足らない人材、その23~夜襲②~
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やがてアルフィリース達は敵の陣地付近に到着した。彼らの前に、篝火を灯した陣が見える。人影こそ直接見えないが、炊煙も確認できる以上、奥には人がいるのだろう。
アルフィリースはリサを傍に呼んだ。
「リサ、中の様子はわかる?」
「駄目ですね、さすがに強力な結界が張ってあります。リサでも肉眼以上の働きはできないかと」
「他の部隊は?」
「他の部隊につけたセンサーから連絡がありました。どの部隊も準備よしです」
「ならもうじき突撃するわ。そのつもりにしておいて」
「わかりました」
アルフィリースは自分の目で改めて陣の様子を見た。陣に変わったところは何も見られない。天幕の四分の盾の紋章が、確かにヴィーゼルのものだとわかるくらいだ。陣の様子は静か。見張りの兵士が何人かいある程度である。朝の敗戦で落ち込んでいるのか。
アルフィリースはしばし陣の様子を見守ったが、これ以上の情報はえられそうになかった。勝利の確信はない。こういう時、アルフィリースは相談する相手が欲しいと思う。対等な目線で、戦略について相談することのできる人材。他の面々はアルフィリースに信頼をよせてくれるのは彼女も嬉しいのだが、自分が間違っていたらと思うと、アルフィリースにのしかかる重圧は非常に大きい。リサは対等に話会える人間であるが、戦略眼はない。ロゼッタも経験はあるが、理屈としてではなく本能による決断が多いのだ。
アルフィリースは大きく息を吐くと、決意を固めた。こういった決断の連続になることは、とうに覚悟していたはずなのに。アルフィリースがリサの方に頷くと、すかさずセンサーが飛ばされる。アルフィリースは先頭に立って歩き始めた。
「いい、ぎりぎりまで剣は抜かないこと。月明かりで光が反射するかもしれないから」
「おう」
ひそひそ声でやり取りされる会話。アルフィリース達は茂みに隠れるようにして陣に忍び寄った。そして天幕まで数十歩というところまでくると、剣をそっと抜き放つ。それが合図となった。
「かかれ!」
敵陣に柵はない。アルフィリース達は一斉に飛び込むと、一気に敵の陣の中ほどにまで斬り込んだ。だが斬りこんでも数人の見張りが逃げ惑う姿を見ただけで、陣の中からは応戦が見られない。だが炊煙の元には人がいるはずと、煙を目標に突貫する。
「アルフィ、これは・・・」
「ええ、おかしいわ」
アルフィリースとリサがそのような会話を交わした直後、彼らは炊煙の元にたどり着いた。だがそこには火と煙こそあったが、人影は一つたりともなかった。
「いけない、やはり罠か!」
アルフィリースが叫んだ直後、周囲の森から一斉に銅鑼や進軍の角笛が鳴り響いた。けたたましいまでの音量に、アルフィリースの傭兵達が動揺する。
「全員撤退よ! すぐに元の道を引き返して!」
「駄目です! 既に退路はふさがれています!」
「敵の数は?」
「不明です。周囲から騎兵が多数!」
「密集陣形を取れ! 周辺からの外敵に備えるぞ!」
アルフィリースの号令の元、傭兵達は十人前後を一塊に円陣を組んだ。一つの部隊が50人前後。円陣は5つに及ぶはずである。
だが円陣を組み終える暇もなく、周囲からは馬蹄音と共に騎兵軍の襲来があった。突撃槍を構えた、黄色の甲冑を着た重騎兵の襲来。アルフィリース達の円陣は無意味に等しかった。一騎の騎兵の襲来で円陣があっさりと破壊される。勢いのついた重騎兵の攻撃は、歩兵が単独で防げるものではない。鉄の塊の突貫にも等しい攻撃を、傭兵達は何の準備もなく防げるはずがなかった。その騎兵が四方八方から襲来するのだ。円陣はむしろ格好の的となった。
「なんて奴ら! 天幕を張って見通しが悪い地形でこんなことをするなんて」
「よくも騎兵同士がぶつからないものです。余程この戦いに慣れているのか、どちらにせよ相当の手練れでしょう」
「駄目だわ、ここで支えるのは無理よ! 一点突破で離脱するわ。ついてきなさい!」
アルフィリースはカザスの地図を頭に思い浮かべ、一番近いであろう撤退路に向けて走り始めた。周囲は森である。森に入れば騎兵は追ってこれないのが常道である。木の枝で乗り手が首の骨を折りかねないし、不安定な足場で馬も速度を出せないからだ。まして今は夜である。明かりがなければ彼らは戦えまいと判断した。
傭兵達も心得ているのか、その辺の明かりを引き倒しながらアルフィリースに続く。アルフィリース目がけて襲いかかる騎兵がいたが、アルフィリースは素早く鞭を取り出すと馬の足を打ち据えて、騎兵を転倒させた。さらにもう一体ひるませる。一瞬だけ敵の攻撃が緩んだ。
「急げ!」
アルフィリースが森に駆けこもうとすると、森の中から突如として矢が飛んできた。間髪アルフィリースは小手で防いだが、隣に走っていた仲間の首を矢が貫通するのが目に入る。
「森にも伏兵?」
「完全に囲まれているのか」
「降伏するがよい!」
突如鋭い声が響き渡る。騎兵を数騎従えて姿を現したのは、一際威圧感のある騎士であった。面体で表情は見えないが、声の調子からするとそれなりに年季のある騎士であることが想像できた。
アルフィリースはその騎士を睨み返した。
「貴方が大将?」
「大将ではないが、この場を預かる者の一人である。黄騎士ヴァランドと申す。婦女子の命をやたら奪う趣味はござらん。降伏を進めるが、いかがか?」
「そうね・・・どうしようかしら」
アルフィリースは間を作り、その間にリサが背後からアルフィリースの背中を叩く。森の中の伏せ勢はさほど多くないようだ。無理押しで突破的できなくもない。
さらにリサが合図を送る。アルフィリースはヴァランドに向けて不敵に笑った。
「ヴァランドさん、紳士的な申し出だけど断らせていただくわ」
「なんと! では殲滅戦を所望されるか」
「いえ、撤退戦よ」
ヴァランドの横から飛びかかる影がある。その影はヴァランドに一撃を加えると、飛びのいてアルフィリースの前に彼女を守るように立った。
「無事か、アルフィ?」
「もちろんよ、ロゼッタ。すぐに離脱するわよ」
「おおよ、フェンナも来た」
アルフィリースの後方から矢が複数飛んでくる。その矢はヴァランド達をひるませ、さらに森の中に放たれると同時にアルフィリース達は森の中に突撃していった。ヴァランドはその姿をただ見送った。
「ヴァランド隊長、よろしかったので?」
「構わん。儂のせめてもの情けだったのだが、脱出を選んだのは彼らの選択だ。だが、森の中にいる奴らは儂よりもはるかに遠慮がない。
それに今日朝緑騎士、茶騎士がこちらに向かっているとの連絡もあった。そろそろこの場所に到着するはずだ。彼らと森林戦で遭遇すれば命はない」
「なるほど、誰に当たろうとも彼らには危険な相手には違いがないですね」
「それでも生き残れば、それは運だ。彼らがまだ死ぬ運命にはないということだろう。自らの運を試すのも、また一興。天の加護がない者は、どれほどの才能を持とうと戦場では生き残れないのだから」
ヴァランドは馬を回頭すると、役目は済んだとばかりに自らの兵のまとめに向かったのであった。
続く
次回投稿は、3/7(木)18:00です。