足らない人材、その16~防衛線⑤~
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「アルフィリース、我々のやるべきことは?」
軍議から出てきたアルフィリースをリサが捕まえる。アルフィリースはエブデン、オズドバと共に簡潔に軍議を終えて部屋から出てきた。本来なら援軍の指揮官であるグランツを待つべきであるが、そんな余裕はないことを誰もが察していた。
それにアルフィリースとしては、完全に軍人気質のグランツよりも、まだオズドバの方が話しやすいと考えられた。グランツが来る前に、自分達の有用さをクライア軍に知らしめておきたいところでもある。
「リサ、フェンナ達を呼んで」
「わかりました」
今回の遠征にはシーカーからフェンナが参加している。正規の軍と比べ魔術士の数に欠けるアルフィリースとしては、本格的な戦争に伴いシーカーの力が必要だと考えたからだ。まさかフェンナ本人が同行を申し出るとは思わなかったが。
リサに呼ばれて、フェンナがアルフィリースの前に現れた。彼女はシーカーであることを周囲に悟られないため、ローブを目深にかぶっている。
「呼びましたか、アルフィ」
「ええ、ちょっと頼みごとがあって。あの崩れかけた城壁、魔術で補強できる?」
フェンナの目がローブの奥から光ったのが見えた。彼女は城壁の前まで行くと、そっと城壁に手を伸ばす。しばしの間城壁を撫でてはいたが、その手を放すとフェンナはにこりとした。
「この城壁は赤土を焼いて固くした素材でできていますね。相当昔に作られた城壁で、ほとんど手が加わっていません。魔術による障壁もあまり加えられていないし、ここの地面の土とそう変わらない成分なので、これならなんとか補強できるかも。ただ、これだけの規模となると、一日いただきたいところですが」
「夜が明けるまでにお願いするわ」
「やってみましょう」
それだけ言うと、フェンナは早速とりかかることにした。今回遠征に同行したシーカー20人を自らの元に集めて、話し合いを始める。何事かをフェンナから伝えられほどなくして散っていった彼らは城壁にとりつくと、印を組んで詠唱を始めた。
【我を守護するは土。複ねるは信仰、重ねるは大地、大地の精霊グノームの加護を顕現せよ】
≪大地の障壁≫
シーカー達の詠唱と共に、城壁づたいに地面がせりあがっていく。そして城壁の高さにまで土が登ると、彼らは別の魔術を詠唱した。
【形に応じて土の加護を付加する。固定せよ】
≪大地の加護≫
シーカー達の詠唱の元、欠けていた城壁の隙間が埋まっていった。より密な構造をとった城壁は、見た目の上では新品に見えなくもない。
リサが確かめるようにその城壁を叩いてみるが、感心するように頷いていた。
「素晴らしい。先ほどより明らかに堅固になりました」
「私の一族に伝わる魔術の一つ、以前見せた元素変性と基本は同じです。だからこそ私は『シュミット』を名乗るのですから」
「内側の補強は完璧ね。外側はどうする?」
「内側が終わり次第すぐにでも。どうやらかなりぼろぼろにされたようですから。ですがとりあえずわかりやすい成果で皆さんに見せた方が、我々に対する理解をえやすいと思ったので」
「どうやら当りのようね」
フェンナの狙い通り、城内の兵士達はざわついていた。そして彼らは感心するように、城壁を叩いてその強度を確かめている。
「やるなら今のうちだわ。事情を話して外側もお願いしましょう」
「そうですね。それに姿を晒すのも、今の内かも」
フェンナがフードを取ると、またしても周囲はざわついた。ダークエルフと称されるシーカーを見るのは初めての人間が多い。その姿に思わず剣に手をかける者もいるくらいだった。
アルフィリースも彼女達に慣れたせいで忘れかけていたが、シーカーは元来迫害される種族である。そして、黒髪である自分も警戒される種類の人間であることは間違いないのだ。アルフィリース達に向けられる敵意だが、間に立ったのはラインであった。
「あー、そう怖い顔をしないで聞いてほしいんだが」
ラインは少々おどけた感じで前に出た。
「俺達の傭兵団は色々な協力者が多い。種族ももちろんだ。だが彼らは純粋に傭兵として活動している。だから様々な感情も、今は忘れてほしい。そして彼らが有用なのは今見せたとおりだ。誰もこの砦が落ちるのは望まないだろう?」
「だがそいつらが嘘をついていたら? 元々は人間に敵対する種族だ。俺達をはめようとしているかもしれん」
兵士の一人が反論した。だがラインは頭をかきながら答えた。
「それは考えすぎだ。言っちゃあ悪いが、この砦を落としたところで人間を滅ぼすことにどうつながる? どっちにしても、あと何日もないうちにアルネリア教会が本格的に仲裁に乗り出すだろう。そこまで耐えれば、俺達の勝ちだ。違うか?」
「だが」
「いいか? 俺達傭兵もそうだが、国がどうの、どっちが勝ったのなんてものは上の連中が考えればいいことだ。俺達みたいな傭兵や一介の兵士なんてのは、明日どうやって生きるかだけを考えてりゃいい。
俺達傭兵は敵が強けりゃ逃げればいいが、お前達兵士はそうはいかないだろう? 敵前逃亡は重罪だし、逃げれば地元に残った家族にも罪が及ぶことがある。だから使えるものは何でも使うんだよ。たとえ外法の業でもな。違うか?」
「む・・・」
ラインの言葉に兵士達は黙ってしまった。すかさずラインは追い打ちをかける。
「まあ正規兵さん達が汚い手段が嫌ってんなら、それは俺達がやってやるさ。そもそも俺達は金次第でなんでもやるから傭兵なんだ。たとえダークエルフが何かしたって、正規兵には迷惑がかからない。俺達が勝手にやったことにすりゃあいい」
「・・・一理ある。いいだろう」
その兵士が剣から手を放したことで、周囲も同様にした。敵意が薄れていくのがわかる。ラインはアルフィリースにめくばせすると、城壁の外からフェンナ達に補強を続けるように言い、また城内の兵士もそれに協力した。そしてフェンナは、城門を元素変性の魔術で金剛石に変えたのだった。
きらびやかになった城門に、兵士達が唸る。兵士達の反応は上々だった。
「助かったわ、ライン」
「まあ正規軍なんて言っても、末端は俺らと変わらんよ。戦時でもなけりゃ、田んぼを耕す連中も多いからなぁ」
「それはそうね。そういえばラインって、昔は軍属だったんだっけ?」
「そういうこともあったかもな。それより、これからどうすんだ」
「まずは敵の出方を見るわ。もうルナティカを偵察に出したし。一日で城壁が新品同然になったら、相手も驚くでしょうね」
「確かに。城攻め屋とやらの驚く顔が見物だな」
ラインとアルフィリースは自分達のたくらみに、悪戯好きの子供のように微笑んだ。
続く
次回投稿は、2/21(木)19:00です。