足りない人材、その14~防衛線③~
「アルフィ、どこに行く?」
「クライアの軍の様子を見たくて。どのくらい前線がやばいかって、本陣の様子からでも想像つきそうだし。それに」
「それに?」
「あの大将は何かを隠してそうよ。嘘つきの匂いがしたわ」
アルフィリースが周囲の様子を慎重に眺めている。だが堂々と歩きまわっているからか、誰もアルフィリースを咎める者はいなかった。全員が自らの仕事で忙しく走り回っているだけである。
だがその一角に、妙な建物をアルフィリースは発見した。その周囲だけ兵士がしっかりと見回っている。その数も多く、最重要の何かを守っているようだった。アルフィリース達は自然と身を隠し、その建物の様子を遠くからうかがった。
「リサ、中を感知できる?」
「やってみましょう」
周囲には当然のように結界が張り巡らされているであろう。リサはそれを承知で、さらに詳しく建物の周りを感知してみた。ソナーの波長を調節し、様々な形で飛ばすことで建物の結界に綻びがないかどうかをしっかりと探ったのだ。だが、リサの実力を持ってしても綻びを見つけることはできなかった。
「・・・駄目ですね。それなりの能力を持つ魔術士が結界を張ったようです。結界には綻びがまるでありません」
「逆に言えば、何かそれだけ重要なものが隠されているってことね」
「武器防具、糧食にしちゃ厳重すぎるな。捕虜の可能性もある。だがアルフィ、そろそろ行くぞ。見張りがこっちに来そうだ」
ラインの一言でアルフィリースは後ろ髪を引かれる思いでその場を去った。ルナティカがこの場にいればあの建物を探ることもできるかもしれないが、暗くならないとそれも不可能だろう。アルフィリースは気になりながらも、その建物の確認を現段階で諦めた。
そしてアルフィリースが仲間のところに戻る過程で、ロゼッタが合流してくる。
「ロゼッタ、何か有益な情報は聞けた?」
「ああ、結構な情報が手に入ったぜ。今話していいかい?」
「頼むわ」
仲間のところに戻る前に何らかの作戦を立てたいアルフィリースとしては、いち早くロゼッタの情報はほしいところだった。
ロゼッタは語る。
「まず戦況だな。当然こっちは圧倒的に不利。このガルプス砦の出城は三つあるが、そのうちサラモ砦が喉元に当たる。こいつを落とされると、ガルプス砦までは軍が展開しやすい地形となる。それにガルプス砦は交通の要衝だが、壁も低いしあまり防戦目的に作られていない。
問題はここが既にクライア領ってことだ。ここを落とされると、ヴィーゼル圧倒的有利で戦が終わる。そうなると五分の条約は不可能だし、再戦ってことになるとヴィーゼル優位に展開できる。クライアはなんとしてもここを防衛したいだろう」
「ある程度聞いた状況ね。だけど、それなら戦争を終わらせるためには・・・」
「そうだ、この一帯を何が何でも防衛する必要がある。理想的には、今寄せてきている軍隊の撃破だな」
「少なくともアルネリアが介入する隙を作る必要がある、か」
「ならば少なくとも今の寄せ手と互角に戦わないといけませんね。寄せ手の戦力と内容は?」
リサが続けて問う。ロゼッタももちろん情報を得ている。だがその表情は浮かないものだった。
「そいつが問題なのさ。寄せ手の戦力はおよそ五千。対して現在サラモに常駐している軍は三千。戦力としてはまあまあだ」
「防衛線ならご互角以上に戦えそうね。それに今回の援軍が加わると・・・」
「まあ普通なら反撃も狙えるだろうな。だが城の守備兵はその数を減らされる一方で、既に城では千以上の兵士が死んだそうだ。寄せ手の戦力が圧倒的に高いらしい」
「それがカラツェル騎兵隊?」
アルフィリースは事前に聞いた情報を思い浮かべたが、ロゼッタの返事は違うものだった。
「いや、カラツェル騎兵隊は平原での戦いを得意とする。城塞から出てきた軍団を相手にはするが、攻城戦は向かないよ。
城を攻めてるのは別の一団だ。だがそこにも傭兵が多いらしい。『城攻め屋』プラルィーフモロト。そいつらが今回の寄せ手だ」
「城攻め屋・・・」
アルフィリースは聞いたことのない相手の名前を反芻した。
「城攻め屋って、強いの?」
「うーん・・・傭兵団としては結構な歴史を持つな。泰平期に入る以前は活躍した連中だ。ほら、城攻めって消耗戦になるじゃん? だけどやつらはあまり人的被害を出さずに城を落とすって評判だった。全盛期の落城率は八割になるとか」
「結構な数字に思えるわね。何がすごいの?」
「アタイは城攻めって割に合わないから、ほとんど参加したことなくってね。奴らの姿なんて一回見たことがあるくらいだけど、攻城戦に用いる道具の性能が異常に高かった気がする。だけどもう30年以上も前の話だ。それからどうなったかなんてわかりゃしないよ」
「結局見てみないとなんとも言えない、ということですか」
リサがため息をついたが、隣で無表情のラインも同じ心境だった。ラインも独自に情報はつかんでいるが、そろそろサラモ砦の攻城戦が始まってから一月経つはずである。城攻め屋がきているなら、サラモ砦は陥落寸前であろうことは予想がついが。だからといって、どうしようもないことに違いはないのだが。
***
結局のところアルフィリース達はオズドバと共に先行してサラモ砦に向かうことになった。グランツ将軍は物資を大量に輸送するため、後から来るらしい。援軍の大将が先行しないことを訝しんだアルフィリースだが、文句を言える立場ではなかった。
サラモ砦までは馬で急いで一日程度の距離である。貸し与えられた馬に乗って300の兵を先行させるオズドバ。そのうち100人はアルフィリースの傭兵団であった。
オズドバと共にサラモ砦に到着したアルフィリースが見たのは、想像を絶する悲惨な状況だった。
「ひどい・・・」
「陥落寸前だな」
アルフィリースの目の前にあったのは、既に戦う気力をなくしかけたサラモの兵士達。彼らは一様に傷つき青ざめ、見回りをする気力もなく地面に伏したり座ったりしていた。
城壁も内から見てわかるくらい破壊されている。物見台は焼けてしまっているし、城門は破城鎚でも打ち付けられたのか、完全に歪んでしまっている。これではまともな扉の開閉は厳しいであろう。
不思議なことに城の中も所々焼けており、城内でも戦いがあったかのようだった。オズドバとアルフィリースは守備隊長の姿を求めて、負傷兵達の間を彷徨った。
「危なかった、後一日援軍が遅れていたら、どうなったかわからんな」
「そうね。まずは負傷兵達に食料と薬を上げないと。アルネリアのシスターはいないの?」
「そういえばそうだな。それも聞いてみるとしよう」
オズドバが比較的元気そうな兵士に声をかけ、守備隊長の元に案内させた。そこでは神妙な顔をして何人かと話し合っている守備隊長がいた。
彼はオズドバが来たことを悟ると、他の者達を下がらせて自ら歩み寄ってきた。
続く
次回投稿は、2/17(日)19:00です。