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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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魔術総会、その14~イングヴィルとリシー~

***


 外に出されたイングヴィルは、使い魔を通して中の様子を覗おうとした。会長就任以来、最強の魔術士と言われたテトラスティン。その秘密を知ることができると期待して。どれほど魔力を磨き上げようと、師であるフーミルネはイングヴィルがテトラスティンに勝るとは微塵も考えていないようだった。プライドの高いイングヴィルとしては、これは屈辱的な出来事である。

 他の派閥の長達もそうである。イングヴィルが見ても優れた魔術士は多くいるのに、誰もがテトラスティンの言いなりだった。それは単にテトラスティンが恐怖で彼らを統括しているのではないと、イングヴィルも気が付いていた。底知れない何か。それをテトラスティンは持ち合わせている。

 そしてイングヴィルは機会を見つけ、導師にもテトラスティンについて聞いたことがある。魔術教会の会長ともなれば、いかに世捨て人のように暮らしている導師達にも交流がある。たまたま任務の過程でイングヴィルが知り合ったその導師は、導師の中でもとりわけ力が強い者だそうだった。その導師、ファジーオーブはテトラスティンについてこう言った。


――間違えても、戦ってはいけない相手――


 最も力を持つ導師をしてこういわしめるテトラスティンは何なのかと、イングヴィルはますます興味を持った。そしてテトラスティンの事をさらに調べるうち、彼は魔術教会に参加した当時、大した魔力を持っていなかったということがわかった。過程を終了したと認定を受けるにも苦労する始末。全過程終了時の成績は下から数えて何番目かだった。

 それがたかが20年足らずで、最強と言われる魔術士になっている。これは何らかの秘密があるはずだと、イングヴィルは興味を持った。

 その答えが間近にある。イングヴィルは派閥の者に指示を飛ばしながらも、使い魔に託した五感で部屋の中を探ろうとした。だが――


「ぐっ?」


 部屋の中に急に満ちた魔力により、イングヴィルの使い魔は吹き飛ばされたようだった。暴風のような魔力の衝撃で使い魔は壊れ、イングヴィルは使い魔につなげていた感覚を切断した。

 突如五感が半ばきかなくなったことで一瞬呻いたイングヴィルだったが、誰も周囲は気にしていないはずだった。だが、リシーだけがイングヴィルを見ていた。


「イングヴィル様、おかしな真似はなさらない方がよろしいかと」

「・・・何を言うのだ。私が何をしたと?」


 イングヴィルはとぼけたが、イングヴィルをリシーは曇りのない瞳でじっと見つめる。イングヴィルは常々、このリシーという女が嫌いだった。年も取らず、テトラスティンの命令に忠実でありすぎるゆえ、最初は使い魔かと思っていた。だがどうやらリシーは自我を持つ、れっきとした人間であるらしいことがわかってきた。ならばなおのこと、我を見せず人形のように振舞うこの女が生理的に苦手だったのだ。そして、全てを悟りきって、全てに興味のない態度を取るこの女が。

 今もそう。リシーの目はただガラス玉のようで、何の感情も読み取れない。イングヴィルは、自らが把握できない者は苦手だった。


「根拠のない言いがかりはやめて頂こうか、秘書殿」

「・・・そうおっしゃるのなら、それでも。時にイングヴィル様、貴方は魔術士としては非常に優秀なようですが、知性の方は多少欠如しておられるようですね」

「・・・何?」


 イングヴィルの表情が怒りをあらわにする。自らが人形と蔑む者にそのようなことを言われるのは、イングヴィルとしても非常に心外だった。まして、知性に関してイングヴィルは非常に自信を持っていた。 

 だが、


「知能は高い。それは貴方の実績が証明する通りです。あのアルドリュースの魔術書を解読したのですから。ですが、知性と知能は別。知性が高い者は無用な争いをせぬことに心を砕きます。平穏とは、望んで得られることの方が少ないですからね。ところが貴方は自ら争いを望んでおられる。しかもどうあがいても勝てない相手に対して――これを愚かと言わずして、なんと言うのでしょうか」

「それは真理の一端かもしれんな。だが、会長の操り人形ごときに言われる筋合いはない」


 イングヴィルの物言いに、リシーがふっと笑う。


「そう・・・ですね。確かに貴方のおっしゃる通りです。少々出過ぎたことを申しました、お許しを」

「ああ、それでいい。我々は互いに不干渉の方がいいだろう。相手を不快にさせるだけだろうからな」

「そうかもしれませんね。ですが貴方は私を嫌いかもしれませんが、私の方が貴方を羨ましいのですよ。だって、それほど汚れていながら、望めば平穏を手に入れることがまだできるのですから。私とテトラには、どれほど望んでももう無理――」

「何? どういうことだ?」


 イングヴィルの言葉に、リシーは答えない。


「こうなったからには今のうちに申しておきましょう。この先、貴方の力が魔術教会にとって非常に重要になります。それまで無用な戦いは避け、戦う相手と時を誤りませぬよう。

 人より少々長い時を生きて、学の無い身ではありますが多少なりともわかったことがあります。それは、人にはそれぞれに相応しい戦場が与えられるということ。そして本物の戦場とは、人生に一度あるかないかということ――これを間違えれば、周囲の者を無用の悲しみに巻き込みましょう」

「何を言って・・・」


 その時、ズシン! と一際大きな衝撃が部屋の中から伝わってきた。その衝撃にリシーが反応する。


「終わったようです。結界を解除し、中に入りましょう」

「何? もう終わったのか?」


 部屋の外に出てから、まだ1分と経っていない。仮にも一派閥の長が魔王となったのである。相当に強力な個体が生まれたはずだったが。


「あの程度、敵にもならないでしょう。仮にどれほど強大な相手だとしても、テトラと私が『負ける』ことはありません。さ、中へ」


 リシーは無感動にそれだけ言うと、さっさと中へと入るように全員を促していた。そして自身もカラバルを気遣うようにして、中に入っていったのである。



続く

次回投稿は、1/8(火)22:00です。

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