絶していたエルシアが、ゆっくりと起き上る。その瞳は理不尽な要求に対する怒りでもなく、強敵への恐怖でもなく、ただ生への執念に燃えていた。エルシアは自分の剣をすらりと抜くと、ゆっくりと構えた。周囲から歓声が上がる。
「エルシア、やめろ! 無理だ!」
「無理でもなんでもやるのよ! どの道生き残るにはこれしかないんだから。私達はそういう道を選んだのよ。とっくに覚悟はできてるわ」
そう言ったエルシアの手は震えていた。もちろん怖くないわけはない。ケルスーはそれを見てせせら笑う。
「口先だけは一人前だ。だが、本当の覚悟はどうかな?」
「さっさと来なさい! 月は思ったよりも駆け足かもよ!?」
「じゃあ遠慮なく」
ケルスーの剣は鞭のように頭上でしなると、唸りを上げてエルシアに襲いかかった。
続く
次回投稿は、3/13(水)18:00です。