足りない人材、その6~反撃の兆し~
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「・・・どう思う?」
「何をですか?」
ミリアザールの執務室の中には、エルザとイライザが招かれていた。イライザは先ほどジェイクとの手合せを終えたばかりである。結果はイライザの圧倒的勝利。普通に考えれば妥当な結果だったが、ミリアザールは釈然としない気持ちになっていた。
「ジェイクの奴、本気だったのかのう」
「どういう意味ですか?」
「いや、イライザの実力を疑うわけではないじゃがな。あまりに呆気ない結果だったというか」
「真剣な手合せに気を抜くような子には見えません。彼は全力だったと思いますが」
「相性の差では? イライザのように、長物を使う敵とはまだ戦ったことがないでしょうし」
エルザが言葉を加えたが、ミリアザールは首を振った。
「いや、それは考えにくいな。ジェイクは既に魔王の一体と戦ってみせた。それに、今回倒したのは歴史上でも最大級の悪霊の一体じゃ。あれほどの相手を倒せる者ならば、その腕前は凄まじい上達ぶりじゃと考えたのだが」
ジェイクに関しての仮説は、あるいはますますもって正しいのではないかとミリアザールは考えた。悩むミリアザールを見て、エルザとイライザは顔を見合わせる。
「最高教主。ジェイクはやはり『聖騎士』とお考えで?」
「うむ、そう思っておったのじゃが」
「『聖騎士』とは、大戦期以前に活躍した剣士の事ですか? あの、悪霊達を片っ端から退けたという」
イライザはあまり詳しい伝承について知らなかったので、2人に問いかけた。
「そうよ。悪霊に対してのみ特化した戦闘力を持ち、聖別なく実体のない悪霊を斬ることのできる人間。それが聖騎士」
「人間やその他の魔物に対しては、通常通りの能力しか出せないとか。そんな者が本当にいたのですか?」
「いた。確かにな」
ミリアザールは昔戦場で見た戦士を思い出す。悪霊、死霊の類がこの世にはびこらなかったのは、あの時の聖騎士が人生を賭けて悪霊を退治して回ったからだと考えている。彼の業績を無駄にしないため、ミリアザールは悪霊を浄化し、二度とはびこらないようにするための魔術を多数開発した。それが現在の『聖化』であり、神殿騎士団とは聖騎士の量産型として考えているのだ。
だが彼以降、聖騎士なる者は出現していない。それは技術として伝承しうることができなかったのか、はたまた聖騎士が出現する必要性がないのか。ジェイクがもし聖騎士の資質を持つのなら、あのドゥームとかいう者に対して特化した存在になると考えていたのだが。
「(魔王とやりあえたのは偶然か? だがあの程度の動きでは、報告にあった魔王相手にはもっと深手を負わされてもよさそうなものだ。魔王と渡り合った時と、今回の悪霊を倒したという報告と実力が見合わん。そしてイライザ相手にあっさりとやられるあたり・・・どう考えたものかの)」
ミリアザールは悩んでいた。ジェイクが本当にドゥームに対して特化した存在なら、リサがなんと反対しようと、ジェイクをドゥームにぶつける算段でいた。必要があるなら、リサを囮にしてでも。だが、どうも目論見は上手くいかないかもしれない。
「(それならば、やはり優先すべきはアルベルトの完成か。クルーダスは適性があるが、力の発現が早すぎた。あれでは戦士としての上限値が知れる。ラファティには適正はないから、たとえ負荷がかかろうともアルベルトには力を得てもらわねばならない。そのための修行はもう始まっている。だがそれでもティタニアに及ぶかどうか。もしティタニアが報告の通りの人間なら、シュテルヴェーゼ様と対等に渡り合うかもしれん。あと一押し、一手が欲しい)」
「最高教主? どうかされましたか?」
エルザに呼ばれ、我に返るミリアザール。
「うん? ああ、少し考え事をな」
「それならばよいのですが。あまり気に病まれる必要もないのでは? イライザもこのところ、かなり腕前を上げております。ジェイク少年がいかに研鑽を積もうとも、まだ彼の体も心も成長期。今イライザと互角に渡り合えるようなら、それは既に人間を半ばやめているといえるでしょう」
「だが敵はこちらの成長を待ってはくれん。明日にでも向こうは攻めてくるかもしれんのだ。そうでなくとも、我々から仕掛けてやるがな」
「・・・なるほど。それが今回私を呼び出した理由ですか」
エルザはミリアザールの言葉に、何かを勘づいたようだった。ミリアザールが梔子に命じて資料を持ってこさせる。
「これを見よ」
「これは・・・魔王の工房の場所?」
「うむ、テトラスティンが寄越したものじゃ。それにエスピス、リネラの情報も加えてみた。今のところわかっておるだけで28か所ある」
「そんなに・・・」
エルザとイライザが地図を食い入るように見つめていた。そこに×印で示された工房は大陸中に及ぶ。だが東、南の大陸には一つも印がない。また、工房はそのほとんどが大陸の西側に偏っていた。
「マスター、これが相手の全ての工房ですか?」
「いや・・・南と東の大陸にもいくつかはあるじゃろうな。だが、討魔協会はあまり協力的ではない。そして南の大陸は、分け入ることすら不可能じゃ。そちらに魔王の工房があったらお手上げじゃな、現時点では」
「現時点・・・何かお考えがあるのですか?」
「まあの」
ミリアザールはにこりともせずに答えたが、エルザは追及しなかった。自分のやるべきことは理解しているからだ。全体の計画を練るのは、ミリアザールに任せておけばよい。
「で、いつ仕掛けますか? 私を呼んだからには、何かお考えがあるでしょう?」
「・・・今、最後の確認をさせておる。工房の規模を推定させ、破壊の優先順位を振り分けておるところじゃ。確認が終わり次第、実行に移す。そのための協議を魔術教会と行い、戦力が整い次第、アルネリア400周年記念式典で列席した諸侯に持ちかけるつもりじゃ。これは我々だけで行ってよい話ではなかろう」
「さて、どうでしょうか? 私は逆だと考えます」
ミリアザールの言葉に、エルザが反対した。ミリアザールは意外そうに、エルザを見返した。
続く
次回投稿は、2/1(金)21:00です。