足りない人材、その10~ライフレスの憂鬱~
「いかがでしょうか?」
「・・・よく調べたわね。どうやったの?」
「私もそこまでは知らされておりません。ですが各地で彼らの行動は徐々に表面化しているようです。もう少したてば、さらに詳しいことがわかってくるのではないかと」
「そう。でも現時点で私にできることはないんじゃない? まさか私の方から不戦協定を破るわけにもいかないし」
アルフィリースはつまらなさそうに答えた。だが、楓の返答はアルフィリースの予想とは違った。
「本当にそう思われていますか?」
「どうしてそんなことを聞くの?」
「今のアルフィは、正直彼らに生かされている状態です。貴女と旅をしてわかったことですが、貴女は一見おどけていたりふざけたりしているように見えても、その気性がおとなしいわけでもなく、また誇り高い人です。今の状況に甘んじているわけではないはず。
常に打開策を、彼らを倒す術を考えているように私には思えます。違いますか?」
「買い被りよ。私には何ができるはずもないわ。そんな大した人間じゃないもの」
「だったら・・・」
楓が何かを言いかけたが、アルフィリースの目線が鋭くなったのを感じて、言葉を飲み込んだ。しばしアルフィリースの目を見つめる楓。その視線の意味を考えて、楓ははっとする。
するとアルフィリースはにこりとほほ笑み、自分の執務机に向かうと引き出しから包み紙のような物を取り出した。
「それよりも、この焼き菓子をミリアザールに届けて頂戴。調理人のラックに教わりながら自分で焼いてみたのだけど、上手くいっているかどうかをミリアザールに味見してほしくて。いつもお世話になっている、ほんのお礼だと思えばいいわ」
「・・・なるほど、手製の焼き菓子ですか」
「そう、私の自作よ。だから、きっちりミリアザールに直接手渡して頂戴。いいわね」
「ええ、必ず」
楓はそれだけ言うと、夜遅くに訪問した非礼を詫びて帰った。アルフィリースも楓が帰ると、明りを消してすぐに眠りに入ったのである。
***
「・・・やっと寝たか・・・」
そのアルフィリースをはるか遠くから見つめる者が一人。正確には、使い魔を通して上空からアルフィリースを監視する、ライフレスである。
ライフレスはいまだにアルフィリースの監視を続けていた。眠る必要のないライフレスは、監視にはもってこいである。それにオーランゼブルからの新しい指令もない。というより、あれからオーランゼブルに呼び出されることが全くないライフレスであった。
ライフレスは本来気の長い性格ではない。本来ならこの任務を大人しく行う人物ではないのだ。だが、異空間への幽閉は彼に十分すぎる思索の時間を与えたが、永遠にも感じられた幽閉の後、ライフレスに残ったのは「戦いたい」という衝動だけだった。突き詰め、追い求めた自らの本性が闘争心だと知りライフレスはどこか安堵した。単純なまでの答えが、彼に戦いこそ自らの真理だと思わせた。そして好敵手なる者を探し求め、アルフィリースが自らと戦い得る者だと知って歓喜した。
だが最近、アルフィリースの日常を見るにつけ、ライフレスの心境にはわずかに乱れが生じていた。アルフィリースはとかくよく笑う。仕事に追われる最近ではさすがに真面目な表情も増えたが、基本的に彼女は誰かと話す時には必ず笑っているのだ。それも、心から楽しそうに。
周囲もよくわかっているのだろう。アルフィリースと話している者達は、皆一様に楽しそうだった。アルフィリースをからかうにしろ、そしてアルフィリースを尊敬するにしろ、同様に楽しそうだった。
ライフレスにはアルフィリースがいつも笑顔の理由がわからない。あのような者は、ライフレスの周りにはいまだかつていなかったはずだ。いや、ライフレスはその考えを持つに至って、初めて気が付いたことがある。自分の周りにいた人間達は、いったいどのような人物達だったか。
ライフレスは、自分が踏み台にした者達をすべて覚えている。人生において千にも及ぶ戦場だが、ライフレスはその一つ一つを記憶している。そして自ら葬った者達の顔を覚えている。それが勝者の宿命であり義務だと、ライフレスは固く誓っていた。
また自分と共に戦った者達を覚えている。その名前も声も顔も。だが彼らが何を求め、どこの出自で、なぜ自分に仕えていたのかまるで思い出せない。いや、むしろライフレスが知ろうとしなかったのだと、今になって気が付いたのだ。
どうしてそのような自分であったのか、ライフレスはこのところずっと考えている。だが、どうしても思い出せない。そもそも自分はなぜそこまで執拗に戦いを求め、そして勝ち続けようと思ったのか。ライフレスは一つ一つの戦いを逆にたどり、自分の原点を考えようとしていた。どうせ任務は暇なのだ。そのくらいの時間はあるだろうと、ライフレスは考えていた。
しかし、その作業を邪魔する者がいる。ブランシェである。
「・・・ち・・・またお前か・・・」
今もそうだ。ライフレスが過去に思いをはせようとするたびに、ブランシェが彼の体のどこかにすり寄ってくるため思索は中断される。その姿は獣のままであることがほとんどだが、時にアルフィリースの姿ですり寄ってくる時もある。そのたび、ライフレスは奇妙な気持ちにさせられるのだ。自らが好敵手と認めた相手と同じ顔が、髪の色こそ違えどすり寄ってくるのだから。
もはや体温すら感じることのないライフレスの体だが、何かが触っていることくらいはわかるのだ。ライフレスはブランシェの存在を疎ましく思っていた。
「・・・ふん・・・エルリッチの奴が獣一匹満足に面倒を見れないからこうなる・・・」
エルリッチとブランシェの相性が極端に悪いせいで、ブランシェはライフレスが直接面倒を見ているのだった。何せブランシェとエルリッチが一緒に留守番をしていると、ブランシェはエルリッチを蹴飛ばすわ噛り付くわで、拠点と定めた場所が使い物にならないくらい暴れるのだった。
「・・・全く、しょうのない奴だ・・・エルリッチもあれで人間達を恐怖させた魔王なのだがな・・・大したものだよブランシェ、お前は・・・」
「?」
ライフレスがブランシェの頭をなでると、ブランシェは嬉しそうに尻尾を振った。そこに背後から近寄る影が一つ。
「邪魔するぞ」
「・・・貴様か・・・ユグドラシルとか言ったか・・・」
ライフレスは背後を見もせずに答えた。随分と前からユグドラシルが近づいてくることは知っていた。なぜならユグドラシルは以前と違い、馬鹿正直に地面を歩いてきたからだ。ブランシェがなぜか警戒すらしなかったが、ユグドラシルならば何でも起こりうると、ライフレスは納得していた。
続く
次回投稿は、2/9(土)20:00です。