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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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魔術教会、その17~魔術士の禁忌~

「お前、私の戦いの様子を使い魔を通して見たろう?」

「はい、最初だけ。朝方はそのような傷はなかったはずですが」

「魔術で隠しておいた。お前が私の真実に一番近そうだからな、貴様にだけは特別に語ってやろう。私が魔術教会に所属した時、魔力など欠片程度しか持っていなかったことは調べているな?」

「はい。確かに貴方の魔術士見習いの時の成績は、下から数えた方が速かったですね」

「下から三番目だ。全力で努力したが、さぼってばかりの同室生に一度も勝てなかったよ。勉学でも、実技でもな」


 テトラスティンは苦笑いする。


「だが私には、何としてもやらなければならないことがあった。幸いにして私には丈夫な体と、永遠に近い時間がある。自分の魔術士としての才能に限界を感じた私は、禁忌に手を出した」

「禁忌とは・・・?」

「上位精霊を5体ほど捕獲し、特殊な処理を施して私の体内に縫い付けた。これはその時の傷跡だ。今でも精霊達は私の体内で生かされている。意識もあるのだ。彼女達は常に苦しい、痛い。ここから出してとと声にならない声で訴える。夢に出てくることなど、当たり前すぎてあしらうことにも慣れてしまった。

 ゆえに私の傷がふさがることはない。傷がふさがれば中の精霊達が死んでしまうし、彼女達が私の中からつねにこじ開けようとしているのだよ。だが私を壊せば、自分達も死んでしまう。私と彼女達はもはや一体化しているからな。

 ゆえに私は5つの属性を使いこなせる。それが私の秘密だよ、半分はね」


 イングヴィルが息を飲む。上位精霊の捕獲、まして私物化など最大級の禁忌である。精霊の捕獲はそのまま自然の衰退につながる。自然と交信し、その力を借り恩恵にあずかる魔術士ならば、どれほどの外道でも精霊そのものに手を出すことはまずしない。天に唾するどころか、天を引きずり降ろして自らの手で辱める行為にも等しい行いだった。

 イングヴィルは気が付いた。テトラスティンにずっと感じていた違和感。それは、テトラスティンは最高の力を持った魔術士でありながら、魔術士としては不完全な男なのだと。だから本能的に魔術士達は彼を嫌い、またテトラスティン自身も打ち解けようとしない。当然だ、初めから種類があまりに違う人間なのだから。

 そんなテトラスティンに興味をイングヴィルが示したのは、あるいは自然な流れなのかもしれない。イングヴィルもまた、魔術士にしては優秀すぎるくらいだから。だが、同時にイングヴィルは悟った。自分はテトラスティンを尊敬してはいるが、憧れてはいないのだと。やはり自分は魔術士なのだと、イングヴィルははっきり悟ったのだ。

 無言のまましばしの時が流れたが、やがてイングヴィルは深く礼をした。


「ありがとうございます、会長。私のやりたいことが少し見えたような気がします」

「非難はしないのか」

「私も汚いことは常々しておりますから」

「そうか。まあ好きにやるといい。私が魔術教会を先導するよりは上手くいくだろうさ。フーミルネには期待しているが、万一ということもある。だが貴様がいれば大丈夫だな?」

「お戯れを」


 イングヴィルは乾いた笑いを浮かべたが、テトラスティンはまんざら冗談というわけでもないようだった。


「いいさ、首輪はつけてある」

「は?」

「こっちの話だ」

「そうですか。それで会長、次はどこに行かれるのですか?」

「さて、な。しばし大陸をリシーと共に放浪するかと考えている。心配しなくても、黒の魔術士どもを潰す時には手伝うさ。あれは私から見ても許しがたい連中だ」

「そうですか、それならいいのです。貴方が抜けるのは我々にとっても大打撃ですから。それにスピアーズの姉妹達の件もある」

「なんとかなるさ。ミリアザールも何か企んでいるようだしな。それに・・・」

「?」

「いや、なんでもない」


 テトラスティンは何かを言いかけ、やはりやめた。イングヴィルは何かを察したようだったが、これ以上聞いても素直に話してはくれまいと感じ、何も聞かなかった。そしてイングヴィルはすぐさまその場を離れた。語りたいことはまだ山ほどある。だが2人は互いにやるべきことがわかっていた。山のようにある問題を、今から一つずつ片付けていかねばならない。そのためには彼ら――特にイングヴィルには立ち止まっている時間はなかったのだった。

 イングヴィルがいなくなると、その場には誰もいなくなった。心地よい夜風と、静寂があたりを包む。不夜城とも言われる魔術教会には珍しい光景である。中にいる人間の数に対し、この魔術教会は非常に広いからこういうこともあるかと、テトラスティンは思うのだった。それに伝統として、選挙の後は疲れ切って多くの者が休んでいる。ヤーレンセンの魔王化と死亡についても、その真実はまだ隠蔽されている。

 おそらくこれからどのように彼の死を公表するか、話し合いの場が何度となく持たれるだろう。こういう時は、強力な指導力が集団の長には求められる。フーミルネも就任当初から随分と難しい問題を押し付けられたものだと、テトラスティンは彼が気の毒になって笑った。

 その彼に、闇からすっとリシーが忍び寄る。


「テトラ、準備が整ったわ」

「そうか。では行こうか」

「教会に未練はないの? エスメラルダとはきちんと話してないでしょう?」

「別にないな。エスメラルダにも別れは告げた。置き手紙だがな」


 テトラスティンの言い草に、リシーが呆れた。


「ちゃんと面と向かって別れを告げればいいのに。まだ生きている唯一の弟子でしょう?」

「アレに事情を説明したら、どれだけ不平不満を言われるかわかったものじゃない。それにやることを全てやってしまうと、ここに戻ってこようと思った時に張り合いがなくなるだろう?

 エスメラルダの愚痴と不満は、しばらくしたら懐かしく感じるかもしれないからな」

「意地悪な人」


 それだけ伝えてリシーが諦めた。いつの間にテトラスティンの性格はこんなにひねてしまったのか。あるいは自分のせいであるかもしれないことを、リシーは知っている。人を疑うことを知らない、純朴な田舎の少年。それが元のテトラスティンだったはずなのに。

 自分だってそうだ。田舎の何の特徴もない娘。せいぜい果物の皮むきが速いことくらいが取柄。普通に暮らし、普通に結婚し、普通に子供を産んで育て、子供や孫に囲まれて死ぬと思っていた。なぜこんな運命になったのか。答えは誰にもわからない。

 だが時間は巻き戻らない。何があっても進むしかない。リシーとテトラスティンははるか昔にそう決意した。何を犠牲にしてでも、何年かかろうともきっと自分達の願いをかなえてみせると。そう、たとえ代償に何千何万の命を引き換えにしても。


「そういえば、カラバルの処置は?」

「放っておけ。あれは思ったよりしっかりとした人間だ。理派閥は奴を中心でなければ回らないことは、周囲がよく知っている。なんとしてでもカラバルを立ち直らせ、盛り立てようとするだろう。オービタスは幼いながらも本当に魔術の才能に恵まれているし、数年もすれば現在の勢力までに回復するだろう。それにあの兄弟は仲が良いのが救いだな。派閥の連中が弟を担いで反乱を先導するようなことはまずあるまい。

 それにこれからの事を考えると、理派閥だけがあの理論を独占しておくのは非常にまずいだろう。フーミルネなら上手くやるさ、多少強引な手段を使ってもな」

「他の派閥については?」

「大派閥はそもそも、自分たちの魔術の研究にしか興味がないような連中ばかりだ。放っておいても実害は少ないだろう。

 それに、マリーゴールドにはあることを託してある。あれも賢い女だ。フーミルネが暴走したら、彼女が止めるだろうな」

「となると・・・」

「ああ、そうだ。派閥といえば、一人だけ会わねばならん奴がいるな。奴の元に向かうぞ」

「そうですね」


 テトラスティンとリシーは、揃い立って移動を始めた。



続く

次回投稿は、1/14(月)22:00です。

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