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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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魔術総会、その16~傷跡~

「会長殿」

「もはや会長ではない。呼び捨てたらどうだ?」

「ご冗談を。こう見えて私は貴方を尊敬しているのですよ。敬称は略せません」

「そうか」


 テトラスティンは薄く笑っただけだった。その笑顔は心なしか、和らいだように見える。


「肩の荷が下りたような顔ですね」

「そう見えるか? まあ実際その通りだ。会長職というのは最初こそ良いが、後になるほどに不便になっていく。特にお前のように何をしでかすかわからん奴が部下にいると、気苦労が絶えん」

「よく言うものです。我々の方が何をしでかす会長かと、気をもんでいたのに」

「お互い様ということか。だがお前も一度会長職をやってみるといい。きっと良い経験になるぞ」

「機会があれば」


 イングヴィルは軽く礼をした。テトラスティンは空を見上げながら話し続ける。空は既に薄暗く、宵の口に入ろうとしていた。


「夜が更けるな・・・ここからこうして夜を見上げるのも最後だ」

「魔術教会そのものも去るのですか」

「ああ、もはや用がないからな。それに私はいない方が、何かとフーミルネもやりやすかろう。問題の多い奴だが、優秀であることには違いない。奴が主導権を握った時に、この魔術教会がどうなるのかには、多少興味があるな。

 もっとも、それはヤーレンセンでもよかった。ただ両雄並び立たず。ヤーレンセンが生きていたとしたら、遠からず大規模な内部抗争が起きていただろう」

「まさか、そのためにヤーレンセンをあのような目に?」

「さて、どうかな」


 テトラスティンの言葉に、イングヴィルはぞくりとした。わざとやったのだとしたら、いかに自分でもそこまで冷徹になれるかどうか。だが、仮にヤーレンセンを失脚させていなかったとしたら、あの程度の被害では済まなかったのかもしれないことはイングヴィルにもわかる。結果として、魔術協会は破綻していたのかもしれない。

 テトラスティンは独り言のように続けた。


「カラバルには悪いことをしたな。私を憎んでくれればいいが」

「なぜそのようなことをおっしゃる」

「憎む対象が明確な方が楽な時もある。誰を憎んでいいのかわからないのは、つらい」


 テトラスティンの言葉を、イングヴィルはあえて聞き流した。それよりも、どうしても聞きたいことがあったからだ。


「・・・それにしても驚きました、まさか会長を辞するとは。貴方は一体、何を目指しておいでなのです? 私にもそれがどうしてもわからなかった」

「珍しいな、お前が教えを乞うとは」

「私も、素直になるということの利点を覚えたのですよ」

「なるほど、上手い方法だ。アルドリュースに似てきたな、お前」


 テトラスティンが口にした人物に、イングヴィルは眉を顰めた。


「なぜそこで奴の名を? 奴と私は関係ありません」

「そうかな? 奴はお前に最も影響を与えた人物だろう。無理からんよ、奴は天才だった。お前ほどの才能があるからこそ、奴の事が気になったろう。自らの前に立ちふさがる障害だとな。愚鈍ならば相手にされず、凡人では奴に懐柔されるだけだ」

「・・・」

「何を隠そう、私もアルドリュースの事が恐ろしかった。奴を見た時、初めて私は負けると思った。奴がその気になれば、もっと早くから私は会長職を辞することになっていただろう。

 だが私は、奴の興味の対象にすら足りえなかった。悔しくもあったが、正直ほっとしたよ。だがお前は違ったようだな。奴に勝ちたかった。だがしかし何をどうすれば勝てるかもわからず、相手にもされず、そして奴は逝った。違うか?」

「・・・そうかもしれません」


 イングヴィルは素直に認めた。なぜか今は素直に話せる気がした。あるいは、自分が認める数少ないテトラスティンが相手だからかもしれない。普段なら絶対にありえないことだと、イングヴィルはらしからぬ自分の言動に驚いていた。


「最初に奴を見た時、私は自分に最も自信を持っている時期でした。出世も魔術も思うがまま。競争相手がいないことに、物足りなさすら感じる始末でした。それが井の中のなんとやらだということを教えてくれたのは、奴だった。アルドリュースの構築した理論は、当時の私には難解すぎた。フーミルネ様や周囲の力を借りつつ、何年もかけて解読したものです。ところが奴は、その理論をわずか半年足らずで構築したという。

 下手をすればそれだけで一つの派閥を構築できかねないほどの理論を、奴はたった半年で作ったと言った」

「確かそうだったな。奴が教会を去る時の置き土産だった気がする。それすら奴にとっては、片手間でやったことらしいが」

「そう、でしょうね。解読を間違えると妙にこちらを小馬鹿にしたような言葉が出てきたり、当時の解読班は腹立ったのか、いちいちペンを地面に叩きつけていましたよ。

 その時に気付いたのです。奴は我々とは別格の存在なのだと。魔術教会の中で出世を考えている自分など、端から眼中にすらなかったのだとね。その後、奴は国取りを成し遂げる一歩手前にまでいった」

「だがその奴をもってしても、生きているうちにできることは限られた。かの英雄王も同じことを考えたそうだ。人の一生は短い。何を成すか、何をしたいのか。自らの欲するところを、もう一度問うてみるには、お前は良い時期かもな」

「お言葉、胸の内に秘めておきましょう。ところが会長は非常に長い寿命を持っておいでの様だ。最初の質問に戻りますが、今後どうなさるおつもりで?」


 イングヴィルはもう一度疑問を問いかけた。今日はこの答えを聞かねば引き下がれそうにもない。テトラスティンも観念したのか、袖をまくって傷跡を見せた。



続く

次回投稿は、1/12(土)22:00です。

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