魔術教会、その18~詐欺~
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会長選挙の反響と、そしてヤーレンセンの魔王化と死亡、そしてその後の会議での議題の重要性。この何年間で最も重い責任を成し遂げたウィンストンは、一人自室で酒を煽っていた。普段なら酒を飲むような人間ではないウィンストン。だがいつも選挙後のこの時だけは、一人で浴びる程酒を飲むことにしている。
断じて解放感からではない。むしろ、次の選挙に向けての精神的圧力。テトラスティンが会長になった時から、いや、正確にはそれ以前から40数年変わらないことだった。胃に穴が開いていないのが不思議なくらいだ。全く、魔術士のくせに丈夫な体に生まれた自分が恨めしいと、ウィンストンはまた杯を重ねた。
その時、部屋の扉を叩く者がいる。時刻は既に深夜。もはや誰も派閥の中に起きている者はいないはずだと、ウィンストンは訝しんだ。椅子に無造作にかけてあったややくすんできた白のローブを羽織り、ウィンストンは扉を開けた。扉の外にいた者を見て、ウィンストンは胃が縮み上がるのを感じた。今度こそ、胃に穴が開いたかもしれない。
「入るぞ、ウィンストン」
「・・・会長、こんな夜更けにどうして」
そこに立っていたのはテトラスティンとリシーであった。常にこの2人は自分を驚かしてきたが、今夜も同じであった。だが、深夜に自分の部屋を訪問するとは、まさに40年ぶりかもしれない。
テトラスティンはウィンストンが許可を出す前から部屋の中に滑り込むようにして入り、リシーは一礼をしたものの、やはり同じ行動をとった。ウィンストンももはや諦めているが、それでも良い気分はしなかった。
「飲んでいるようだな、ウィンストン」
「・・・ええ、いつもの事です。もう儀式みたいなものですよ」
「体は壊さないことだ。お前に倒れられては困るからな」
テトラスティンの形だけは優しい言葉に、ウィンストンはかちんときた。そして普段なら決して口に出さない言葉を言ってしまったのだ。
「・・・誰のせいで酒をこれほど飲んでいると? 貴方が私の家族を人質にとって、協力しなければ全員殺すと私を脅すからでしょう!? そうでなければ、私は一滴も酒など口にしない人間ですとも!
貴方が会長になるべく動き出した40数年前から、私の人生は狂いっぱなしだ。私はただ静かに魔術の研究を行えれば、他に望むべくなど何もなかったのに! 貴方のせいで、貴方のせいで――」
「だがそれも今日までだ。今日は暇を告げに来たのでな」
テトラスティンの言葉に、酒臭い息を吐きながらウィンストンは悪態をつき続けた。
「・・・わかるものか。貴方は嘘を平然つける種類の人間だ。貴方の口先に、どれほど私が一喜一憂してきたか。今度は何を企んでいるのです?」
「何も企んではいない。少なくとも、魔術教会に関することはな」
だが、まだウィンストンは疑いの目をテトラスティンに向けていた。テトラスティンは呆れたように大きくため息をついた。
「私のせいとはいえ、随分と疑り深い性格になったものだ。心配するな、もうこの教会に用はないのだ。私の求めるものはここにはないことが、はっきりとわかった。
さらに言うなら、お前を脅しておく必要がなくなった。こういえば伝わりやすいか?」
「・・・そうですね、その方がしっくりきます。悲しいことに」
ようやくウィンストンの表情が少しだけ和らいだ。テトラスティンもようやく少し緊張が解けたようだ。
「まったく、お前は周囲が思っている以上に頑固者だよ。誠実であるとは思うがな」
「会長も同じですよ。貴方は強硬な手段を使う割に、妙に情を持っている所もあり読みにくい人物と言えるでしょう。そんな貴方だからこそ、周囲は逆に恐れた。何があなたの気分を害するかわかりませんからね。
かくいう私もその一人です。最初貴方が私の前に現れた時、私は妄想癖のある少年ぐらいにしか貴方の事を考えませんでした。ですが貴方は気に入らないという理由だけで、派閥の重鎮を衆目の前で八つ裂きにして見せた。私は貴方が口先だけの人間でないと知り、怯えて貴方に従った。
ですが年経て今から思えば、実害は私とその家族、派閥には何もなかった。それに貴方が会長に就任してからは、派閥同士の争いが少なくなったのは事実です。何せ全員貴方を憎んでいましたからね。いや、そう仕向けた。違いますか?」
「さて、なんのことやら」
テトラスティンはとぼけて見せたが、ウィンストンにはわかっていた。この会長が図星の時は、わざとそっぽを向くことを。
ウィンストンは続ける。
「私が貴方の存在に圧力を感じ続けたのは事実です。ですが、それ以上に上手くいっているなと思いました。目立たない魔術しか持たない私は、こうまで魔術教会の運営に関わるとは思っていませんでしたから。たとえ選挙がイカサマでもね」
「イカサマに気が付かぬ方が悪いのだよ。誰もがお前を侮り、何もできないと思っていた。お前の才能に気が付いているのは、魔術教会でも私くらいだろうよ。もう少しすればイングヴィルも気が付くだろうがな」
そういってくっくっくとテトラスティンは楽しそうに笑った。そしてウィンストンと2人して、机の上にある箱を見たのだ。それは選挙で使われた箱だった。
その箱に向けてテトラスティンが語りかける。
「おい。もういいぞ、パンドラ。普段通りでいい」
「・・・何が俺の普段通りか、オメェ知っているのかい?」
突如として箱が喋り、その側面から突然にょきりと手足が生えてきた。箱と同じく黒の手足は、自分の蓋をぱかりと開けると、その中から杖と帽子を取り出し、帽子を被るとくるりと優雅に杖を回転させてみた。壁にもたれかかり、どこから取り出したか煙草をくわえる。側面には口だけが出現し、さもうまそうに煙草をくわえるのだった。
続く
次回投稿は、1/16(水)22:00です。