初心者の迷宮(ダンジョン)にて、その12~脱出~
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「ハア、ハア・・・」
「この階段、こんなに長かった?」
「しゃべってる場合か! もうアイツは登って来てるぞ?」
階段を全速力で駆け上がるアルフィリース達。その背後にマンイーターの体から出てきたスライムが迫る。本体はさすがにその巨体から素早く登ってはこられないようだ。ただスライムの動きは比較的緩慢とはいえ、なにせ人間と違い疲れることをおそらくは知らないであろう生物である。いずれは追いつめられるのは決定的だった。ラインも必死に対応策を考えているが、ああいった化け物との邂逅は彼にとっては初めての経験だったため、あまりにも手札が少なすぎた。むしろ先ほどの脱出だけでもよくやったと言えるだろう。
「ハア、ハア・・・ミランダ」
「ゼイ・・・何? アルフィ」
「もし地上に出てもアイツが追っ掛けてきたら・・・フゥ・・・使うからね!」
「ゼイ・・・わかったわよ・・・」
アルフィリースの提案にうなずかざるをえないミランダ。まさか逃げるために森を一日駆け通すわけにもいかないから、遺跡を出た段階でまだ追いかけられるようなら対決もやむなしと考えていた。ただ勝てる保証が全くない。さきほどのフェンナの魔術を使えば刃は通るだろうが、斬った端からあんなスライムが出てくるのでは手に負えない。それに並の魔術では傷一つ負わなかった。初心者とはいえ、先ほど傭兵の仲間にいたエルフの魔術でも駄目だったのだ。おそらくは神聖系の魔法でしか有効なダメージを与えられないのだろう。アルフィリースのケタ外れの魔力ならもしかしたら、と考えてしまうミランダだったが、そこに保証はない。
戦場では直感は重要だ。先ほどマンイーターの動きを封じた段階で、誰もとどめを刺しに行かなかったのはきっと正解だったのだろう。もっともフェンナの魔術でしっかり絡めとられていたから、武器を通す隙間もロクになかったこともあるが。だがもし近づいていれば、傷口から噴き出すあのスライムに取り込まれていたことだろう。
さらにミランダは数多の経験から、戦場で博打を打つ者は早死にすることを知っていた。偶然の要素もあるものの、勝利を導くにはより綿密な思考と計算が重要である。物語のようにご都合主義の助けは来ないのだから。
「(そう、アタシが旅の最初に乱暴された時も、不老不死がバレて村を追い出された時も、あの人が死んだ時も・・・誰も助けてはくれなかった。それでアタシは人生に絶望して・・・)」
過去に思いをはせかけて、ミランダがその思いを振り払う。
「(そんなこと考えてる場合じゃない! 今は出来ることを少しでもやらないと)」
「アルフィ!」
「何?」
「アンタ、魔術の系統はいくつ使える?」
「えーと、神聖系以外なら全部!」
「そうか、神聖系以外なら・・・って、ええ!?」
「あと無属性の魔術を細分化して、召喚魔術とかも1つとして数えたら、10は超えるはず」
「10って・・・」
ミランダとフェンナが目を丸くしている。それはそうだろう、2種類以上の魔術を使うことすら一般的には珍しいのだ。しかも史実から確認されている、個人で使える最高の系統数は6だ。アルフィリースの使用系統数は歴史を塗り替えることになる。
「そんなのアリ?」
「お、驚きです・・・」
どんな性質を持って生まれたらそうなるのか。思わずミランダの気が一瞬それるが、ラインの言葉がただちに引き戻す。
「でも肝心の神聖系以外は大したダメージを与えられないんだろ?」
「リサもその意見に賛成です。あれの正体を探って発した言葉から推定するに、単純な『食欲』しか存在しない悪霊でしょう。多分自分が生きているか死んでいるかさえどうでもいいのでしょう。皆さんも知っているかもしれませんが、フェンナの魔術でさえ大したダメージがなかったように、霊体には物理攻撃・神聖系以外の魔術が極端に効きにくくなります。その代わり神聖系の攻撃魔術は絶大な効果を及ぼしますが。また悪霊ゆえか、あの体が本体ではないようです」
「どういうこと?」
「これもリサの推測ですが、おそらく体を徹底的に破壊すれば動きは止まります。ですが本体である霊魂部分には何のダメージも無いということです。おそらくはああいった体をした生物に悪霊が憑依しているのではないかと。つまり非常に固い生物に憑依しながら、霊体でもあるがゆえにさらに攻撃が効きにくくなっているのでは?」
「しかもダメージを与えた部分からはあのスライムが出てくると・・・やっかいだな」
「とはいえやることには変わりがないんじゃ?」
「それはそうですが・・・」
「大丈夫よ、リサ」
アルフィリースがリサの頭をぽん、と撫でる。
「私がやっつけちゃうんだから」
「(リサが心配しているのはあの魔物を倒せるかどうかではなくて、貴女の体です、アルフィ)」
リサはその言葉をぐっと飲み込んだ。どちらにしてもアルフィリースに任せるしかないからだ。それならば余計なことは言わない方がよい――。リサは少しでもアルフィリースの決意を鈍らせないため、そう考えることにした。アルフィリース本人が一番わかっているはずのことだからだ。そんなリサの心配をよそに、アルフィリース達の先頭を走るニアが叫ぶ。
「地下2階にでるぞ!」
「そこからはリサが先頭をいきます。万が一にも道順を間違えるとオシマイですから!」
「よし・・・って、あれ?」
階段を上がりきった場所でカザスと傭兵達が何かをしている。扉を開けた時に出てきた出っ張りを引っ張っているようだ。
「先生、何やってるんだ? 逃げないとアイツが追ってくるぞ?」
「さっき石の扉が下りてきたのを見てひらめいたんですが」
ラインの問いにカザスが額の汗をぬぐいながら答える。
「ダンジョンって侵入者対策のためのトラップが多いですよね。それはダンジョンへ入らせたくない場合ですが。では逆にダンジョンに何かを封印して、外に出したくない場合に仕掛ける物といえばなんでしょう?」
「謎かけはいいから早く言ってくれ」
「せっかちですね。ダンジョンの中には持ち出されたくないものが動いたら部屋が崩壊、ひどければダンジョンごと崩壊させる物があります。わざわざこのでっぱりが出たということは、これがスイッチではないかと。地下3階がわざわざ設置されたのも、このためではないかと仮説を立ててみました。古文書でこういった仕掛けが流行った時期があるのを見たことがありますし、これを全て引き抜けば地下3階以下が崩壊すると思われます。まあ仮説ですけどね」
「なるほど。で抜こうとしているが抜けない、と」
「そうですね。そうとう馬鹿力でやらないとだめです、大の男3人がかりで無理でしたから。おそらくこれを抜くような仕掛けがあったのに、宝物と勘違いして持ち出した連中がいるのでしょう。でっぱりの大きさ的に言って、人間1人でしか持てない様なサイズにしては堅すぎますから」
カザスがコンコンと叩いたでっぱりには確かに何かをひっかけるような部分がついている。今となってはそれがなにやらわからない。だが大の男3人がかりでびくともしないなら、どちらにしても無理ではないのか。全員がそう考えた瞬間、ミランダがずいと前に出た。
「アタシがやろう」
「ええ?」
「おいおい。ブン回してた武器を見れば普通の人間よりは確かに力がありそうだが、いくらなんでもこれは」
「それは結果をごろうじろってね。アルフィ、これやったらアタシは動けなくなるかもしれないから、その時はよろしく」
「? よくわからないけど、わかった!」
「よし・・・2つでいけるか?」
ミランダが腰の革袋から何か取り出し、口に入れる。するとミランダの全身が徐々に火照るように赤く染まりあがり、湯気が出始めた。地下だから多少気温が低いとはいえ、現在は夏前の気温にもかかわらず、である。
「ミランダ、それは?」
「アタシが昔傭兵やってた頃のあだ名は『赤鬼』って呼ばれててね。これを使って戦った時の様子を言ってたんだと思うけど。強制的に体の代謝や血流を上げて、さらに興奮物質とかの脳内麻薬を強制的に分泌させることで常時火事場の馬鹿力を発動させる。
ただし脳内の興奮物質ってのは通常体に猛毒だし、普通の人間がやれば筋肉も断裂しかねないからアタシ以外は使えないけど。まあよくわかんないだろうから細かい説明はおいておこう。とにかくこれがアタシの体格に比べて馬鹿力を発揮できる理由ってわけ。ある程度は薬がなくても自分の体で調節するコツを覚えたからね」
「うーん、私も薬学にはそんなに詳しくないから」
「ふふ、こう見えても元は研究者だからね。アタシも部分的にはインテリなのさ。それでこれがその結果、だ!」
ミランダが石に手をかけ引っ張ると、いままでびくともしなかった石がいとも簡単に引きずりだされた。石を引っ張りだすと、何かが動いてカチリ! という音がする。そのまま次々と石を引きずり出していくミランダ。すると階段が徐々に崩れる気配を見せだした。カザスの推論は当たっていたようだ。
「これでラストぉ!」
「すぐに脱出です。リサについてきてください」
万一に備えて走り出すアルフィリース達。リサの指示に従い脱出する。
「左です」
「よし」
「次は右」
「あいよ」
「上上下下右左右左」
「なんのコマンドだ!」
「これで無敵です!」
「自爆するかもしれないから!」
「ふざけてる場合か!?」
ニアのツッコミと同時に、後ろから階下が崩壊する音が聞こえる。だが思ったよりダンジョンがしっかり作ってあったのか、地下2階以上に衝撃は伝わるものの、崩れそうな気配はあまりなかった。これならさすがのマンイーターも追ってこれないだろう。
リサがふざけたのは脱出のめどが立ち安堵もあった一方、高すぎる緊張感は一度ほどかないと、切れてしまう。そういう意味ではリサの毒舌は狙ってやっている部分もあった。彼女がチビ達の前では至って愛情溢れる姉役を務め、子どもたちも彼女に懐いていることを思えば、それは納得いく事実だったろう。もっとも、単純にアルフィリースをいじめて憂さ晴らしをしたい気持ちもまたあったことは否定しない。半分は姉に甘えるような気持も入っていたのかもしれないが。
そしてその後は何事も無く無事地上に戻ってきたアルフィリース達。既に時刻は陽が傾こうとしていた。
続く
次回投稿は11/26(金)19:00です。