足りない人材、その4~嫉妬~
「待ちなさいよ! レイヤーに何の用?」
「お前の知ったことではない」
「何よ、あいつとデキてんの?」
エルシアの口から、本人すら思ってもいなかった汚い言葉が突如として飛び出た。エルシアは知っている。最近全く姿の見えなくなったレイヤーが、ルナティカと度々姿を消していることを。異性に興味の出始める年頃のエルシアにとって、それは逢引きのようにしか見えなかった。
「デキている、というのは、男女の関係ということか?」
「そ、そうよ!」
「それはない。だが向こうが望めばその限りではない」
ルナティカは事実だけを述べた。ルナティカにとって、男女の契りとはその程度のものであった。求められれば捧げ、惜しむものなどない。それは育ちのせいでもあるのだが、貧民育ちにしては誇り高いエルシアには信じられない発言であった。
ただでさえ、幼馴染のレイヤーを独占されたようになって気分が悪かったのだ。エルシアの苛立ちは頂点に達した。
「何よ、汚らわしい! 誰にでも股を開く、売女!」
「必要があればそうする。だが汚らわしいとは思わない」
「何よ! お前なんて――」
「はーい、そこまでだ」
エルシアの肩をがっちりつかんだのはロゼッタである。彼女は傭兵団の団員を招集するために、敷地内を巡回しているところだった。
「やめときな、エルシア。ここにいる女達は傭兵だ。必要があればその日食っていくために、娼婦まがいの事をしたことのある者も大勢いる。んなことデカい声で叫んでいると、嫌われるぞお?」
「うるさいわね、私が言っているのはそういうことじゃないのよ!」
「じゃあなんだ。私の愛しのレイヤーちゃんを取られた嫉妬か?」
ロゼッタの言葉に、エルシアの顏が怒りと気恥ずかしさで真っ赤になった。
「な、な・・・」
「どっちにしても見苦しいぜ。ルナティカは余計なことも、嘘も言わない。お前だって知っているだろう?」
「う、うるさいっ!」
エルシアはいたたまれなくなって、その場を離れようとした。その背にロゼッタが声をかける。
「ところでエルシアよぉ、お前剣とかそれなりに見どころあるぜ。やることなくて退屈してんなら、今回の依頼、ついてきな。余計なことも考える暇がないくらい、戦場は生きることに必死になれる。ちなみにゲイルは行くってよ」
だがロゼッタの言葉にエルシアは反応しなかった。彼女が去った後で、ロゼッタはため息をつく。
「済まない」
「ん? 銀色の死神が礼を言うなんざ、どんな心境の変化だい?」
ロゼッタはおどけてみせたが、ルナティカ相手ではそれも無駄だった。
「別に。傭兵達と円滑にやれと、リサからもアルフィリースからも言われた。それだけ」
「そうかよ。それにしては、確かにレイヤーにはご執心のようだな。エルシアが嫉妬するのもわかるかもだ」
「私にはわからない。レイヤーとは約束がある。それだけ」
「はいはい。理由は聞かないでおいた方がいいのか?」
「そうだ」
それだけ言うと、ルナティカは愛想なく去っていった。残されたロゼッタは大剣を地面に刺して、頬杖をつく。
「あーあ、若いってイイねぇ。アタイにもそんな時期が欲しかったよ。楽しめ、少年少女よ! ってか」
ロゼッタは一人、笑いを空に向けて放っていた。
***
ルナティカはレイヤーの部屋に赴いたが、まだ彼は帰っていなかった。講義も中断となったため、時間が早いのかもしれない。とりあえず手持無沙汰になったため、ルナティカは何をして過ごすべきか考えた。余計な時間があれば体力回復に努めるのがルナティカの人生であったが、今ではその必要もない。休息は十分に与えられ、任務に追われることもない。
人生にゆとりを与えられたルナティカは、時間の過ごし方に困るようになっていた。生きるのに必要な情報は持っている。だが、余計な時間の過ごし方は教わっていない。リサに時間があればそれも教えてくれるが、団に在籍する数少ないセンサーのリサは、今それほど余裕があるわけではなかった。
リサの護衛も、正体不明の人形どもを始末したこのアルネリアでは、ほとんど必要がない。世界で最も安全と言われるこの都市では、護衛を言い訳にリサに随伴するのは難しかった。
またリサは最近何かをこっそりと行っているようだった。アルフィリースのための用向きと、それ以外にも個人的に何か動いているようだった。よからぬ悪企み、というよりは何かに心躍らせている様子なので、自分が邪魔しない方がよさそうだとルナティカは拙いながらも配慮していたのだった。
そうすると、ルナティカにはとんとやることがない。何か面白いことはないかと街をうろつくこともあったが、銀髪のルナティカは人目をひいた。普段はローブをまとったり、あるいは染料で髪色をごまかすルナティカだが、彼女の銀色は非常に強い色で、紙を染めても一日もあれば元に戻ってしまう。それに暑い時期にローブをまとうのは、それだけで不審者として余計に人目を引いた。
ルナティカは徐々に傭兵団内に引きこもるようになり、本を読みふけった。だがアルフィリースやエクラが取り寄せる本はどれも難解で、ルナティカにはその1割程度しか理解できるものがなかった。かと思えば、ターシャが読むような娯楽の本はルナティカの興味を何ら引くものではなかった。
そしてルナティカは今日も何か面白い物がないかと、傭兵団の中をうろうろと散策していた。その中で、ルナティカはふっと気になる音が耳に入ってくるのを感じた。
続く
次回投稿は、1/28(月)21:00です。