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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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足らない人材、その25~夜襲④~

「各員撤退して! 身近な数人とまとまり、それぞれ砦を目指せ! 殿しんがりは・・・」

「アタイがやる! ラーナと、後20人ほど残りな。こいつらを足止めするよ!」


 ロゼッタが叫んだ。すかさず腕に覚えのある連中、言い換えれば戦い好きの連中がロゼッタの周りに集まる。その中にはゲイルも含まれていたが、ロゼッタはゲイルを背中から蹴り倒した。思わぬ衝撃にゲイルがわめく。


「いてぇ! 何すんだ!」

「こっちのセリフだクソガキ! てめぇの仕事を忘れたか?」

「・・・生きて帰る事」

「そうだ! 正直、足手まといなんだよ! アタイも面倒見切れねぇぞ、ロイド!」


 ロゼッタが呼ぶと、ロイドは心得たとばかりにゲイルの肩を掴んで促した。ロゼッタの余裕のない表情と、ロイドの真剣な表情が事態の深刻さを物語る。さすがのゲイルもこれ以上の我儘を言わなかった。


「・・・生きて帰れよ」

「誰に口きいてやがる? ロゼッタ様が早々死ぬか!」

「じゃあ、後でな」


 ゲイルは混乱の戦場の中、エルシアを見つけて彼女の手を取って逃げた。ロイドが数人をまとめ、闇の中に消えていくのをロゼッタは見ながら、ケルスーと対峙する。

 ケルスーはアルフィリース達が引き上げるのを見ると、ふっとその中の一団に目を止めた。ちょうどそれはロイドの一行である。


「おいおい、俺を無視してんじゃあねぇよ!」


 ケルスーが遥か遠くから剣を振るう。その剣がばらけ、鞭のように伸びた。エルシアは後ろから迫る脅威を肌で感じ、思わずゲイルを後ろから突き飛ばして地面に倒れ込んだ。ケルスーの剣が何人かの首を飛ばし、ロイドの背中を切り裂く。


「ぐあっ!」

「ロイド! ケルスー、てめぇ!」


 ロゼッタがケルスーに斬りかかり、そこからの剣劇は凄まじいものであった。戦場で命のやり取りで稼いできた、戦闘狂同士の一騎打ち。常人離れした膂力と反射神経で応酬される剣は、さながら小竜巻といったように近寄る全てを粉々にする。だがエルシアとゲイルはそれどころではなく、襲い来る闇猿の襲撃を必死に振り払いながら、血に塗れたロイドすら気に掛ける暇もなく闇雲に逃げ出すしかなかった。

 その混乱の中、アルフィリースもまた彼らの事を気に掛ける余裕はなかった。目の前にサイクロプスと見紛えるほどの大男に、突如として行く手を塞がれたからだ。


「なっ」


 アルフィリースは剣を構えるのではなく、一転して逃げに転じた。大男が振りかぶった金棒を、何を差し置いてもよける必要があると悟ったからだ。アルフィリースは恥も外聞もなく剣を交えることもなく、男から逃げ出した。威圧感を感じて飛びのいたその後ろで、木々がまとめてなぎ倒される音を聞いた。足元のおぼつかないアルフィリースが立ち上がり再び走り出すと、その横に大男が並走してくる。どうやら体は大きくとも、鈍重ではないらしい。


「逃げるな。兄ちゃんに怒られる!」


 大男が金棒をアルフィリースの進行方向から片手で振り回すのを、かろうじて前に転がりなら躱すアルフィリース。だがその次が続かない。男の追撃はさらに速かった。


「(せめて魔術が使えれば・・・!)」


 混戦のせいで、魔術の使用は同士討ちの可能性がある。アルフィリースの欠点は、魔術の使用が攻撃魔術に偏っている点にある。しかも広範囲の攻撃魔術が多く、個人にかける魔術や対象範囲が狭いものは苦手だった。

 かろうじて男の攻撃を剣で防いだが、一撃で剣が軽く変形していた。吹き飛びながら手に残る痺れを感じると、吹き飛ぶ自分をさらに追撃する男の姿が目に入った。


「(やられる・・・・やられてたまるか!)」


 アルフィリースはふところの目つぶしを投げると、大男がひるんだ隙に逆に懐に飛び込んだ。


圧搾大気ディーププレス


 男の至近距離で魔術を使うと、たまらず大男も吹き飛んだ。そのまま木を何本かなぎ倒し、一回り太い木にぶつかって男の動きが止まった。何本か肋骨が折れる音が聞こえたので、さすがにしばらくは動けないだろうとアルフィリースも思い、駆けつけてきた仲間達とその場を落ち延びることにした。完全なる、敗走であった。


***


「ハア・・・ハア・・・」

「ちょっと・・・ちょっと」


 前を歩くゲイルの後ろから、エルシアが声をかける。だがゲイルの耳には届いていないようだ。口の中がカラカラで口をきくのも億劫だが、エルシアは力を振り絞って声を出した。


「ちょっと・・・待ちなさいよ!」

「な、なんだよ?」


 ゲイルも満身創痍の顏で振り向いたが、そこには木に寄り掛かるようにしてへたり込むエルシアがいた。


「いくらなんでももう歩けないわ・・・少し休憩させて」

「だけど敵が来たら・・・」

「歩けないって言ってんのよ!」


 エルシアはその悪態を最後に、今度こそへたり込んだ。腰の水筒の蓋をあけると、中の水を一気飲みする。だがそれでも渇きは癒されなかった。

 ゲイルはそのエルシアの姿を見て、呆れたようにため息をついた。


「おい、全部飲んだらこの後どうするんだ? 砦に帰るまで持つのかよ」

「知らないわよ。喉が渇いたの!」

「いちいちがなるなよ。頭に響く」

「響くほどの中身もないくせに!」

「んだとぉ!?」


 そのまま二人はいがみ合い、いつも口論をしようとしてやめた。


「・・・やめた。そんな余裕はないわ」

「・・・俺もだ。それよりここはどこだよ?」

「わかるわけないじゃない。闇雲に逃げてきたんだから」


 二人は周囲を見渡した。空には雲は少なく、幸いにして月は隠れていない。森の木々もあまり葉を覆い茂らせない種類なのでなんとなく周囲は見渡せるが、誰もいない森は薄気味わるかった。そもそもここは辺境の一地帯である。魔物がいつ出るとも限らないのだ。幼い二人は身震いした。


「なあ・・・皆、大丈夫かな?」

「さあ? 最後に突っ込んで来たよくわかんない連中に紛れて、ロゼッタは撤退を始めていたわ。あの図々しい女があんなところでくたばるなんて思えない」

「見たのか?」

「ええ。私、目はいいのよ。夜目も利く方だしね。それよりあんたの水筒も寄越しなさいよ」

「誰がやるかよ」


 ゲイルは隠すように水筒を後ろ手に回したので、エルシアは呆れてため息をついた。


「女の子を気遣えない男はモテないわよ?」

「知るかよ。レイヤーみたいに気が遣えても、ひょろひょろしてる奴がいいのかよ?」

「それは嫌だけど・・・レイヤーがただひょろひょろしているだけには私にはどうしても思えないわ。ねぇ、ゲイルもそう思ったことはない?」

「う・・・ん、そうだな」


 ゲイルは返事に困った。幼い頃から体格が違うと言うことで自分が連れまわし、子分のように扱ってきたレイヤー。だが肝心な時にレイヤーは冷静だし、正直頼りにもなる。事実炎上するスラスムンドの中を生き延びたのは、レイヤーのおかげかもしれなかったからだ。

 二人が少し黙った時、エルシアが何かの気配を察した。後ろを振り返り、じっと森の中を見つめている。


「ゲイル、隠れましょう。誰か来るわ」

「誰かって、誰だ? さっき突っ込んで来た連中か? そういやどんな連中が突っ込んで来たんだ? 味方か?」

「わからない。でも味方じゃなかったと思う。喚声も上げずに、全身鎧づくめの連中がただ周囲を薙ぎ払っていたわ。隊長らしき男だけが、下卑た笑い声をあげながら死体に何度も剣を突き刺してた。でも腕はたつと思う。猿みたいな連中が、まともに打ち合うこともなくやられてたから。隊旗は・・・蛇が槍に巻き付いていたかな」

「よくそこまでわかったな・・・俺は全然だった」

「たまたまよ。それよりシッ!」


 エルシアがゲイルの口を塞いだ。そこに何人もの人影が現れる。彼らは一様に疲れており、傷ついていた。



続く

次回投稿は、3/11(月)18:00です。

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