魔術総会、その10~糾弾~
「さて――残念なことに、一名だけ私の再就任に納得できないらしい。残念なことだが、それも致し方あるまい。彼は魔術教会を裏切っているのだから」
「・・・は?」
思わぬテトラスティンの言葉に、ヤーレンセンは虚を突かれた。自分が魔術教会を裏切っているなど、ヤーレンセン自身ですら思っていない事だった。
ざわめく一同を前に、テトラスティンは続けた。ウィンストンも止めはしない。それは予め、決められた流れの様でもあった。テトラスティンはリシーから書類を受け取ると、机の上にばさりと無造作に放り投げた。
「ここにいくつかの書類がある。これはリシーその他数名に調べさせたものだ。赫や褐壌の派閥にも協力してもらったから、信憑性はあるだろう。
この書類によると、ヤーレンセン。貴様の部下にオリュンパス協会の者がいる。そうだな?」
「は・・・そのような者がいたかもしれませんが・・・」
「記憶は曖昧か? まあいい、派閥の人員も急激に増えれば把握は難しいかもな。私は別にオリュンパスと通じたことを責めているのではない。どこと通じようが、裏でどのような悪事を行っていようが、別段気にはせん。それが魔術教会のためならばな。金をばらまこうが、力づくで脅そうが自由だ。
だが、魔術によって人の自由意志を奪うのはやってはならん行為だ。それは魔術士ヘルハルドの禁断戦争より、魔術士全体の戒律によって禁じられている。ヤーレンセン、お前は禁忌を犯したのだよ」
「何を根拠に!」
「証拠なら、それ。カラバルよ」
「はっ」
部屋の中に入ってきたのはヤーレンセンの息子、カラバルであった。その表情にはいつにない険しさがある。ヤーレンセンは息子のカラバルがこのように冷徹な表情をするのを、初めて見たのだ。
ヤーレンセンの知らない顔をして部屋に入ってきたカラバルに、ヤーレンセンは言葉をかけることもできなかった。
カラバルはテトラスティンに促されるまま、滔々(とうとう)と話始めた。
「会長のおっしゃる通り、我らの派閥の長であるヤーレンセンは、オリュンパス教会の者を配下に加えております。彼――アララカルという男は最初遊学のために魔術教会を訪れたと言っており、我々の前に出るまで身分を偽っていました。怪しいとは思いましたが、彼のもたらす魔術の知識は我々にはないものばかり。ヤーレンセンは彼を手元に置き、その知識を活用し始めました。
ですがアララカルも、ただ知識を提供するわけではありませんでした。最初は魔術の研究の交換を純粋に行っていたのですが、彼の知識は非常に深く、そのうち派閥の運営も彼の意見を仰ぐようになりました。怪しいと思った私はアララカルの身元を調査し、どうやらオリュンパス教会と関係があるのではないかと危ぶんでいたのです。結果、かなりの確率でオリュンパスと関係していることがわかったのです」
「その者をここへ呼ぶことはできるか?」
「はい、本人も納得しております。連れてきましょう」
カラバルは一礼すると、自分の付添いの者を促して部屋の外に出させた。アララカルを連れてくるのだろう。その間において、ヤーレンセンがようやく絞り出すようにして言葉を発した。
「カラバル――お前、お前は・・・私を裏切るのか!」
「・・・父上、私を裏切り者とおっしゃるか」
カラバルが冷ややかな目をヤーレンセン向けた。その目には敵意ではなく、失望の色が浮かんでいるように見える。カラバルは大きくため息をついて話し始めた。
「私は別に裏切ってなどいない。私のような末席の魔術士でも一度魔術士として名乗った以上、魔術に対して信念を持っていますが、私は信念に恥じることは何一つしていません。もし私が信念を貫き通すことで父上を裏切ることになるならば、それは父上が魔術を裏切った時だけでしょう。魔術士として信念に基づいて行動しているのに、我々の道が違えることなどありえない。
それに裏切りという点でいえば、父上には3つの裏切りがあるでしょう」
「3つ、だと?」
「はい。一つ目は私に対する裏切りです。私と数名の仲間と共に派閥を立ち上げる時、父上は私になんといったか覚えておられますか? 『この派閥は私とお前と共にある。いずれ私の全てはお前が受け継ぐのだ』と、父上は私の肩を掴んでおっしゃいました。私はその言葉に感動し、また打ち震えてここまで行動を共にしてまいりました。この人の跡を受け継ぐのは、他ならない私と信じて」
「・・・だが、それは」
ヤーレンセンが何か言い訳をしかけたが、カラバルが有無を言わせなかった。
「ええ、別段しょうのないことです。私に才能のないことは明らかで、そして弟のオービタスには才能が満ち溢れている。私が父上の立場でも同じことを考えるでしょう。ですが、私は悲しかった」
「カラバル・・・」
「二つ目の罪は、私の母に対する裏切り。心当たりがございますね?」
「う」
ヤーレンセンの表情が変わった。カラバルの言う通り、思い当たることがあるのだろう。だが、今度の蒼白ぶりは先ほどより一層ひどかった。
「カラバルよ、それは――」
「そうです。これもしょうのないことです。我々は当時派閥の運営資金に非常に困っていた。学問の都市メイヤーで活動している時期も、いつも金の工面に苦労していた。時には10日ほど、同じものしか食卓に並ばない時もありましたね。味のしないスープを飲んだことも一度や二度ではありません。
運営資金を集めるために、病床の母を放っておいて社交界で若い娘を口説き、金を提供させるのも仕方のない行為だと思っていました。ですが、父上はその時に魔術を用いましたね? 私も致し方のないことと目を瞑った時期もありました。ですが父上は最近では母上の墓にすら参らない。それは一体いかがなものか。母上ですらその扱いなら、我々は道具にしか見られていないのかと。
そして、最後の理由は決定的――父上はオービタスすら欺いておられる」
カラバルの言葉に、場の空気が張り詰めた。同時にヤーレンセンの表情も凍りつく。ヤーレンセンは、何を言われたのか反射的にわかったのだろう。その場を飛び出してカラバルに飛びかかろうとした。が、リシーが風のように回りこんで、ヤーレンセンを取り押さえた。
リシーに取り押さえられてなおもがくヤーレンセンが叫ぶ。
「カラバル、よせ! そのことを伝えても、誰にも益をもたらさぬ!」
「そう――ですね。私でもまさかと思っていた事実なのですよ。ですが、父上の今の慌て様でこれが真実だと悟りました。
父上、あまりにもむごいではありませんか。オービタスはわずか10歳。その幼子を欺いて、一体どうしようというのです。父上の目指しているものは何なのですか? これでは我々は――」
カラバルが悲壮な顔でさらに何かを言いかけた時、そこにアララカルが登場した。会議場に招集されたその男はいやに青白い顔をしており、かつ無表情であった。テトラスティンは一目で見抜く。その男は間違いなく、オリュンパスの中枢である「彼岸の一族」に連なる者だと。彼らは色素の薄い一族であり、そして隠し様もないほどに強力な魔力を持っている。
アララカルと言われた男も一見痩身の男だが、その内に秘めた魔力はこの場にいる派閥の長達とも遜色がない。先ほどまでとは別の緊張感が場に漂うのが感じられた。
だが話を進めないわけにはいかない。テトラスティンはアララカルに問いかけた。
続く
次回投稿は、1/2(水)12:00です。