足らない人材、その22~夜襲①~
「・・・何よ」
「エルシアは何か悩んでいるみたいに見える」
「当然よ、私は悩み多き年頃なの。あんたみたいにいつもどこかぼんやりとしたお子様とは違うのよ」
「僕にも悩みくらいあるよ」
レイヤーが珍しく言い返したので、エルシアはなぜか嬉しくなってしまった。
「へぇ~、あんたみたいなのでも悩むんだ? お姉さんが聞いてあげよっか?」
「いいよ、別に。それよりエルシアは何に苛々してるのさ?」
「ふん、当然でしょう!? ここには私は戦場を味わいに来たの。それがアルフィリースのせいで後方支援ですって。それで戦いがどうなるのか見る間もなく戦いは終わったわ!
そりゃあ空から岩が降ってきた時は多少どきりともしましたけどね、でもそれだけよ。何も面白くないし、何もわからないわ。こんなに戦いが退屈なら、こんなところに来るんじゃなかった」
エルシアはいつの間にか愚痴る側に回っているのだが、そのことに気付かずまくしたてていた。レイヤーはエルシアがいつもの調子に戻ったのを見て、思わずほほえましく彼女の愚痴を聞いていた。この方がよほどエルシアらしいからだ。
だからレイヤーは思わず、そんなエルシアに口走ってしまったのだ。
「後方支援でいいじゃないか。それでもお給金は出るんだ。安全なら、それにこしたことはない。それに後方が戦闘に巻き込まれるような戦いって、ほとんど全滅寸前だよ?」
「あんたこそわかってないわねぇ・・・私はドキドキしたいの! 後方支援なんかじゃ、何も心躍らないわ。前線に出たいのよ、私は!」
「戦いで心躍るのが良いことだとは思わないけど・・・」
「男のくせに軟弱ね! いい、私達みたいな何の身分も力も持たない人間は、戦場でのし上がるのが手っ取り早いわ。私は学問で身を立てれるほど頭が良いとも思わないし、教会に目をつけられなかった以上魔術の才能も並み以下よ。そうなったらこの腕っぷししかないでしょう? ゲイルはその点よくわかっているのに、あんたは何? これから先、荷物運びとかそんなことで一生暮らしていくわけ?」
「平和に生きていけるなら、それも一つの手だよ」
「・・・ほんっと、軟弱者! もういいわ、あんたには期待しない! 言っておきますけどね、私はみじめな暮らしは御免だわ! スラスムンドの隅で人の目を憚って生活するのはもういや。私がかしずくんじゃない、周囲を私にかしずかせてやるわ!」
エルシアは怒りも露に下に向かっていこうとした。そんなところにユーティがふわふわと飛んでくる。
「あらエルシア、不機嫌ね」
「呑気な奴と話してたからよ! 話が噛み合わないったらありゃしない」
「ふ~ん。ちょっと聞いちゃったけど、エルシアって前線に出たいの?」
「そうよ!」
エルシアの剣幕に、ちょっとユーティも押されたようだった。だから、ユーティも思わず提案をしてしまったのだ。
「だったら丁度いいかも。さっき正規軍から私達に夜襲の命令が出たみたいよ。昼間に出撃したのとは別の面々で奇襲するようだから、なんなら志願してみたら?」
「え、でも・・・いいのかな?」
予想外のユーティの提案を受けて出たエルシアの躊躇うような言葉に、ユーティは意地の悪い笑みを浮かべた。
「何よ、レイヤーにはでかい口をきくくせに、強気なのはレイヤーの前でだけ?」
「う、うるさいわね! やってやるわよ、夜襲くらい何よ!」
焚き付けられるがままにエルシアはその足で隊長達の元に向かっていった。後ろではにやにやとしたユーティがその場に浮かんでいる。
「馬鹿ねぇ、子供が参加できるわけないじゃない。断られるのがオチよ」
「わかってないのはユーティだよ。一度焚き付けたら、たとえ断られてもエルシアはくっついていくよ。命令なんか聞かないだろうね」
「まさかぁ?」
「・・・余計な仕事が増えたみたいだ。ルナティカに相談しないと」
ユーティに聞こえないようにつぶやくと、レイヤーもまたその場を後にした。
***
月明かりの森を大勢の人間が歩いている。グランツを初めクライアの軍人たちは大勝の余韻があるうちに夜襲をかけることに決めた。こうなれば徹底的に相手を叩こうという腹である。そのメンバーとしてアルフィリース達だけでなく、正規軍からも千人を超える部隊が選出された。
彼らは大きく三手に分けられ、それぞれの方向から敵本陣へと切り込むことになった。アルフィリース達の傭兵団は大きく戦場を迂回し、敵本陣の左側から突撃する形になる。そちらは昨晩、ルナティカが嫌な予感を感じた場所が近い道筋だった。
だが正式の軍議で決まった作戦にはアルフィリース達も口を出すわけにはいかない。傭兵が軍の作戦会議に招集されることなど、まずもってないからだ。与えられた作戦で最大の戦果を挙げる。それがアルフィリースに限らず、傭兵としてできる最大限の事である。
幸いにして細かい道筋の指定はないため、アルフィリースはカザスの地図を開いて進軍路を選んだ。山の中のため当然500名の傭兵を思うように展開できる場所はないが、獣道には事欠かない。アルフィリースは部隊をさらに小分けにし、進軍することに決めた。獣道まで把握しているカザスの地図に感謝するばかりだ。
その内の一つ、ロゼッタの部隊。気性の荒い面々で構成される、前線専門の戦闘集団である。
「エルシアちゃんよ、緊張してるかい?」
「別に。どうってことないわ」
ロゼッタの赤い瞳が楽しげにエルシアを見る。エルシアは小ばかにしたロゼッタの態度に、ぷいと横を向いた。
「緊張はしてもいいんだぜ? ただし、剣をちゃんと振れる範囲でな。アタイらは血を見るのが楽しくて傭兵をしているような連中の集まりだが、戦いの前に緊張しないわけじゃない。正しく緊張するってのは大切なことだ。覚えておきな。そういうことが体験したくて、ここに来たんだろう?」
「・・・わかったわよ」
「俺は緊張してるぜ、ロゼッタ!」
エルシアの隣にいたゲイルが主張する。その張り切った声に、周囲がはっはっはと笑いを立てる。ゲイルはわけがわからずに、顔を赤くした。
「な、なんだよ。みんなして」
「お前頭悪いだろ、ゲイル」
「んだよ、ロゼッタに言われたくねぇ!」
「ほーう? お前の5倍近くは生きているアタイに口答えか?」
ロゼッタがゲイルの頭を掴んで、ぐりぐりとかき回した。ロゼッタの馬鹿力に、ゲイルは振り回される。
「いって、いてて! やめろって!」
「戦場じゃ早まってもいいことはねぇ。お前みたいなひよっこは、アタイの言うことをちゃんと聞くことだけ覚えておきな。最初の目標は生きて自分達の陣地に帰ることだ。そうでなけりゃ、あんたたちをここに無理に連れてきたアタイの顏も立たないんだよ。わかるだろ?」
「わかったよ!」
「それでいいんだよ。早漏じゃ女をイカせられない。戦場も同じさ。覚えときな。あ、童貞小僧じゃわかんねぇか」
ロゼッタの言葉に全員がげらげらと笑い声上げた。ロゼッタに慣れた傭兵達にとってはいつもの光景であるが、下品な物言いにエルシアは腹を立て、ゲイルは赤面した。だが黙ったままでは舐められると思ったのか、ゲイルが反論する。
「うるせぇ! んじゃあロゼッタが責任取りやがれ!」
「あぁ? そりゃあ、アタイに筆卸ししろってことか?」
「そうだって言ったら?」
ゲイルの言葉に口笛を吹く傭兵達が何人か。ロゼッタも一瞬面食らったが、さも面白そうにゲイルを眺めた。
「ふぅん・・・中々でかいことを言うガキだ。お前が戦場でアタイの役に立ったら考えてやるよ」
「言ったな?」
「ああ、言った。アタイに二言はない」
「よし!」
ゲイルはますます意気込み、早足に歩いていく。隣では口をあんぐりと開けたエルシアがゲイルを見送っていた。ロゼッタは副隊長のロイドを隣に呼び、そっと耳打ちする。
「見れる範囲でいい、こっそりと見守ってやってくれ。エルシアも含めてな。ガキが戦場で死ぬことほど、むごいことはないからな」
「わかった。優しいことだな」
「普通の人より少し長く戦場にいる。ガキの戦士はすぐに死ぬのを多く見た。それだけのことさ」
ロゼッタは少しだけ優しい表情で、二人の少年少女を見守ったのである。
続く
次回投稿は3/5(火)18:00です。