足らない人材、その21~防衛線⑩~
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一度戦いが終わって砦に引き上げたアルフィリース達。彼らを出迎えたのは兵士達の歓喜の声だった。それはそうだろう、今まで空から飛来するどうしようもない攻撃に怯えていたのだ。彼らの喜びようは無理もなかった。
めいめいが兵士達の歓声に応えたし、アルフィリースとしても気分はよかった。一人、ラインだけは気難しそうな顔をしていたが。そのラインにロゼッタが気付く。
「よう色男。浮かない顔してどうした?」
「・・・すぐにわかるさ」
「?」
ロゼッタはラインを無視して笑顔で歓声に応えたが、確かにラインの言う通りその理由はすぐにわかった。
グランツに呼び出されたアルフィリース達は、すぐに軍議の場へと向かった。そこに立っていたのは外とはうって変わって厳しい表情の軍人達だったのだ。厳しい場の空気に、アルフィリース達も先ほどまでの戦勝の気分などどこかにいってしまった。
「まずいことをしてくれた」
「何が?」
グランツの言葉の意味をつかみかね、アルフィリースは本心から聞き返していた。
「勝ち過ぎだ、お前達は」
「陥落しそうな砦を救ったわ。何が悪いの?」
「敵が城攻め屋のうちはよかったのだ。やつらのほとんどは雑兵だったし、我々がこの城に来るという事実だけで戦況は五分に持ち込めた。事実、裏で我々が和議の算段をしていたのだ。もう少しでまとまるところだった」
「そんなの知るわけないじゃない」
「その通りだ。お前達は優秀すぎた。嬉しい誤算だが、これで戦いの終結が難しくなった」
グランツは大きくため息をついた。
「敵もそろそろ戦いの終結を望んでいたのだ。昨日までなら元の国境線で和議が締結できた。いくらかの賠償を支払う必要は生じたかもしれないが、勢力図が変わることに比べたら微々たるものだ。
だがお前達は勝ってしまった。これで相手も引くに引けない。戦いは再び始まるだろう、今度は互いの本丸を落とすまで終わらない。どうしてくれる」
「私はそんなつもりじゃ・・・」
アルフィリースは予想もしない味方の反応に戸惑った。勝って責められるとは完全に予想外だった。アルフィリースが何らかの弁明をする前に、グランツが矢継ぎ早に言い放った。
「ともかく今後も戦ってもらおう。こうなれば徹底的に相手を叩く。敵の戦力を調べ、追って指令を出す。命令のあるまで待機していろ」
グランツは厳しい口調でそれだけ言うと、アルフィリース達を邪魔者でも扱うように部屋から追い出した。リサがその態度に腹を立てている。
「なんですか、あの態度。それならば自分がさっさとこの砦に来ればいいものを」
「よせ、リサ。確かに俺達は勝ったが、グランツの命令を受けずして砦の戦いを指揮したことは確かだ。勝ったからこそ見逃されたが、規律の厳しい軍隊じゃ懲罰、ひどければ死刑にされても文句は言えない。
傭兵の俺達はギルドに保護されているから、そんなことにはできないだろうがな」
「ライン、どっちの味方ですか!?」
リサがラインに食ってかかり、ラインがそれをいなした。言い合う二人に挟まれるようにして、アルフィリースが思案顔で歩いていく。
「ともかくだ。俺達はこれからも戦う必要がある。情報は引き続き集めないとな」
「城攻め屋の言葉が気になりますね。カラツェル騎兵隊以外にも、敵側にはさらに強い傭兵がいるのでしょうか?」
「さあな。だがこちらも向こうも積極的に傭兵を集めていたことは間違いないだろう。グランツは和議を結べそうだと言ってはいたが、あれは嘘だろうな。和議を結ぶつもりなら、あんなあからさまに傭兵を募集するもんか。契約金だけでも結構な額になるんだ、無駄な出費になる」
「・・・それにルナティカの報告も気になるわ。彼女はカラツェル騎兵隊とはまた別の場所で嫌な予感にとらわれたと言っていた。それが何を意味するのか・・・本当ならもう一度探りたいけど」
アルフィリースは予想にない展開に、大きなため息をついていた。
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早朝に始まった戦いも大勝に終わり、その興奮も徐々に覚める頃、砦の一画の屋上にいるエルシアの心はいち早く冷えていた。見張り台のへりに腰かけて、はるか足元で動き回る人たちを眺めるのにも飽きたところである。
エルシアがそろそろ部屋に帰ろうかと後ろを振り返ると、そこに無言で立っているレイヤーを見つけた。まるで気配などしなかったので、エルシアはぎくりとして動きを一瞬止めてしまった。
「い、いつからそこにいたのよ」
「だいぶ前から。なんだか話かけにくくて」
「ふん、遠慮なんていらないわ。だって、私達は――」
姉弟のようなものなのだからと言いかけて、エルシアは言葉を止めた。今まで口癖のように言ってきたこの言葉を、なぜ躊躇ったのかはわからない。少し前まで同じくらいの背丈だと思っていたレイヤーが、自分より明らかに高くなっていることに気圧されたのかもしれない。
「私達は、何?」
「・・・なんでもない。何の用? 私の邪魔をしないでくれる!?」
エルシアは気おくれを振り切るように強い言葉を発した。だが、レイヤーは相変わらず淡々と話すのだ。
「何もしてないように見えるけど」
「うるさいわね、ほっといてよ!」
「そうもいかないさ、エルシアは炊事当番だから。リサさんがぶつぶつ言っているうちはいいけど、ラーナさんがほほ笑み始めていたから本当に戻った方がいいと思う」
「う・・・」
レイヤーの言うことはもっともだったので、エルシアは渋々戻ることに決めた。ラーナを怒らせると、後が誰よりも怖いからだ。
エルシアはレイヤーを横目でちらりと見た。するとレイヤーが珍しく、エルシアをじっと見ていたのだ。レイヤーはいつもどこか遠くを眺めているような少年だったので、彼の珍しい動作にエルシアは興味を引かれた。
続く
次回投稿は3/3(日)18:00です。