足りない人材、その15~防衛線④~
「貴殿が援軍の将ですか?」
「そうだ、ギュンヌ辺境伯オズドバと申す。辺境伯としては3級に相当する。よろしく頼む」
「私は中隊長のエブデンと申します。ここの責任者を務めております」
エブデンは丁寧に挨拶した。ほっとした表情が読み取れる。相当に彼も疲弊していたのだろう。
「中隊長が責任者? 他の者はどうした」
「私より上役は全員戦死しております。現在は私が形の上で責任者ですが・・・」
「まとまりがないようですね。先ほどの連中とは、投降の話し合いですか?」
リサの鋭い指摘が入る。オズドバはぎょっとし、エブデンは渋い表情をした。
「・・・その通りです。もはや彼らには戦意はなく、昨日大隊長が死亡した時点で投降の話し合いが始まりました。もし本日援軍が到着しなければ、我々は門を開いていたでしょう。私を含めて何人かは反対しましたが、こう死亡者が多くては」
「何があった。それにアルネリアの援護はどうした?」
「それはそちらの方が詳しいのでは? 前線の危険性が高まりすぎたからと、ファイファー将軍がアルネリア関係者を引き揚げさせたはずです。アルネリアの関係者に何かあっては大変だと言って。代わりに援軍を寄越すから、それまで持ちこたえろとの命令でした。しかしその命令があってから、既に10日は経過しております」
「馬鹿な。それでは前線に死ねと言っているようなものではないか」
「・・・お聞きになっていないのですか?」
エブデンの訝しむ表情に、オズドバがまずいと思ったのがわかる。アルフィリースは助け船を出した。
「お話の途中悪いけど、私からも聞きたいことがあるわ。とりあえず、現状を打開しないとどうにもならないしね」
「貴女は?」
「私は『天駆ける無数の羽の傭兵団』の団長、アルフィリースよ。今回500の傭兵を連れて参戦させていただくわ。よろしくね」
アルフィリースの差し出された手にエブデンは反射的に手を出したが、その表情は浮かないものだった。
「女が団長・・・? 戦えるのか?」
「どうもクライアって女性蔑視の傾向があるわね。まあ使えるか使えないかは、戦い方を見て判断して頂戴。で、なぜこんなに城内が荒れているのか聞きたいんだけど。もしかして、城内に侵入されたの?」
「ええ・・・いや、これは相手の飛び道具によるものです。彼らの飛び道具は、我々の城壁をはるかに超えて飛んでくるのです。単純に石の時もあれば、発破の時もあるし、中には毒玉や死体を飛ばしてくるときもあります。そのせいか、何日か前から病も流行はじめました」
「なるほど、それでこの惨状」
「だがそれだけじゃないな。大隊長以上が全員死亡するとは普通じゃない。この規模の軍隊なら、大隊長が10人前後はいるはずだ。それが残らず死亡なんざ、何があった?」
ラインが話に加わってきた。元々顔色の悪いエブデンがさらに青ざめる。
「それが・・・相手には死神がいるのです」
「死神?」
「はい。ある晩、その死神は城壁を登って単騎で侵入してきました。城壁の上にいた兵士を音もなく切り殺すと、そのまま城内に侵入。軍議中だった主だった将のところに押し入ると、当たるを幸いとばかりにその場にいた者をほとんど切り殺したのです。
私はそこにいて生き残った数少ない一人ですが、それなりに腕に覚えのある隊長達がまともに斬り合うこともできず一方的に殺された。しかも身分の高い者から狙って殺している。あれは異常です、死神としか言いようがない」
「死神・・・どこかで聞いた話ですね」
リサが呟いた言葉は、誰にも聞こえることがなかった。アルフィリースもまた、他の事に気を取られていたのだった。
「なるほど、相手には余程腕利きがいるようね。だけど、とりあえず別にやることがたくさんありそうよ。後から他にも人員と物資が到着するし、私達は崩れた城壁の修復と相手の偵察をしたいわ。相手の陣営を教えてくれない? オズドバ副将もそれでいいかしら?」
「う、うむ。そうだな、そうしよう」
「・・・わかりました、ではこちらに」
アルフィリースはエブデンの案内で会議室へと向かうのであった。
***
陥落寸前のサラモ砦を遠目に見ながら、木の上で静かに剣の手入れをする剣士がいる。もうこの剣と付き合ってから随分と長い時が経った。かつて千人将であったころ、地方の反乱を収めた功績で王から賜った剣だ。本来なら小さな反乱ごときの報酬としては過ぎた剣だったが、王が非常に自分に期待して授けてくれたのだと、周囲からは教えられた。
確かに王の見立ては素晴らしい。重心も良く振りやすいし、自分の戦い方に合っていた。何より、自分が魔法剣を使った時に非常に栄える。そこまで考えて授けたのだとしたら、正直粋な王様だといわざるをえない。
だがもはや昔の話。剣は相変わらず当時と変わらない輝きを放っているが、自分は随分とくすんだものだと、剣士は自嘲気味に笑った。姉と妹、それに弟はどうしているだろうかと、剣士はふっと遠い故郷に思いをはせた。
その木の下から、昔を懐かしむ時間を台無しにする声が飛んでくる。
「あーねーさん! 動きがありましたよぉ!」
「・・・」
ルイは無言で木を飛び下りた。剣を抜身のままで下を見ずに飛び降りたので、思わず剣が下にいるレクサスに当たりそうになる。
「ぎゃー! あぶない!」
「そのくらいよけろ」
「これも愛の形? 愛って厳しすぎる!」
レクサスが不満を言うが、ルイはいつものように無視した。そもそもこの男が気の無い剣に当たるはずもない。
ルイはぎゃあぎゃあとくだらないことを言い続けるレクサスを無視して話を続けた。
「それで? 動きとはなんだ」
「ああ、そうそう。サラモの砦に援軍が到着したようです。数はざっと300。騎兵だけだったから、後から来る歩兵も合わせりゃ総勢は千から二千ってとこじゃないすかね」
「ふん、城攻め屋がのろのろしているからこういうことになる。もっとも、奴らからしたらあの城を攻め落すのはいつでもできたかもしれんがな」
「東側じゃ久々の戦らしい戦ですからねえ。戦いを長引かせて、契約金をふんだくろうって腹かも。あまり戦を舐めた真似をすると、罰があたるんすけどねぇ」
「お前が相手の大将首を一斉に狩るから、奴らもそういう手段に出たのだろう。城を落としても相手の主だった首が取れないんじゃ、報酬が少ないからな」
「仕方ないでしょう。あいつらがトロいからこういうことになるんすよ。おいしいとこだけいただきです」
「まあそれもいいさ。それで? お前が報告に来るからには何か面白い物を見つけたんだろう?」
ルイの指摘に、レクサスがにやりとした。
「もちろんっすよ。相手側の援軍、どうやらアルフィリース達がいるようですよ」
「・・・ほう?」
その言葉にルイも思わず楽しそうにほほ笑む。
「確かか?」
「遠目での確認ですけどね、まず間違いないっす。美人をこのレクサスが見間違えるはずがない!」
「それは知らんが、多少面白くなってきたな。本来の目的とはずれるが、サラモの砦に攻め込んでみるのも悪くない。レクサス、折を見て挨拶に行くぞ」
「了解です」
レクサスが敬礼をしてルイに応える。そのルイは、久方ぶりに心躍るのを止められなかった。
続く
次回投稿は、2/19(火)19:00です。