足りない人材、その1~惨敗~
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「ロゼッタ、何人やられたの?」
「最低10人。細かいことはわかんねぇ。まだ点呼が取れてねぇんだ、なんせバラバラに逃げたからな」
「まさに蜘蛛の子を散らすように、といったやられ方でしたね」
「ああ、あんな綺麗にやられたのは初めてだ。いっそ清々しくさえあるね」
リサの皮肉にロゼッタが苦虫をかみつぶしたような顔をしながら、唾を吐いた。まだ遠くからは戦いの喧騒が聞こえてくるが、とりあえず周囲は安全なようだ。それはリサが確認している。
アルフィリースはロゼッタからの報告を受けると、剣の鞘に額を押し当て大きくため息をついた。既に戦死者は分かっているだけで30人近く。明らかになれば50人は下るまい。連れてきた人間の10分の1にあたる数であった。ここにはロゼッタとリサの他数名しかいないのでこのように落ち込むこともできるが、仲間が帰ってくればそういう訳にもいくまい。
アルフィリースは自分の読みの甘さを呪った。まさかこれほどまでに相手が強いとは思わなかった。ライフレスなど余りに化け物じみた相手と対峙するうちに感覚まで麻痺していたようだが、今度の相手は紛れもなく強敵であった。違いは、アルフィリース達と同じ人間の傭兵であるということ。
カラツェル騎兵隊。大陸に名だたる傭兵団の一つであり、その噂は傭兵をする者ならは誰でも知っている。以前ロゼッタもスラスムンドで、隊長の一人であるロクソノアとは会っているのだ。その時は小競り合いにならなかったが、今回は違う。互いに対立する者に雇われ、真っ向きってぶつかった。その結果、アルフィリース達は惨敗した。
「ったくよ、これで相手の戦力はまだ半分しか出てきてねぇってんだから笑えちまうな。全部そろったらどんだけ強いんだか」
「しかし考えようによってはこれでよかったのかもしれません。途中から明らかに寄せ手の勢いがなくなりましたからね。
向こうにもし総隊長なる者がいたら、我々は全滅していたかもしれないのです」
「リサの言う通りよ。森だから騎兵が追撃を諦めた、ってだけじゃなさそうだわ。森に入る前から相手の手は弱まっていた。完全に手を抜かれたのよ」
「そうとばかりも限らねぇよ。ラインとヴェンが一部隊を率いて突っ込んできてくれたのが最後に見えた。今頃あいつらが逃げた連中をまとめてくれてるはずだ」
「リサのセンサーで感知したいところですが、ここいら一帯にセンサーを阻害するような魔術がかけられていますね。散発的にはわかるのですが、いまいち彼らの動向はつかめません」
「ここで待つしかない、か・・・相手の追撃がないことを祈るのみね」
アルフィリースは再びため息をついた。実際のところ、これ以上の追撃はないだろう。戦果と関係のない傭兵団を徹底的に叩いても、彼らに旨味は少ないと考えているからだ。
問題はこれからどうするか。相手が戦力の招集に手間取っていると聞いたからこその奇襲だった。単純に大陸最強の傭兵団の一つと、どのくらい渡り合えるのかと考えたせいでもある。結果は見ての通り。アルフィリース達の戦い方は、見事なまでに通用しなかった。これでは雇い主の信頼も失われるだろうし、何より士気が下がる。
そもそもなぜアルフィリースは自分達がこの戦場にいるのかと、恨めしく思った。その理由はしばらく前にさかのぼる。
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「で? テトラスティンが魔術教会から去ったって?」
「うむ。そのように便りが寄越されてきた。黒の魔術士達の情報と共にな」
「それでテトラスティンは?」
「これからどうするとは何も書いていなかったな」
はんっと、ミランダは呆れたように天を仰いだ。ミリアザールの私室の机の上に、足を投げ出しての所業である。アルフィリースはさすがにそこまで大胆になる気分ではなかった。むしろミリアザールに内々の話があるからと私室に通され、緊張で身がすくむ思いだったのである。
ミランダはミリアザールの非を責めるように、さらに厳しく指摘した。
「なんだよ、じゃあ魔術教会とはこれから連携が取れないじゃないか。テトラスティンとは相思相愛じゃなかったんだっけ?」
「アホぬかせ、奴が一方的に言い寄ってきただけじゃわい。それも怪しいとワシは思っておったがが、どうも奴は底が知れんというか、何を考えているのかわからんというか。おそらくは自分にすら嘘をついておる性質なのじゃろう。
テトラスティンの事はさておき、問題は奴の後継者じゃ。こいつが厄介な奴でな」
「暗黒魔術派閥のフーミルネだっけ? 確かに仕事で何度か魔術教会と動いたことがあったけど、暗黒魔術派閥っていうのは良い意味でも悪い意味でも魔術士らしい連中だったね。自分達の力を過信しているというか、自分達以外を信じていないというか。こっちのことなんかお構いなし。目的のためなら手段を択ばない、とんだ連中だった」
ミランダは悪口を言いながら、行儀悪く音をたてて茶をすすった。ミリアザールも頬杖を突きながら、ぶつくさと文句を言っている。
「その通り。奴らワシがおっても、明らかにワシを邪魔者扱いしたからのう。確かに魔術教会を運営する上ではフーミルネというのは中々の才覚の持ち主じゃとは思うんじゃが、ワシとはうまくやれんかもな。目的さえ一致すればその限りではなさそうじゃが。
まあ魔術教会は元からそんなもんじゃった。むしろテトラスティンの時代の方が、特殊だといえよう。あれほどマメに連絡を取り合った時もなかったからな。時に雑談だけをかわすほどに回数を重ねておった。
むしろ今回、派閥の長が変わったことで厄介なのはアルフィリース、お主じゃ」
「え、私?」
アルフィリースは突然話を振られて、驚いたように顔を上げた。
続く
次回投稿は、1/22(火)21:00です。