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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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魔術総会、その15~会長就任~

***


 かつて、魔術教会に一人の若い魔術士がいた。彼はとある理由から魔術を志し、魔術に関するあらゆる事象を学ばんとして魔術教会の門をたたいた。

 だが現実は厳しかった。教会の中は、生まれた時より魔術士としての能力を与えられている者がほとんど。そして今に至るまで一流の教育を受けている者。生まれた時に魔術士として見出されず、後から魔術士としての門をたたいたその若者にとって、他の者が当たり前のようにできる何もかもが困難だった。

 若者には元々学もない。文字の読み書きこそ自分の力でなんとかしたものの、古い言語、あるいは暗号のようにして書かれた魔術書はどれも読むことすらできなかった。自分の事で全てが必死にもがき、隙あらば他人を蹴落とすのが当然のように行われる魔術教会において、そんな彼は無視こそされ、手を差し伸べる者は誰もいなかった。

 ある日、彼は次の教室の場所がわからなかった。次の授業は単位を決定づける試験が行われる。これが終わらなければ次の過程にも進めず、また資料の閲覧も制限されたままだった。若者は珍しく、取り繕うこともできないほど焦っていた。そんな彼に通りすがりの魔術士が声をかける。見た目はまだ同い年くらいに見えるほどの、若い魔術士であった。


――何を探しているの? ああ、その教室ならあっちだよ――


 若者が損得抜きに初めて話した、魔術士。彼は若いながらも天才的な頭脳を持ち、既に教会内でもちょっとした有名人であった。若者は心にそっと決めた。いつかこの恩を彼に返そうと。

 彼が飛び級をして過程を終了したもののどこの派閥からも声がかからず、魔術教会を去ったと若者が知ったのは、しばらく後の事である。


***


「馬鹿者め・・・復讐などせずとも、貴様の事を認めている者はこんなに多くいたというのに」


 テトラスティンは消し炭となったヤーレンセンに、憐みの言葉をかけた。だがたとえ息がある時でも彼の耳に届いたかどうか。

 ヤーレンセンが処断され、部屋を変えて選挙は続行された。ヤーレンセンの票をもう一度投票し直すかどうかという案も出たが、彼の暴走は選挙の結果が出た後の事であり、結局テトラスティンが再当選に変更はないということで決着がついた。ヤーレンセンの代わりにカラバルが派閥席についていたが、彼は放心状態だったからだ。何を言っても今はまともな判断能力に欠けるだろう。

 またしてもテトラスティンの体制が続くのかと、中には嫌悪感を持っていた者もいるのかもしれない。だが、それらの不平不満は決して口に出してよいものではない。同時に、全員に諦めの境地もあった。

 服を着替えたテトラスティンが会長席に着くと、彼は周囲をゆっくりと見渡した。半分以上の面々はテトラスティンと目を合わせようともしない。

 これが自分の教会かと、テトラスティンはため息をついた。内心ではミリアザールが羨ましく思われる。


「さて、私がまたしても会長職についたわけだが――就任の挨拶もいまさらだろう。それよりも私から皆に提案がある。先ほど開票前に伝えた議題を解決した後、私は会長を辞任しようと思う」


 テトラスティンがあっさりと言い放ったことに、さしも魔術士達もぎょっとして彼を見た。だがテトラスティン、傍に控えるリシー共に動揺はみられなかった。

 誰となく、テトラスティンに向けて怒鳴る。


「会長! 冗談がすぎますぞ?」

「冗談ではない、この総会が始まる前から決めていたことだ。正直に言うと、私か今回欲しかったものはこの会議における議題の提案権と、後の会長の人事権だ。会長が何らかの理由で辞任した後、会長は次の選挙まで副会長が代行する。そして副会長は異論がない限り、選挙にて次席であった者がこれを行うこととする。間違いないな、ウィンストン」

「え、ええ。それはその通りですが」


 司会のウィンストンも、突然の提案に動揺を隠せないようだった。テトラスティンだけが平然と話を進めている。


「では次席はヤーレンセンが亡き今、フーミルネということになるな。異論がある者は、今この場で申し出ろ。私が会長の座を辞した後、信任決議でもするがよいだろう。

 ・・・ないようだな。では議題に移る」


 テトラスティンが高らかに宣言し、総会は開催されたのであった。


***


「やられた。完全にやられた!」


 総会が解散した後、フーミルネが吐き捨てるように言った。イングヴィルにはなぜフーミルネが動揺しているのか、なんとなく理由がわかっていた。


「今回の議題、完全に主導権を会長に握られましたね」

「当然だ! あんなことを言われた後で誰が冷静な判断をできるものか! おかげで生き残った魔女は受け入れざるをえなくなり、魔王の工房襲撃はアルネリア主導で進むことになり、おまけにアルフィリースについては放置だと? くそっ、どうかしている! なんのために今まで力を蓄え、陰で動いてきたのだ!」


 フーミルネの怒りは頂点に達していた。フーミルネの苛立つ様子に、他の者はこっそりと距離を取って後をついてくるのみだ。イングヴィルだけがフーミルネに話しかけることができる。


「ですが、これはこれでよいではないですか、これで会長はフーミルネ様です。貴方の望み通り、実権は我々の手の内に」

「本気で言っているのか? 腹立たしい男だ!」

「・・・どういう意味でしょうか?」

「ヤーレンセンの配下であったあの男。サイレンスの配下の人形であろう。あのような者に魔術教会の深部まで潜入されているのだぞ? もはやこの教会のどこまで奴らの手が伸びているかもわからぬ。こんな砂の城、手に入れて何になるのだ!? 我々は奴の存在を察知していなかったのだぞ?

 それにだ。魔女をこの教会に受け入れれば、明らかに黒の魔術士達の矢面に立つことになるだろう。あの男は我々に厄介ごとを押し付けて、自分だけは去ろうという魂胆なのだよ!」

「落ち着かれよ、フーミルネ様。それでも我々に実権があることには変わりがない。どうするかは我々が決めればよろしい。ここが砂の城だとしても、黒の魔術士の手が伸びていることが分かった以上、まずは地固めから始めればいいのです。敵の手の者は完全に排除いたしましょう。

 それに魔女に関しても上手く扱えば、これ以上ない戦力になります。我々の派閥に取り込むことも可能かと」


 息を切らして激昂していたフーミルネだが、イングヴィルの冷静さに徐々に落ち着いてきた。


「・・・できるのか?」

「それをやるのが私の仕事でしょう」

「なるほど、ならば任せよう。私も私で動かなければな。しばらくは忙しくなりそうだ」

「そうですね。では早速私はやることがあります。これにて失礼」

「うむ」


 イングヴィルはフーミルネと別れ、一人暗い廊下を進んでいた。そして魔術教会内にある塔と塔の渡り廊下で、自らの進路に立ちはだかったテトラスティンに会ったのだ。



続く

次回投稿は、1/10(木)22:00です。

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