足らない人材、その20~防衛線⑨~
「ヴェン! 準備はいいかしら?」
「いつでも!」
城門の前ではヴェンが騎馬隊を準備していた。その数50騎。投槍を装備した彼らは軽騎士であり、一撃離脱の構えであった。
アルフィリースは準備のできた騎兵を見ると、ラーナを振り返って頷いた。
「ラーナ、始めて頂戴」
「わかりました」
ラーナが掌相を組み、印を結びながら詠唱を始めた。
【地に這いずる小さき者よ。冥府の王が疾駆する道を示そう】
≪矮小なる存在の疾走≫
フェンナの詠唱と共に森の手前の一地点、敵軍の前衛付近の地面から黒い群れが一斉に這い出してきた。
「うわわわ」
「ひぃ!」
突如として大量に湧いた虫達に城攻め屋達は恐慌に包まれた。逃げ出す者、虫を踏みつぶそうとする者、体に上ってくる虫を取り払おうとする者。だがそのいずれをも、虫達はお構いなく蹂躙した。
ラーナの唱えた魔術は実に簡単なものである。魔術である地点に召喚した虫共を、一定の地点まで走らせるだけ。虫共は何かに取りつかれたように全力疾走するため、その途中の何かにかまうことは一切しない。そう、途中に人がいようが竜がいようが、全力疾走するのみである。何か害を及ぼすわけではないが、そのおぞましさに蹂躙された方は、たまったものではないだろう。
ラーナの魔術の効果は十分だった。城攻め屋達が混乱したところに、城門を勢いよく飛び出したヴェン達が迫る。彼らは投槍を思い思いに投げつけると、坂を駆け下る勢いそのままに敵兵を踏み潰した。馬の足元から断末魔がいくつも聞こえるが、ヴェンはなおも容赦なく槍を手当たり次第に振るう。ヴェンが一駆けする頃に、おおよその勝敗は決していた。
ただ撤退もせず、その場に立ち尽くした城攻め屋の指揮官に向けてヴェンは槍を突きだした。
「勝敗は決した。大人しく退くならよし、さもなくば――」
「・・・わかった、降参する。ここまでにしてくれ。これ以上やられちゃあ傭兵団そのものが立て直せねぇ」
「受け入れよう。交渉は我が団長と行ってくれ」
敵将の降伏宣言を受けて、すかさず敵からは敗北を告げるために武装解除が行われた。地に膝をつき降伏の姿勢を見せる傭兵達を、後からきたアルフィリースが馬上から見下ろした。彼女の姿を見て、男達は少し意表を突かれたのかそれぞれが驚きに目を見張っていた。
「指揮官は?」
「俺だ」
髭の男が答える。男はアルフィリースを前にしても、憮然とした態度を崩さなかった。
「お前、傭兵か? 名前は?」
「アルフィリースよ。貴方が城攻め屋の団長?」
「違ぇよ、団長代行だ。俺達は分散していろんなところで稼いでるからな。俺は大隊長の一人、トレヴィーだ。ちなみにこの寄せ手も俺達の正規の兵は200もいねぇ。ほとんど現地調達した傭兵か、手柄を立てたい軍の連中だ」
「どうりで動きに統一感がないと思ったら」
アルフィリースは納得したように頷いた。トレヴィーは不機嫌そうに続けた。
「それよりさっさと交渉を済ましちゃくれねぇか。この姿勢は膝が痛くてね。それとも男を這いつくばらして楽しむ趣味でもあるのかい?」
「そんな性癖はないわよ。ならお望み通りこちらの要件を伝えるわ。まずギルドに申し立ててこの戦場から離脱なさい」
「当然だな。こちらとしてもそろそろ引き時だと思ってたんだ。で、俺達からは何をふんだくる? 金か、食糧か、人手か」
傭兵団どうしが戦場で出会い勝負がついた場合、彼らは雇い主を抜きにして独自に交渉が可能である。その際負けた方は撤退をギルドに申請することになり、再度雇い主が契約を結びたい場合は新たに契約金を払う必要がある。これは傭兵の立場を一定以上保護するための措置であった。また勝った傭兵団は負けた方に何かしら戦利品を要求することが可能であり、あまりに法外な要求をした場合はギルドが仲裁に入ることもある。
もっとも傭兵達は互いに状況次第では味方になることも多く、あまり無茶な要求をする傭兵団は同じ傭兵にも相手にされなくなる。スカースネイクなどの周囲から下衆扱いされる傭兵団は、以前負かした傭兵団に所属する女達を問答無用で犯しぬいた。ギルドが仲裁に入り彼らは罰を課されたが、その時団長のグンツは終始薄ら笑いすら浮かべていたという。
そんな状況の中、アルフィリースが城攻め屋達に要求したものとは・・・・
「ならばあの投石機をいただくわ」
「な・・・なんてこと言い出しやがる、この女!」
トレヴィーが突如激昂し始めた。膝を上げてアルフィリースにつかみかかろうとするのを、ロゼッタとロイドが押さえつける。
「テメェ、俺達からお飯のタネを取り上げるつもりか?」
「そんなつもりはないわ。同じものを作れるようになるには時間がそれなりにかかるだろうから、それまでに頑張ってこれより良い物を作ってね。
そうでなければ100万ペント要求するわ。これだけきれいにやられていれば、全員が死んでいてもおかしくないはず。およそ千人分の命の代償としてはそれなりに妥当だと思うけど、払えるかしら?」
「くそう! 女だと思って油断してりゃこれだ。死神にでも呪われやがれ!」
「もう呪われてるわよ、とっくにね」
アルフィリースは余裕で切り替えし、城攻め屋達は完全に武装解除されて解き放たれた。トレヴィーも中年のたるんだ腹を揺らしながら、すごすごと引いていく。100万ペントを払う能力は現状の彼らには当然ないわけだが、それ以上に本隊にそのことを通達して金を借りようものなら、トレヴィーは傭兵団を追い出されるだろう。それがわかっているからこそ、トレヴィーは投石機を奪われたことにしてアルフィリースに差し出した。
その彼らを送りながら、リサが問いただした。
「先ほど気になることを言っていましたね。何が引き時なのですか?」
「さあな、自分で考えな。それともこれ以上俺達からふんだくろうってのかい?」
「お望みなら次からそうしますが。団長のアルフィリースと違って、私や他の者は容赦がありませんよ?」
リサの言葉には鋭いものがあったが、トレヴィーは口を割らなかった。
「・・・好きにしな。だがお前達よりも強い傭兵団なんざ、いくらでもいるってことを思い知るだろうぜ」
「・・・」
リサは何も言わず、去っていくトレヴィーの後姿を追っていた。
続く
次回投稿は、3/1(金)19:00です。