初心者の迷宮(ダンジョン)にて、その10~秘術発動~
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散々剣に悪態をついたラインがアルフィリース達が戦っているであろう部屋に戻った時、戦況は劣勢だった。既に10を超える傭兵達の死体が転がっている。前衛をアルフィリースとニア、シスター服を脱ぎ捨てたミランダ、それに何人かの腕にそれなりの覚えのある傭兵が務めていたが、どうやら変化したマンイーターに剣が全く通らないようである。
「この!」
「固いにも程があるでしょ!?」
「胴体だけじゃなく、足も堅いぞ?」
「そういう時には・・・」
ミランダが後ろに控える連中をチラリと見る。
「全員回避!」
ミランダの声を合図に全員が飛びのくと同時に、何人かの魔術士が攻撃魔法を一斉に放つ。即席の連中でよくここまで連携をとれるものだとラインは感心する。よほどあのシスターは修羅場をくぐってきたことがラインにも容易に想像できた。傭兵達は本能的にその場で最も優れている指揮官の命令を聞くのだ。
そんなラインの思考とどちらが早いか、派手な衝撃音と共に魔術が次々とマンイーターに命中する。傭兵を生業とする程度の魔術士の魔術などあまり効き目はないようだが、それでもマンイーターは苛ついたのか、地面を踏みならし吠えた。
「オオオオオン!」
「そいつを待ってた」
マンイーターが吠えた瞬間を狙い、ミランダが口に爆弾を投げ入れる。虚をつかれたマンイーターは反射的にそれを飲み込んでしまった。
「外が硬い奴ほど中は柔らかいってね!」
轟音と共に爆弾が爆発すればマンイーターも木端微塵になるはず、だったのだが。音は中途半端にしか聞こえなかった。いや、音が聞こえたからにはマンイーターの体内でしっかり爆発しているはずであった。だがマンイーターの動きはいくらか止まったものの、甲殻の隙間から煙を出すばかりで大きな痛手は無いようであった。
「・・・中まで固いみたいだな」
「くっそ、面倒くさい」
「どうしよう。やっぱり私が呪印を」
「それはダメ!」
アルフィリースがミランダに一喝される。
「じゃあどうするの?」
「今考える!」
「そんな暇はなさそうです、もう動きます」
リサの言うとおり、既にマンイーターは爆発の衝撃から回復しつつある。再び構えなおすときにアルフィリースが視線の端にラインの姿をとらえた。
「ライン! あなたも手伝いなさい!!」
「やなこった」
「ちょっと、あなたそれでも男なの?」
「ベッドの上で確かめてみるか!?」
「さっ、最低だわ!」
「そんなことより」
赤面しながら激昂するアルフィリースの頭を押しのけるようにして、ミランダに駆け寄るライン。
「おいシスター。さっきの爆薬いくつ残ってる?」
「あん? 残り3つだ。それがどうした?」
「3つか・・・俺のを入れて5つ。いけるか?」
「? 何を考えてる?」
「逃げる算段だ」
「ライン! あなたまたそんなこと言って」
「いや、アルフィ。ここはこいつの言うことが正しいかもしれない。爆弾をあんたに預けるとして、アタシ達は足止めでいいのか?」
「話しが早いな。愛してるぜ、シスター」
「それは平素の時に言ってほしいもんだね」
「へ。3分でいい、食い止めれるか?」
「どうかな」
「私が食い止めましょう」
名乗りを上げたのはフェンナ。
「フェンナ、あんたの弓じゃ効かないでしょ」
「いえ、魔術を使います」
「そんなのできるなら早くやれって話だよ」
「単純に威力が大きくて、こんな狭い空間で使ったら遺跡が崩壊しかねないので使わなかったのですが」
「おいおい、俺達が生き埋めにならないように頼むぜ?」
「努力します」
「よし・・・カザス! ちょっとこっちに来い!」
「なんですか、ラインさん」
ラインがカザスを連れて階段の方に歩いて行く。一方でマンイーターも既に態勢を整え直している。
「フェンナ、任せていいの?」
「大丈夫ですよ、アルフィ。まあ見ててください」
フェンナが弓を背にかけ、手で印を結ぶ。
【我、大地の精霊グノーム座して願う。汝が力、地脈を通じて我に伝えよ。伝えて寄りて拳に宿し、汝が怒りの波動を我が敵を払うために現さん】
《地津波》!
魔術名と共にフェンナが地面を右手で殴る。すると細腕のはずのフェンナの拳が地面にめり込み、そこを起点として地面がマンイーターに向けて放射状に波打ち始めた。そして急激に地面が隆起し、メキメキという音と共にちょっとした平屋の壁程度に高い津波となってマンイーターに襲いかかった。
「!?」
マンイーターが気付いた時には時既に遅く、もともと鈍重な身であるからそれこそ回避の暇もなく津波に飲み込まれ、そのまま奥の壁に叩き付けられた。そして盛り上がった岩がそのままマンイーターの動きを封じる。その様子を見て感嘆するアルフィリースとミランダ。
「フェンナ凄い!」
「やっぱりシーカーは魔力量が違うわね」
「・・・いえ、どうでしょうか?」
「冷静ですね、フェンナ。まだアレは動きますよ?」
「ブオオオオン!」
リサの言うとおり、マンイーターが大きな口を開いて自分の動きを封じる地面を食べ始めた。節操のないがっつきぶりを見るに、ほどなくしてマンイーターは体の自由を取り戻すだろう。
「地面まで食べるかよ! どんな悪喰だ」
「剣を食べてたもんね」
「だが魔術を連発しようにも・・・」
ニアが天井を見渡した。天井には軽くひびが入っている。先ほどのフェンナの魔術の影響なのは想像にやすい。無理もない、大地を隆起させるような魔術なのだ。この空間に影響が無い方がおかしいといえるが、このままでは崩落でマンイーターと共に生き埋めになってしまう。それはフェンナにもよくわかっているはず。
だがまだフェンナには策があるようだった。一瞬考え込み、そして決意を固めたように、口元を一層強く引き結んだ。
「・・・仕方がありません。秘術を使います」
「え、秘術ってシーカーの里から持ち出した?」
「ええ。本来は許可なく私が使うことは許されないですし、他人に見せてはいけないのですが。・・・事態が事態です。仕方がないでしょう」
フェンナが腰のポシェットから魔術書を取りだす。そしてフェンナがなにかしらのエルフの言葉をつぶやくと、魔術書に施されてた止め具が自動的にはずれた。すると魔術書が自動的に開き、中から魔法陣が空中に浮かびあがる。地面に垂直に浮かび上がったその魔法陣にフェンナが両腕を浸し取りだすと、フェンナの両腕にはなにがしかの文様が描かれていた。それに両手に白銀に輝く腕輪が装着されている。
「我が一族に伝わる秘術をお見せします。練成魔術――」
フェンナの一族のミドルネームは「シュミット」。それは「鍛冶屋」を意味する言葉であり、その能力を示すことからつけられた名称である。
練成魔術とは材質の変化をもたらす魔術であり、「錬金術」とは材質変化で金に変化させることができる練成魔術を端的に表現したものである。そしてフェンナの一族が操る練成魔術とは――
【我わ落とし子を包む大地よ。今、汝の恩寵を忘れし者に、その御力を示し刻まんとす】
《大地の封縛》
「重ねて――」
【ローゼンワークスの名において命ずる。汝の姿を鍛え描く我が意に従え。元素変性、金剛石】!
マンイーターの動きを封じていいた地面が形を変え、マンイーターに絡みつく。そしてフェンナが地面に触れると、地面が次々とダイヤに変換されていった。ついにマンイーターを縛りつけた土もダイヤに変換され、完全にマンイーターの動きを封じることに成功した。
マンイーターはなんとか脱出しようと口を開き目の前の土を食べようとするが、いち早く察したフェンナがアースウェイブの重ねがけでマンイーターの口に思いっきり土を叩きこみ、さらにダイヤに変換させてしまった。さすがに最高硬度に等しいダイヤを噛み切ることもできず、また自慢の歯も折られ、まさに開いた口がふさがらない状態のマンイーター。
それでも反撃を諦めきれないのか、尻尾が変形を始めた。アルフィリース達の所に届くように細く長く変形している。このままでは尻尾だけが噛みつきに来るだろう。
「アルフィリース、剣を!」
フェンナの叫びに合わせ、反射的にフェンナの方に剣をかざすアルフィリース。
【我の加護をこの者に分け与えよ】
《金剛石の剣》
見る間にアルフィリースの剣がダイヤで覆われていく。しかもアルフィリースには剣そのものが軽くなったような印象さえ受けた。その瞬間、変形を終えたマンイーターの尻尾が笑い声と共に、アルフィリースに伸びて襲いかかってきた。
「ゲギャギャギャ」
「しつっこい!」
アルフィリースが上段から斬りおろす剣を歯で受け止めようとした尻尾だが、どうやらフェンナの魔術を甘く見ていたようだ。歯ごとアルフィリースの剣に叩き斬られ、悲鳴と共に真っ二つとなった。
「はああああ!」
「今!」
アルフィリースが尻尾を切り裂くのと同時に、フェンナがさらにアースバインドで尻尾も完全に封じ込める。
「よぅし! これで総入れ歯だ、ざまぁみやがれ!」
「そういう問題でもないと思いますが・・・」
ミランダの歓声に冷静にツッコミをいれるリサ。全員が一安心し、ニアも少し安堵の表情を見せる。
「でもこれでさしものあの魔獣も、動けないのではないか? 当面の危機は去ったな」
「ですが私の練成魔術は完璧ではありません。これほど大規模ともなると、元素変性の効果はもってせいぜい5分かと」
「短いわね」
「す、すみません。それにもう一度使う魔力はあまり残ってなくて・・・」
「ううん、フェンナはよくやったよ」
よく見るとフェンナの額には大粒の汗が浮かんでいる。魔術をかなりの速度で連発したのだ、かなり当人には負担がかかっているだろう。これでは確かにもう一度マンイーターを押さえつけるのは無理なことは想像にやすい。
「ラインの方は?」
アルフィリースははっと思いだし、意識をマンイーターから一度そらした。だが彼女達はマンイーターの執念を甘く見ていた。あのドゥームが部下にするほどの悪霊になることができた妄執を。マンイーターの斬られた尾から流れ出る液体が黒い油のようになっていくことに注目している者は、その時誰もいなかった。
続く
次回投稿は11/24(水)15:00です。