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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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足りない人材、その7~揃わない足並み~

「どういうことじゃ?」

「私が思うに、相手はそこかしこに間諜を放っています。アルネリアに潜伏していた人形達の処分は幸いにしてルナティカなる者が行ってくれましたが、各町に散らばる人形の見分け方はまだはっきりとしておりません。現時点で人形を正確に見分けることができるのはルナティカだけ。今ミランダ様が何らかの手段を講じておられますが、まだ実行に移すのは当分先でしょう。

 その状況で諸国を巻き込めば、相手に動きを勘づかれます。むしろこちらの人員を絞り、秘密裏に行うのがよろしいかと」

「そうなると、とてもではないが魔術教会とアルネリアだけでは人手が足りん。討魔協会、それにオリュンパスにも協力を要請せねばならんが・・・」

「目途が立たない、と?」


 ミリアザールはこくりと頷いた。確かに巡礼とそれに付随する戦力。それに征伐部隊を動員しても、総勢千にも満たないだろう。それで30近い施設の同時急襲は難しい。

 だがいつまでも待てないのは事実。エルザは考えを次々に述べる。


「勇者認定を受けた者達に協力を申し出ては? 魔王狩りの時のように」

「アーシュハントラは行方がつかめず、リディルも前回の魔王討伐中に行方不明となった。ゼムスは健在じゃが、フォスティナはやはり南部戦線にかかりっきりのようじゃな。前回の魔王狩りにひと時でも参加してくれたのが奇跡に近い」

「ゼムスは戦闘能力はともかく、いまいち信用できないところが多い・・・勇者はあてになりませんか。それならば魔女と導師は?」

「そうか、まだ知らんのじゃな。魔女達は団欒中に襲撃を受け、そのほとんどが死んだ。また、彼女達の中には裏切り者もおったようじゃ」

「なんと! では彼女達は・・・」


 信じられない情報にエルザは目を見開いたが、ミリアザールは淡々と事実を告げた。


「生き残りは魔術教会が保護したようじゃから、戦いには参加してくれるかもな。導師達とはこれから交渉に入るじゃろう。まあ、魔女以上に人間との関係を断っておる奴らじゃ。あまり期待はできんがな。

 ちなみにスピアーズの姉妹達もだめじゃろうな。テトラスティンがいなくなったことで、あやつら自身が反旗を翻す可能性が高い。やつらが動くと、魔術教会がそちらにかかりっきりになってしまう。こちらの襲撃どころではないだろうな」

「と、なると・・・残りは真竜ですか」

「その点に関しても、非常に難しいな。グウェンドルフは協力的に見えるが、そもそもオーランゼブルとグウェンドルフは親友じゃ。傍観を決め込まれても文句はいえんよ」

「それでは襲撃など、不可能ではないですか!」


 エルザが声を荒げた。動きたくとも八方ふさがりに近いその状況に、さしものエルザも苛立ちを隠せなかった。そしてエルザとしては、ミナールの敵討ちも考えているのだ。

 その横ではイライザが冷静に地図を眺めている。そして一つの印に注目した。


「マスター、これは? 一つだけ印が大きいようですが。場所は・・・ローマンズランドですよね?」

「うむ、良いところに目を付けたな。それはミナールの置き土産じゃ」


 ミリアザールが別の図面を取り出す。それはピレボスの詳細な地図だった。


「これは・・・?」

「まだ確定的なことは何も言えんが、そこはローマンズランドの首都と本城がある山脈の一部じゃ。注目すべきは、ミナールはそこにあるであろう魔王の工房の事を、『工場』と言った」

「それが何か?」


 イライザが問う。


「工房ならば、そのほとんどを手作業で行う。作られる物は一つ一つが手作りで独創性が高い物が多いが、規格に統一感はなくなるし、何より手間がかかる。

 対して工場ならばそのほとんどの工程を自動的に行うために、物に統一性が高くかつ生産の効率がよい。その分独創性には欠けるが、短時間での大量生産には向いておるな」

「なるほど。マスターはヘカトンケイルの生産をここで行っていると、そうお考えなのですね?」

「そうだ」


 ミリアザールが頷くと、エルザは少し考え、そして自らの考えを口にした。


「マスター。この戦力の整わない状況でなんですが、この工場は早く潰した方がよいかもしれません」

「それはそうだ。だから規模に関わらず、この工場は最優先で破壊するようにする。だが問題はローマンズランドの首都に近すぎることだな。さすがにここまで奥深く人員を送り込むとなると、かの国に許可と取らないわけにはいかないな。だがあの国はアルネリアの援助をほとんど必要としておらぬし・・・」

「いえ、そういうことではなく」


 エルザがミリアザールの言葉を遮った。


「ミナール様の遺品を整理していて見つけたのですが、ミナール様は各地で魔王についての情報を集めておいででした。その日記には、各地で出現した魔王達の特徴などが詳しく書かれていました。どうやらアルネリアの人間達以外にも、相当数の人員を使っていたようで。中には獣人と協力していたような節もありました。

 その魔王達の情報を収集しながらミナール様が考察されたことです。あの方は、一連の騒動は大規模かつ長期的な実験だと。一定の周期で魔王は弱点を見直され、徐々に強い個体に切り替わっているようでした。そしてその用途から、汎用性の高いもの、局地戦用、制圧戦用、対魔術士を想定したものなど、各種用意されているようでした。

 それらを綜合して私が考えたのは、今はまだ全てが実験の段階。もし製作者が納得できる個体が完成すれば、それらが工場を用いて大量生産されるのではないかと」

「・・・なるほど、既に魔王の数自体かなり多いが、さらに改良された魔王の大量生産を始めてしまう可能性もあるわけか。ヘカトンケイルがはびこったのと、同じ速度で」

「実際に魔王を生産するのがそれほど簡単にいくのかどうかはわかりませんが、もしこの問題を解決するような手段が何らか見つかったとしたら、その時は・・・」

「・・・おぞましい」


 ミリアザールよりも早く、イライザが呟いた言葉に場は沈黙した。梔子でさえ、目を閉じ少し顔を青ざめさせている。

 だが沈黙を破るのは、やはりミリアザールであった。


「・・・最悪の事を考えれば、既に実行されておるかもしれんな。まだ未確認じゃが、どうやら人間から魔王へと変化する個体が確認され始めた。奴らは既に新型の魔王の製作に着手しておる」

「人間から魔王へ? と、すると相手は狙った人物を魔王へと変化させることができるというのですか?」

「そう便利かどうかはまだわからんがな。一番最近確認された個体は、人間から魔王へと変化しながら意識を保ち、かつ魔術を使ったそうだ。もはや事態は一刻の猶予もならん。今もエスピス、リネラにはその工場を主に見張らせておる。状況次第では、ローマンズランドと事を構えることになっても、その工場を急襲する。覚悟はしておけ」

「わかりました」


 エルザは話を聞きながら、これは容易ならざる事態だと感じ取った。一つ間違えれば、アルネリア教会を発端とした大規模戦争が起きかねない。そうなれば、アルネリア教会が数百年をかけて築き上げた信頼と伝統が地に堕ちる。

 しかし天秤にかかるものが大陸の運命なら、ミリアザールは何を犠牲にしてもやり遂げようとするだろう。そしてその時は、きっと自分は最前線にいるのだろうとエルザは予感していた。



続く


次回投稿は、2/3(日)20:00です。

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