足りない人材、その11~密通~
「・・・何の用だ・・・」
「別に貴様に用はない。単にこの近くまで来たから寄っただけだ。本当ならばアルフィリースに用事があったのだが、忙しそうだからな」
「・・・そうだな・・・早ければ明日か明後日にでもここを発つだろう・・・急ぎの用事か・・・?」
「いや、まだよいだろう。それより、お前はアルフィリースに同行するのか?」
「・・・無論だ・・・それが使命だからな・・・全くもって退屈だが・・・」
「そうなのか? それにしては楽しそうだったが」
「・・・何・・・?」
ライフレスは聞き間違いかとも思いユグドラシルの方を振り返ったが、ユグドラシルはそれ以上何も言わなかった。先ほどライフレスがブランシェの頭をなでながら微笑んでいたなど伝えたら、今後一切会話は成立すまい。
ユグドラシルはこれ以上この場にいてもライフレスの不興を買うだけだと思ったか、その場を去ることにした。元々それほどライフレスに用事はなかったのだ。
「ところでライフレス、監視の任務はもうすぐ終わりそうだぞ」
「・・・何か動きがあったか・・・?」
「カラミティが中心になって進めている計画の仕込みが終わったそうだ。あとは時期を見て発動させるだけになる。計画が発動すれば、我々もそちらにかかりっきりになるだろうな」
「・・・そうか・・・ならば問題は機会だけか・・・だがアルフィリースはよいのか・・・?」
「アルフィリースは嫌でもこちらの近くに来るさ。もはや監視する必要もなく、彼女は我々と関わらざるをえない。オーランゼブルはそこでアルフィリースを自分の仲間に引き込むつもりだ。多少強引な手段を使ってもな。お前も役目をオーランゼブルから与えられているはずだ」
「・・・なぜそこまで知っている・・・不気味な奴め・・・」
「私がオーランゼブルの計画の、影の推進者と言ってもよい存在だからな。私が認めていなければ、オーランゼブルの計画は成功しえない。だが私も悩んでいるのだ。果たしてオーランゼブルの計画が、最善なのかどうかと」
「・・・最善でなかったら・・・どうする・・・?」
ライフレスは興味をひかれた。純粋にユグドラシルという存在は自分の理解を超えていると、ライフレスは思うのだ。相当の実力者であろうことは予感しているが、同時に争うべき相手ではないとも考えている。
しかし、その動向には興味があるのだった。
「別にどうもしない。私はただ眺めるだけだ」
そんなライフレスの期待もむなしく、ユグドラシルの答えはそっけないものだった。ライフレスは意外な答えを聞いたとばかりに、目を少し見開いた。
「・・・意外だな・・・精霊のつもりか何かだと思っていたが・・・」
「王の言葉とも思えんな。残念だが、私には本当に何をどうしようという気はないのだよ。ただ一つ、かすかな期待をしている」
「・・・アルフィリースにか・・・?」
ライフレスの問いに、ユグドラシルは何も答えなかった。ライフレスはユグドラシルが何を考えているのか知ろうとしたが、膝の上でブランシェが一瞬寝返りを打ったのに気を取られた時には、既にユグドラシルの姿は消えていた。
ライフレスは舌打ちをしてブランシェを膝の上からどけ、既に暗くなったアルフィリースの部屋に使い魔を通して目を向ける。ブランシェは驚いて体を飛び起きさせ、主人の機嫌を覗うように尾を左右に振っていた。
「・・・あんな小娘に何を期待する・・・ただの人間ではないか・・・」
だがそのただの人間に自分もまた興味を引かれていることは、ライフレスも忘れているのであった。
***
「行ったか」
「ええ、滞りなく」
ミリアザールは楓を傍に控えさせ、アルフィリース達の出発を深緑宮の高台から眺めていた。飛竜を近隣からも集め、総勢百頭以上に分乗させ送り出した。飛竜を百頭以上となると、ここ東の諸国では滅多に見ない光景となる。飛竜を用いた軍団を抱えるローマンズランドを別として、とても壮大かつ珍しい光景にアルネリアの街の住人達はこぞってこの光景を眺めていた。出立の日時を街の住人達にそれとなく伝えたのは、アルフィリース達の宣伝効果も期待してのことだ。
そしてミリアザールも街の人間達と同様にこの光景を眺めていた。その右手には、アルフィリースから渡された焼き菓子があった。いや。焼き菓子を包む紙にこそ、その真意はあった。
「アルフィリースも中々に小癪なことを考え寄る。ライフレスに監視されているとわかっているからこそ、細工を考えたか。まさか焼き菓子の包み紙に手紙を仕込むとはのう」
「はい。なんとなく目線で理解しましたが、思った通りでした。やはり監視に対する対抗策は練っていたのですね。して、何をその紙には?」
「ライフレスについて調べてほしいことを書いておる。奴の詳細な不死の秘密と対抗法、奴の最大の魔術について、そして切り札となるべき能力について」
「・・・その発想はどこからきたのでしょうか」
楓が不思議そうに質問をしたが、ミリアザールは頭をふった。
「知らんよ。あ奴にも独自の情報網があるのじゃろう。確かに英雄王グラハムの史実については、アルネリア教が最も多く保管しておろうな。当時は書におこして何かを記録するという発想自体が乏しかったし、戦争で多くが失われたからな。だが誰の発想にしろ面白いな。ライフレスの弱点を書物から探るか」
「しかしなぜ紙にしてわざわざ渡したのでしょうか。先日の訪問時に聞きだせばよいものを。ライフレス目が届いているかどうかも疑問ですし、ここまでする必要があったのでしょうか。」
「わからんか? お主がワシと傭兵団の間を往き来することが自然になるようにだよ。ライフレスにこそ顔を知られたお主だが、幸いにして傭兵団にはあまり認識されていない。容姿もまだ子供の域を出ないし、それらしくしておけば近所の者が雇われ仕事に来ておるくらいにしか思われんだろう。今までのように、何かあるたび口無しや深緑宮の関係者を使いに寄越す必要もなくなる。
アルフィリースは疑っておるのだよ。傭兵団の中に誰か裏切り者がおるやもしれんし、もしかするとアルネリアや口無しの中にもな」
「そこまで疑うのですか?」
楓は意外そうな顔をしたが、ミリアザールはさも当然といった様子で返した。
「思うだろうな。アルフィリースは思ったよりもはるかに慎重な人間だ。今までワシが使いに出した誰ひとりとして信用してはいないだろう。手紙にすると読まれておるかもしれんし、内容を改竄されるかもしれない。人形が多数我々の中に混じっておった段階で、アルフィリースは監視がライフレスだけとは思っていないだろうさ。だからこそ深緑宮に度々自ら足を運ぶ。だがあまりここに足しげく通うのは、傭兵団の者の反発を買うだろう。我々はアルネリアの手先ではない、とな。
ワシも同様だ。アルネリア教の中に潜んだ対抗勢力らしき影は、いまだに正体を見せぬ。ミランダが調査しても、まだわかっておらぬ。奴らにもまた邪魔されたくはないしのう。思ったよりも信用できる人間は少ないのだよ、楓」
「そのようなものですか」
楓は頭を垂れて恭順の意を示した。確かに口無しの中にさえ、色々な考え方を持つ人間は存在する。ましてアルネリアは様々な思惑を内包した巨大組織。いかにミリアザールが偉大だとて、その関係者の考え方まで統一できるわけではない。
楓にはまだミリアザールの事はよくわからない。最近では梔子がミリアザールの元を離れて動くことも多くなっているため楓が補佐を務める機会も増えたが、楓にはまだミリアザールが何を考えているかは理解しがたいところがある。ただ梔子からは「いずれ知るべきことだから、今学ぶように」との命令であった。口無しにとって梔子の命令は絶対。ひいてはミリアザールの命令は絶対である。と、同時にミリアザールの傍仕えを命じられるということは、いずれは口無し全体を率いる可能性が楓にもあるということだった。
同輩たちには自分よりも優秀な者も多いのに、なぜ自分が、という思いは胸の内にしまいこみ、まずはミリアザールに仕えることに全霊を注ぐ楓である。
やがてアルフィリース達が肉眼で見えなくなると、ミリアザールは問いかけた。
続く
次回投稿は、2/11(月)20:00です。