足りない人材、その12~防衛線①~
「時に楓よ。例の物の解析は済んだか?」
「はい。以前シーカーの中にいた虫ですが、やはり南方の大陸の生き物であることが確認されました」
「南方で何人犠牲になった?」
「40名ほどでしょうか」
「そんなにか」
ミリアザールは悲しそうな顔をしたが、楓は構わず続けた。
「その代わり、かなりの数の魔物を捕獲して参りました。現在それらの魔物の習性を解析しております。やはりミリアザール様が睨んだ通り、南方の大陸の三すくみは全てこちらの大陸に出てきているせいか、かなり警戒網が甘くなっています。既に何か所か拠点を築きましたし、ジャバウォック、ロックルーフ、レイキの三体が参加してからは、かなりの速度で作戦は進行しています。問題は、どの地点から攻略するか」
「予定通り、『八重の森』から攻めよ。ただし拠点を築き、どの程度まで侵攻可能か見極めよ。一つ進んでは拠点を築き、周囲を平らげる。進軍は急ぐが、慎重でなければならぬ。やみくもに突き進んでは、全滅は必至ぞ」
「わかりました。既に『硝子の砂海』、『久遠の岩城』にも侵攻は開始しておりますが、後者は踏み入ることも難しいかと。相当手練れの守護者がおりますし、どうやら組織化されている模様。ここが魔人の拠点かと存じます。逆に前者は何もなくて拍子抜けですが、これまたどこまでいっても何もなく、拠点の製作が非常に難しくなっております。どちらにしても侵攻は苦労しそうです」
「わかった、昔とあまり状況は変わっておらんようじゃな。だが今回はどれほど犠牲が出ようともやり遂げねばならん。もはや時間は待ってはくれんのじゃからな。
魔晶石の二次生産が終わり次第、次の部隊を派遣する。剣だけでなく、他の武器や防具の工程も解放しておけと里に伝えよ。大戦期以来の大盤振る舞いじゃ」
「わかりました」
ミリアザール様は本気なのだ、と楓は理解した。アルネリアの正史に魔晶石の全身装備をした時代は存在しない。口無し達が知る裏の歴史でさえ、そのような時代があったとは明記されていない。そもそも魔晶石自体が希少金属であり、一握り何万ペントで取引されるほどの高価な金属。およそ一般的には美しい宝石や装飾物としてしか認知されていない。
だがミリアザールの命令で行った隠し鉱山には、巨大な建造物でも建てられそうなほど、魔晶石が山とあった。そしてそこに住む人間達は魔晶石の精製工程を理解し、瞬く間に武器防具を生産し始めたのだ。
楓は考えを改めた。ミリアザールの本当の凄さ、恐ろしさは本人の実力ではなく、数百年に渡って蓄えた人脈なのではないかと。そしてミリアザールさえその気なら、彼女は武力でもってこの大陸を統一できるほどの力を有しているのだと。
楓は一礼をしてミリアザールの元から下がる。あとどれだけ、こういった奥の手を隠し持っているのかと期待する半面、ミリアザールの恐ろしさと、そして寂しさを感じとりながら。
***
「この傭兵団の代表はいるか!」
「私よ」
アルフィリース達は事前に連絡を受けた着陸場所に飛竜を降ろし、荷を飛竜から外していた。そしてすべての荷が外し終わらないうちに、こちらに早足で来た鎧づくめの兵士が大声を張り上げて傭兵団の代表を探していた。
アルフィリースはラインとリサ、それにロゼッタを伴い、兵士の前に出た。その4人を兵士がじろりと見る。兜の中でこちらを品定めするような目つきが、鋭く光った。
「お前が代表か?」
「そうよ、文句がある?」
「ふん、代表が女とはな。そっちの男は余程根性なしと見える、女の尻に敷かれるとは」
「あ?」
ロゼッタが兵士に睨み返そうとするのを、ラインが止めた。
「根性なしで悪かったな。それより心配するのはお前の明日の役職だ。俺達をこんなところで遊ばせておいて、前線が突破されたら責任を取らされるのはあんただぜ? 上官を苛々させたくなきゃ、俺達をさっさと案内するんだな。そうすりゃ互いにむかつく面を見なくて済む」
「・・・こっちだ」
ラインの言葉に一層不機嫌そうな顔をしかめながらも、兵士は大人しくアルフィリース達を案内した。その仕草は義務的であり、何がどこにあるかを一切説明しようとはしない。
今いる場所は前線ではないものの、そこかしこで見かける兵士達は全員が慌ただしく動いていた。物資の輸送、兵員とのやり取り、そして負傷兵の世話。明らかに従軍医師や薬師では数が足りないのだろう、鎧をつけた兵士達も包帯や薬の入った小瓶を抱えながら走り回っていた。アルネリアの関係者が介入している様子は、まだない。
その中でロゼッタの方を見て挨拶する男達がいた。どうやらロゼッタの顔なじみの傭兵らしく、ロゼッタはアルフィリースに目くばせすると、すっと案内から身を引いた。彼らの元に情報収集に行ったのだろう。
そしてアルフィリース達は無愛想な兵士に案内されるまま、兵士が警護する部屋に案内された。男は警護の兵士に何事かを説明すると、アルフィリース達に目もくれずそのまま行ってしまった。
アルフィリース達がむっとする暇もなく、警護の兵士が扉をノックする。
「失礼します。傭兵達が到着しました」
「入れろ」
兵士は扉を開けて中に一礼すると、アルフィリース達を顎で入るように促した。癪に障る兵士の態度だが、アルフィリースもいちいち目くじらを立てるのはやめた。戦地で愛想など期待できるはずもない。それに、元々傭兵はそのような扱いを受けることがほとんどだ。アルフィリースは久々にそのことを思い出していた。
中に入ると、そこには大きなテーブルに広げた地図と、そして駒がいくつか置いてある。その地図を囲むように、鎧姿の男たちが立っていた。クライアの軍人は、身分の高さを兜の角で表す。角が多く、大きい方が軍人として身分が高い。王は五本角と言われるから、三本角の男がこの場の最高責任者だろう。アルフィリースはそのことを知りながら、あえて全員に問うた。
「私の雇い主は誰かしら?」
「私だ」
予想通り、三本角の男が返事をした。男は充血した目をアルフィリースに向ける。おそらくはそれほど寝ていないのだろう、顔つきが見るからにくたびれていた。まだ40になるかならないくらいだろうに、男は随分と老けて見えた。
「貴方がファイファー将軍?」
「そうだ、今回の依頼主でもある。到着早々だが、早速前線に向かってもらいたい。お前たちの兵は500と聞いたが?」
「ええ、きっちり500よ」
「よし。ならば予定通りグランツを大将、オズドバを副将として千の兵を連れ、地図のここにあるサラモ砦に向かってもらう。ここが最前線だ。ここを抜かれると、この城まで平坦で通りやすい道が続く。脇道も多いし、軍を展開されると非常に抑えにくいのだ。このサラモが生命線と言ってもいい。頼んだぞ」
ファイファーは地図を指しながら説明した。たしかにそこまでは脇道の多い道が示されており、サラモを抜かれるとその後兵を分担して各所を守る必要がありそうだった。駒が置いてあるところが前線であるのだろうか、他に二か所ほど前線とおぼしき場所があったが、ここからそこまでは一本道の砦であり、また道も険しそうだから砦を抜かれても道を封鎖することは可能かもしれなかった。
アルフィリースは地図を眺めて大体を頭に入れると、ファイファーに向かって言い放った。
続く
次回投稿は、2/13(水)20:00です。