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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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初心者の迷宮(ダンジョン)にて、その11~傭兵の意地~

***


 一方ラインとカザス。ラインがカザスを呼んだのはちゃんと考えあってのことだ。瞬間的な思考能力においては経験的なこともあってか、ラインはカザスよりも余程回転が速い。


「ラインさん、爆薬なんて持って何を考えているんです。石の扉には効きませんよ、魔力で補強されてるんですから。魔術も無理でしたし」

「先生は思ったより頭が回らんな! なにも扉を狙わなくてもいいだろうが?」

「では何を?」

「壁が下りてきてるんだ。その分だけ上の壁は薄くなってると思わんか? 特に継ぎ目の当たりとかはな」

「なるほど、それはいい考えかもしれません。あなたはやはり機転の利く人だ」

「褒めてくれてありがたいが、上手くいってからにするんだな。で、お前さんは物理学の学位があるとか言ってたろ? もっとも効率的な爆弾の仕掛け方とか知っているかと思ってな」

「専門ではないですが、善処しましょう」

「そうしてくれ!」


 そうして駆けるラインを見てカザスはラインをさらに見直すと同時に、自分の直感が正しかったことを感謝した。そしてすぐに爆弾を仕掛け、周囲の人間を退避させる。そして点火するが、


ドォン!


 と部屋が揺れるほどの激しい爆音にも関わらず、完全に崩壊させるとはいかなかった。だが、


「階段が見えたぞぉ!」


 石の扉は倒れこそしなかったが、扉の上の部分が崩れて、なんとか人間1人が通れそうなくらいの隙間ができている。


「よし! 今から脱出するが、年若い者、怪我をしている者から順番に逃がしてやれよ?」


 こう言うときには傭兵達の団結は早い。戦場でいらない口論などをすれば互いに命がなくなることぐらいわかっているし、ラインのセリフは大陸中の傭兵達の共通認識だ。

 「全滅しそうなときは若い者から逃がす――」それが軍隊と違い共通の規律のない傭兵達のルールであり、誇りだった。それに加えて、ラインの口調にも有無を言わせないところがあった。ここにおいて、戦場経験のあるニアとミランダは内心同じようなことを考える。


「(あの男はただの傭兵じゃなさそうだな。元はどこかの軍人だったんじゃないのか?)」


 冷静であればアルフィリースも同じようなことを考えたろうが、ラインの事となると先にイライラが立ってしまう。それはアルフィリースがどうこうというより、大半がラインの今までの行動のせいだったろう。

 ともあれ扉付近では互いを上に押し上げることで、なんとか小さな隙間から逃げ出そうとしているが、隙間は狭く、中々一人が通過しない。それに生き残りはまだ80人近くはいる。全員が脱出するには四半刻近くはかかるだろう。ラインはそのような計算を頭の中で考えていた。同じような計算は言うまでもなく、他の傭兵達にも考えられ始めてきていた。作業は遅々として進まない。一瞬が


「おい、ダークエルフの姉さん。あの魔術はあとどのくらいもつ?」

「もうそろそろ崩れ始めるかと。どのくらい保つかの保証はありません」

「そうか。いいか、先にお前達は脱出しろ。もう十分足止め役はやってくれた」

「それはアルフィリースに言ってください。私達のリーダーはアルフィリースですから」

「あれは妙に正義感が強いから最後まで残ろうとするだろう。引きずってでも連れて行け」

「貴方は?」

「こういうのは好かんが、リーダーみたいなことをやっちまった。言いだしっぺが最初に逃げたら恰好つかんだろうよ」


 そんなやり取りをするうちにもう10人は逃げただろうか。まだ10人、というべきなのかもしれないが。カザスは非戦闘員ということで早々に離脱し、現在はけが人を押し出してる状況だ。次に僧侶やシスターといった非力な者達の順番になるだろう。が、その時、


「うおおおっ!?」


 突然傭兵達の後ろから叫び声が聞こえた。はっとして振り返る傭兵達。皆が振り返るとそこには黒いスライムのようなものに襲われている小兵の男がいた。それによく見ると、いつの間にか現在出口に殺到している人間達を囲むようにスライムが包囲網を敷いている。そしてその集団の一番外側では同じようなことが次々と起こっている。


「なんだこいつは!?」


 ラインの驚きも無理はない。襲われている傭兵も今すぐ命がどうこうされるというわけでもなさそうだが、一度捕まれば逃げられもしないらしい。スライムの出どころを見ると、先ほどアルフィリースが二つに割いた尾からドボドボと噴水のように流れてきている。血、ではなさそうだ。血にしてはあまりに量が多すぎる。

 その正体は執念。動きを止められたくらいでは止まる事のない、マンイーターの食への執念であった。


「くそっ、助けるぞ!」

「手が開いてる奴はこっちにこい!」


 その声を聞いて何人もの傭兵が飛び出していく。アルフィリースも同様に飛び出そうとするが、ラインとミランダが同時にアルフィリースの腕を掴んで止めた。


「どうして止めるの? 助けなきゃ!」

「だめだ」

「ラインだっけ? 今から階段部分を守護するように防御結界を張る。まだ大丈夫そうな奴をこの結界の内側に集めてくれ」

「わかった」

「二人ともどうしたの? あの人たちを助けないと!」

「・・・残念ながら無理です、アルフィ。よく周囲を見てください」


 リサが周囲を指さす。そこに見えるのは、仲間を助けに言って次々とスライムに絡め取られていく傭兵達。スライムは傭兵達の顔にへばりつき、窒息させている。傭兵達がどれほどもがいても全く取れる気配がない。


「あれはただのスライムではありません・・・悪霊の類いです。神聖系の魔術でしか退治できないでしょう。そしてあれを退治することのできる神聖系の魔術の使い手は、今ここにミランダだけ。これがどういうことかわかりますね?」

「・・・わかるけど、でも!」


 つまり諦めろと言われているのだ。いくらなんでもミランダ一人で相手をするには量が多すぎる。目の前で死にゆく人間達を目の前にして、なすすべのないアルフィリース。この依頼が始まる前にはいざとなれば周囲の傭兵達を犠牲にしてでもとか言っていたが、やはり心根が優しいアルフィリースでは自分の仲間のために効率よく他人を見捨てるなど出来なかった。リサはそういうアルフィリースだからこそ一緒に旅をしているといえる。歯噛みして耐えるアルフィリースにリサは言うべき言葉を見つけられないが、代わりにラインがとどめともいえる一言を発した。


「アルフィリース、よっく見とけ。力がなければこういう結末は何度でも見るぞ? お前みたいに正義感が強ければ余計にな。それが嫌なら無駄な正義感は捨てるか、全員を助けれるくらい強くなるしかないな」

「・・・それでアンタは逃げ出したってわけね、この臆病者!」

「アルフィ、言い過ぎだ。ここはラインの判断が正しい。納得はできないとしてもな」


 ニアが思わずアルフィリースを止めに入る。イラつきを言葉に変えてアルフィリースはラインにぶつけたため、思わずひどいセリフを吐いてしまった。アルフィリースはラインがいつものように何か言い返してくるかと思い身構えるが、ラインは寂しそうな顔をしただけだった。


「・・・ああ、その通りだ。俺は臆病者さ。俺には力が足りないんだ・・・」

「何よ・・・」


 素直に認めたラインに、これでは私が悪者ではないかとアルフィリースは思ったが、だからといって謝る気にもなぜかなれなかった。なぜだかラインには頭を下げるのがいつも躊躇われる。無用な争いを避けるため、比較的素直に謝れるアルフィリースだったが、彼とだけはいつも口論が絶えなかった。


「(どうしてかな・・・?)」


 その理由にアルフィリースが気付くのはずっと先のことである。そんな言いあいをしているうちにミランダが結界を張り終えるが、外は既に助けられそうな者は一人もいなかった。


「さて・・・これでスライムは入ってこれないけど、あの本体が動けるようになったらこんな結界は一瞬だからね。今のうちに脱出だ」

「よし。おい、今何人通った!?」

「ちょうど22人だ!」

「くそ、まだ22人か」

「まだ残り40人以上はいるね・・・」

「もうすぐ本体が動きます」

「覚悟を決めるか」


 結界の外はひどい状況になっていた。スライムが結界の中に入ろうとすぐ外で大量にうごめいている。そしてやがて最初の子どもの形となったスライムが1・・・2・・・3・・・と次々に増えていき、ついには20を超える数で結界をバンバンと手で叩き始めた。


「あけてよぉ」

「おなかがすいたよお」

「たべさせてよぉぉぉぉ」

「なんつう光景だ・・・しばらく夢に見そうだな」


 誰となく呟いた言葉だが、子ども型のスライムの数はまだまだ増えていく。それは人間であれば恐怖を抱かざるを得ない異様な光景であった。アルフィリース達全員が武器を取ろうとしたその時、傭兵内で一番年配であろう人物が大きい声を出した。


「おいてめぇら! このお嬢さんと小僧を先に出してやってくんな!」

「おじいさん、何言ってるの?」

「てめえみてえな小娘こそ何一人前の口きいてやがる! ガキは帰ってとっとと寝やがれ!!」

「そんなことできるわけ・・・むぎゅ!」


 さらに言い返そうとするアルフィリースの口を顔ごとラインが鷲掴みにし、代わりに返答する。


「アンタ達の好意に感謝する! 何か俺にできることはあるか?」

「じゃあ万一に備えてこれを持っていてもらおうか」


 その年配の傭兵は自分のギルド階級章をラインに手渡す。周囲の傭兵もそれにならう。軍人では戦死の時に身元判別をするため全員が身元証明をもっているが、傭兵の場合階級章の裏に簡単に名前だけ彫ってある。それでだいたいの死亡を確認できるのだ。ただ軍人と違い、それらが家族やギルドに無事帰ることは少なかった。


「後で返せよ?」

「ああ・・・必ず」

「へっ」


 全員がわかっている、もはや助かる者はほとんどいないということを。ただアルフィリース達とラインがいなかったら、傭兵達はどのみち全滅していた。それを何人か助かっただけでも御の字だと彼らは考えていたのだ。また戦うときにもアルフィリース達が先頭に立ち、指揮して戦っていた。多くの傭兵達は自分の妹、下手をすれば娘のような年頃の女に先陣を切らせたことを恥じていたのだ。彼らも傭兵という金次第でなんでも請け負う仕事に身をやつしたものの、人間としての誇りまで捨てている者は少なかった。

 加えてアルフィリースは仲間でもなんでもない傭兵を後先省みず助けに行こうとしたことを、ここにいる全員が見ていた。傭兵は軍隊に雇われて戦争をすると、多くは捨て駒的扱いを受ける。だからこそ傭兵達は仲間意識が強い。だがアルフィリースのように自分の仲間以外を、何の見返りも無く助けに向かうような者は珍しい。

 傭兵は金さえ受け取れば強請ゆすり、誘拐、果ては暗殺まで請け負う者もいる。その中に置いてアルフィリースの行動が非常に彼らの心を打つ種類の行動であったことを彼女は知らない。ラインにはなんとなく想像はついていたとしてもである。だがアルフィリースの一連の行動がなければ、傭兵達は順番を譲ってくれなかったろう。

 そうするうちにアルフィリース達が扉の上から脱出し、ラインが続こうとしたところで、


「ブオオオオン!」


 というマンイーター本体のいななきと共に結界が破られた。ラインはあわてて脱出し、次に出てこようとした傭兵の手をつかむが、その傭兵は後ろからスライムにでも引っ張られたのか、絶叫と共に引き戻されてしまった。

 助けられないとラインが判断するや、すぐに階段を全速力で駆け上がる。ラインは殿を務めながら50段ほど上がったところでちらりと後ろを見たが、既にスライムが石の扉を乗り越えこちらに入って来ていた。


「ちっ、簡単には逃がしてくれないか!」


 もはや後ろを振り返る余裕もない。アルフィリース達に続き、全速力で階段を駆け上がるライン。そして後ろからは石の扉にマンイーターが体当たりする音が聞こえていた。



続く


次回投稿は11/25(木)17:00です。


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