魔術総会、その9~開票~
「開票前に一つ、私からいいだろうか?」
「会長、どうぞ」
司会のウィンストンが発言を促す。
「今回の選挙、結果がどうあれ、新しく会長が決まった後に今ここにいる人間達で話し合ってほしい議題がある。この議題の結論が出るまで、会議を解散するのはなしにしてほしい。現会長として、最後の頼みになる。命令と言い換えてもいい」
「珍しいですな、会長がそのようなことを言うのは。会議や会合といった類には、全く興味がないと思っていましたが」
フーミルネが皮肉を言うが、司会の許可なしに発言するのはやめるようにウィンストンに窘められる。フーミルネはそのまま黙るが、テトラスティンはもっともだといわんばかりに説明を始めた。
「フーミルネの言うことも尤もだ。だが今は事情が違う。世の中には黒の魔術士達が作り上げた魔王が跋扈し、怪しげな計画が進行している。世俗の流れに傍観を決め込む我々も、流石に今回ばかりは無関係ではいられまい。
確かに私は自分勝手な人間だが、一魔術士としてこの大陸の行く末を案じていないわけではない。その点は勘違いしないでほしい」
「では具体的な議題を。この選挙の結果はともあれ、今の会長は貴方です。そして今後もこの魔術教会にとって貴重な人材でありつづけるでしょう。もちろん考慮はいたします」
発言したのはマリーゴールド。彼女の発言には一同が頷いてテトラスティンを見た。テトラスティンは続ける。
「まず、魔王に関しての議題だ。敵方の魔王の工房とでもいうべき生産場所は、おおかたが判明した。今後、どの機会でこれらの場所に仕掛けていくか、協議をすべきだと考える。当然、アルネリアや導師達との連携も込での話だ。
次に、魔女の団欒が崩壊した件についてだ。非公式ではあるが、生き残った魔女達が魔術教会に保護を求めてきている。彼女達の処遇をどうすべきか。
そしてアルフィリースという女傭兵の処遇についてだ。黒の魔術士達への対策に関しても、重要になるであろう人物だ。ただこの件について話し合うためには、フーミルネから情報の開示が必要になるだろう。なあ、フーミルネよ?」
テトラスティンが睨むようにフーミルネの方を見たが、フーミルネは表情を変えず、そのままテトラスティンと視線を交錯させた。
一同も2人を見比べ、一瞬高まりかける緊張。しかし、ウィンストンがそれを制す。
「お二方、争われるなら選挙後でよろしかろう。会議の最中、議論にて戦われるも良し。ですがここは開票を始めねば、進む話も進まないでしょう。
他の方々もよろしいか。今の議題に関しては開票後の相談といたします。まずは開票を行いたいと思いますが、いかがか」
「・・・お前の言う通りだ、すまなかったな」
テトラスティンは大人しく引きさがり、緊張は緩和される。そしてウィンストンは一同の表情を見渡し、誰もこれ以上の意見がないことを確認した。全員テトラスティンの意見は気になるところだが、ウィンストンの言う通りにする必要があった。次の会長次第では、今のテトラスティンの発言は無効になることがわかっていたからだ。アルネリアほど独裁体制ではないが、魔術教会においても会長とその一派の発言権は相当に大きくなる。
そしてウィンストンは開票に移った。全員が着席したテーブルに置いた箱に右腕を突っ込み、その中身を探る。細工ができないように、右腕の袖はまくりあげられているという徹底ぶり。ウィンストンが一つ目の票を掴み、開封する。紙は開かれると、ぱん、という炸裂音を発した。
「番号はⅢ、ヤーレンセン殿に一票」
書記官が結果を後ろの白板に書いていく。この場にいる誰もが歓声を上げるような性質ではないが、ヤーレンセンの眉はぴくりと確かに反応していた。
作業は淡々と続けられていく。その都度、後ろの白板には誰が何票獲得したか、印がつけられていくのだ。
だが開票が続くにつれ、場は徐々にただ事ならぬ雰囲気に包まれ始めた。そして票が残りわずかとなったところで確実などよめきへと変わり、最後の一票を開封したところで、ヤーレンセンは口を呆然と開けたまま立ち上がってしまった。開いた口から出たのは、間の抜けた風にも聞こえる、悲鳴のような声。
「ば、馬鹿な・・・これはなんだ!?」
「ご覧のとおり、開票の結果を発表いたします。獲得票数、テトラスティン殿6票、エスメラルダ殿1票、ヤーレンセン殿4票、マリーゴールド殿3票、フーミルネ殿4票。以上の結果を持ちまして、テトラスティン会長の9期目の当選が決まりました。
皆様。魔術教会に属する魔術士として、これからも栄達と発展を期することを新会長に誓える方は起立し、黙祷にて意思表示をお願いいたします」
呆然として抗議の声を上げたウィンストンだったが、他の代表たちは全員が起立してテトラスティンに向けて黙祷をした。それは他の立候補者達も同じ。だが、ヤーレンセンのみがテトラスティンに対して抗議の声を上げ続けた。
「そんな馬鹿な話があるか――テトラスティン、一体どんなイカサマをすればこのような結果になるのだ? 私の獲得票は7票だったはずだ!」
「ほう、どうしておぬしにそれがわかる? 人の世は欺き欺かれるもの。いかに約束を交わそうと、それが破られることがあるのがわからぬほど青い年でもなかろうに。
それとも、何か細工でもしたかな?」
「ぐ、そのようなことは決して・・・」
ヤーレンセンは言葉に詰まったが、実際細工はあった。それは紙ではなく、全員が書くために使用したペン。一見新品の物を用意したように見えるペンは、ヤーレンセンの息のかかった工場で仕上げられたもの。つまり、封を切る前から全て仕込み済みだったのである。
ヤーレンセンの仕込みはこうである。今まで交渉を持った人間の内、票を入れてくれそうな者に時間をかけて刷り込みを行っていった。それは言葉に節々に、ヤーレンセンを味方したくなるような言葉を少しずつ刷り込んでいく。また身の回りの調度に、暗示を練りこんだ物を置いていく。各派閥の代表といえど、常に自分の部屋にいるわけではない。掃除係などに少し暗示をかけ、調度をすり替えたり、魔術効果を施させたり。一つ一つは大したことのないものだが、日常的に触れるようになると、ヤーレンセンの味方をしたくなるように仕向けられている。
そして極めつけはこのペンであった。ペンに施された暗示は、今までの暗示の蓄積とあいまって、強制的にヤーレンセンの番号を書かせるくらいの力を発揮する。本人の意思ならばよし。もしヤーレンセンに対して裏切ろうとしても、手がいうことをきかないように仕向けてあるのだ。
仮に暗示により強制的に手が動いていることに気が付いたとしても、魔術士の誇りが暗示に掛けられたことを公表させまい。できれば過半数を獲得したいヤーレンセンだったが、7票あれば十分だと睨んでいた。
だが現実は違った。自分の票は予想より少なく、テトラスティンの獲得票は多かった。なぜこのような結果になったのか、納得ができない。そうこうするうちに、テトラスティンは言葉を続けた。
続く
次回投稿は、1/1(火)12:00です。