足りない人材、その13~防衛線②~
「相手の戦力は?」
「詳しい話はグランツに聞け。時間がないのだ、直ぐにでもサラモに向かってもらいたい」
「随分と急かすのね。だけどその前に報酬の確認だけ。前金200万ペンド、勝利の際にはさらに200万ペンド。更新は半月ごとで、そのたびに100万追加してもらい、武器防具の準備はそっち持ち。間違いないかしら」
「ああ、間違いない。ギルドと魔術文字でやりとりした通りだ」
「ならばここで前金をいただくわ。そうでなければ、私は指先一本も動かす気はない」
将軍達を前にしてのアルフィリースの無礼ともとれる物言いに何人かが身を乗り出そうとしたが、ファイファーがすかさず鈴を鳴らして兵士を呼んだので、誰も文句を言う暇がなかった。
そしてファイファーは金を兵士に持ってこさせると、箱を空けてアルフィリースに中身を見せた。アルフィリースは敷き詰められた紙幣をわざとゆっくりと確認し、頷く。
「全部確認したわけじゃないけど、貴方を信頼させていただくわ。ファイファー将軍」
「そうか。私はお前を信頼したわけではない。働きでその分を返してもらおう」
「いいわ、期待してて」
「悪いが期待はしていない。これだけ早急に到着できる傭兵団がお前達だけだったという話だ。そうでなければ女など雇いはせん。もしお前たちが役に立たないとわかった場合、別の用途で役立ってもらうぞ」
ファイファーは顔色一つ変えずに冷酷に言い放った。だがアルフィリースもまた、眉ひとつ動かさない。
「悪いけど、私達の傭兵団には金で誇りを売る輩はいないのよ。そういう話は別の女達にして頂戴」
「ならば役に立たなかったらどうする?」
「別にどうも。前金を頂いて、働いた分の日当をいただくだけよ。それ以上も以下もないわ。逆に私から質問。もし私が相手の大将首や、拠点を攻略したら何を褒美にくれるの?」
アルフィリースの質問に、ざわと一同が揺れた。ファイファーの冷酷な目が、アルフィリースを射抜く。
「面白い女だ。我々の国家では、戦時における略奪行為はたとえ雇い入れた傭兵であれ、自由にやってよいことになっている。もし城を落としたのなら、そこにある財宝は早い者勝ちだ。大将首を獲ったなら、報酬を倍にしてやる」
「乗った。気前の良い雇い主は好きだわ。契約成立よ、契約書を用意して頂戴」
「オズドバ、別室で用意してやれ。グランツ、少し残れ。作戦を確認する」
「はっ」
ファイファーの命令通り、オズドバという男がアルフィリース達を案内した。グランツと呼ばれた一際大柄な男はファイファーに何やら指示を受けている。
そしてオズドバはアルフィリース達を隣の部屋に案内すると、そこに用意してあった契約書にサインをさせた。サインは3名の連名式。そこにはファイファーの直筆は予め書いてあった。どのみち契約はするつもりだったのだろうが、アルフィルースは品定めをされたということか。そして最後にオズドバが確認の印章を押して契約成立となった。
契約書を書き終わると、オズドバが兜を脱いでアルフィリースに握手を求めた。
「改めて自己紹介させて頂こう。私の名前はオズドバ。ギュヌン辺境伯にして、この国では男爵位を賜っている。この軍では500人長になる。よろしく頼む、傭兵殿」
「クライアには男尊女卑の傾向が強いと聞いたけど、貴方はそうでもないのね」
アルフィリースは握手を交わしながら、素直な感想を述べた。オズドバは苦笑いをしながら返す。
「私も戦場に女が出てこなければ、と思っている人間だ。だが国によっては非常に優秀な女将軍がいると聞いている。そのような性差別の体質がこのクライアの遅れを助長するのだろうな。
それに、私もあまりそなたと地位が変わらん。元々は2万人程度の地主だったのだ。隣接する地主達の跡取りがいなかったため私がいくらか併合したところ、結果としてこの地位になった。あまり軍略とか、そういうものとは無縁でな。地元に帰って、のんびりと田畑を耕しているのが似合っている。ファイファー将軍やグランツ将軍とは人種が違うよ」
「ファイファー将軍は王家の縁戚だと聞いたけど?」
「耳が早いな、その通りだ。だがそれだけで総大将というわけでもない。実際にあの方は戦上手で有名だよ。グランツ将軍も軍人の家系だ。だが・・・」
オズドバは声を潜めた。
「正直今回は相手が悪い」
「カラツェル騎兵隊?」
「そうだ」
オズドバは舌打ちした。
「奴らの練度は想像以上だ。ファイファー将軍は実際的だが、同時に誇り高い。どんなに有名でも所詮は傭兵だと思っていた。だが神出鬼没な奴らに、我々の軍はずたずたにされた。アルネリアが出てくる前にヴィーゼルの領地を切り取らんと、無理に北部の草原にまで兵を出したのがまずかった。たかが千五百の傭兵団に、五千の兵士が壊滅させられた」
「じゃあ今回は負け戦なのかしら?」
「私はそう思っているし、どこで和議を結ぶべきかというのがこれからの争点になるだろう。だがこのままでは和平交渉でこちらの領土を切り取られかねない。それで引くに引けぬ状況になっているのだ。軍議も平行線だ。強硬派と和議覇でな。もっとも、ファイファー将軍にはまだ何か奥の手がありそうだが・・・」
そこまでオズドバが言ったところで、部屋にはグランツが入ってきた。大柄なグランツはアルフィリース達をぎろりと睨むと、その手元にある契約書をひったくるようにして奪った。
「ふん、契約書は書いたようだな。何を話していた?」
「別に。オズドバ副将にこの軍隊の作法を教えてもらってたのよ」
「ならばさっさとしろ。迅速なる行動もこの軍では作法だ」
「わかったわ。じゃあ足並みを揃えておくから、後で迎えを寄越して頂戴。前金を私達のところまで運ばせるついでにね」
アルフィリースは手をひらひらとさせながら、部屋を出た。帰り道にロゼッタを拾うべく先ほどの道を通ることも考えたが、アルフィリースは道を間違えたふりをしてわざと別の場所に向かった。後からリサとラインが怪訝そうな顔をしてついてくる。
続く
次回投稿は、2/15(金)20:00です。