魔術総会、その11~西からの客人~
「突然呼びたててすまない、西からの客人よ」
「構いませぬ。どうやら抜き差しならない状況の様子。私に協力できることがあれば、なんなりと」
アララカルは細い目を伏せたままで答えた。口調こそ丁寧だが、彼岸の一族の性質を考える限り、言葉通りでないことは明らかである。テトラスティンはじりじりと胸の内が焦げるような感じを覚えていた。下手なことを言えば、オリュンパスが今後どう出るかわからない。周囲が考える以上に、緊迫した場面であることを、テトラスティンだけが知っていた。
「ではお言葉に甘えさせていただこうと考えるが、その前に一つ。貴方はオリュンパス教会、ラ・ミリシャーの一族と見受けるが、いかに」
「いかにも。私はラ・ミリシャー所縁の者です。血縁関係で言うとかなり遠くなりますが、一族としての扱いを受ける程度の縁です」
ざわ、と空気が揺れる。ラ・ミリシャーの名前を出して知らぬ者はこの場にいないだろう。テトラスティンは言葉を選びながら続けた。
「この教会に訪れた目的を聞こう」
「なるほど、私は警戒されているようですね。無理もない。ですが、遊学のために訪れたというのは本当です。私にはこの教会をどうこうしようという考えは全くない。『彼岸の一族』といえど、中は一枚岩ではないのです、会長殿。
ですが、私にこの教会に来るように勧めたのは確かに本家です。そして帰った暁には、私は学んだことの全てを本家に伝えなければいけないでしょう。もちろん起こったこともね。隠しても、彼女達には無駄ですから」
「なるほど。ではあまり醜態は見せられんな」
テトラスティンはわざと多少おどけて見せたが、アララカルの表情は変わらなかった。
「醜態などといっても、どこも世情は似たり寄ったり。人がいればいがみ合い、争いが起きるのは避けられません。いくら魔術士といっても、人の括りから外れる者ではないのです。何を恥じることがありましょうか。
ですが、この場はそれなりに緊迫した場の様だ。私も隠さず言った方がよさそうなのでそうさせて頂きますが、そこのヤーレンセン殿と私の間には純粋な知識の共有しかありませんでしたよ。私から得た知識をどう使ったかまではわかりませんでしたがね」
「知識の共有とは? 差し支えない範囲でお聞かせ願おう」
「私がいただいたのは、理魔術の一部。私自身が助言し、作られた理論もあるでしょうね。そして私が彼に教えたのは、操心術の類。我々の一族では、人の心を操ることを別に禁じてはおりませんので」
「なるほど、承知した」
テトラスティンの目がぎらりと光る。その目の意味を知る者は、一歩その場から後ずさった。ここから先、展開次第では現場における粛清がありうるとわかったからだ。ヤーレンセンの顔色は既に彼岸の一族よりも白く変わっている。自らの運命について悟ったのだろう。
その彼に、さらにアララカルは追い打ちをかけるように言葉を発した。
「ああ、そう言えば」
「まだ何かあるのか?」
「いえ、彼の元には他にも外部から客人が訪れていたようでした。ローブに身を包んでいましたが、一度だけその顔を見ました。ですがその顔が非常に美しかったので、よく覚えています。男の私が言うのも変ですが、これ以上ないといったくらい美しい男性でした」
「名前はわかるか?」
「いえ、そこまでは――」
「ならば外見を当てよう。腰まである長い金髪に、青い瞳。背丈は標準。顔の造形はまさに現実的でないといった表現が当てはまる、人間離れしたもの――どうだ?」
「そうですね。よく、おわかりで」
アララカルの言葉に、今度こそテトラスティンの表情が臨戦態勢になった。目をくわっと見開いた彼を見て、その場にいた者は完全にテトラスティンと距離を離し、中には周囲に防御結界を張る者までいる始末。ヤーレンセンは土気色になりかけた表情ながらも、必死に弁明を始めた。
「会長! 私よりも、この者の言うことを信じるのですか?」
「実の息子にすら信頼されぬ者より、余程信じられると思うが? それより貴様、いったい誰と交流を持っていたのか、わかっているのか?」
「誰・・・? その男は青年実業家で、私に色々な物品や人材を提供してくれました。実に有用なものばかりだったので、重宝しましたが」
「代償に、何を渡した?」
「金銭だけです。随分と気前の良い話ばかりだったので私も疑いましたが、彼は投資の一環だと。これから魔術教会で権勢を振るうお方なら、投資して損はないだろうと言っていました」
「男の名前は?」
「サイレンス、と名乗っていましたが、何か?」
続く
次回投稿は、1/3(木)12:00です。