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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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魔術総会、その8~選挙当日朝~

***


 慌ただしい夜が明けた。陽が天中に来れば会長選が始まる。陽が差し始めたころには各派閥で仕事をしていた者達も、仮眠を取るために多くの者が休憩に入る。そこかしこで疲労のあまり倒れている者も、一時的に収容、あるいは治療を施すために派閥の中の空き部屋に収容される。

 そして魔術教会内には、わずかの間だけ静けさが戻っていた。陽のあたる時間になって静かになるのは妙な話だが、魔術士はもとより夜行性の者も多数いるため、明け方の方が静かなことはままある話だった。

 その中で、休養十分のテトラスティンは珍しく教会の屋上で瞑想をしていた。上半身を裸にし、下はゆったりとしたキュロットで胡坐をかいていた。その上半身は上気し、汗が湯気となって出ている。時期は夏前。もはや肌寒いとは言えぬ時期で、この湯気は異常といってもよかった。

 傍にはリシーも控えていない。その屋上に、つつと忍び寄る影があった。


「イングヴィルか」

「お気づきでしたか」


 影がすっと光の当たる場所に出てくる。その影はイングヴィル。彼は暗黒魔術士らしく、漆黒のローブとフードに身を包んでいた。彼がこのような格好をするのは非常に珍しい。イングヴィルが派閥の正装に従うのは、全力で勝負をするときだけと彼の中での決め事ゆえに。

 イングヴィルが両手に魔力を収束し始める。テトラスティンはイングヴィルに背を向けたままで問いかける。


「なんのつもりだ」

「知れたこと。あの時の続きをやるのだ、今ここで!」


 殺気を発し始めるイングヴィルに、ふーっと大きく息を吐くとテトラスティンは立ち上がった。その表情に、動揺や高揚などは見られない。

 それが余計にイングヴィルの勘に触った。イングヴィルは以前と同様、相手にされていないと感じたのだ。


「またか! また私を煙に巻こうというのか?」

「そんなつもりはない、以前も今もな。ただ正しく現状を認識してほしいだけだ」

「何を!」

「落ち着けイングヴィル。お前は頭は良いが、どうも劣等感に苛まされる傾向がある。私に挑まなくても、誰もがお前の優秀さを知っている。私もそうだ。実際に戦ってお前に勝てる魔術士など、この教会にはいないだろうよ。導師連中にも果たして何人いるかどうか。

 だがそれだけでは足りないのだな、お前は。足りないものを埋めるには、私に挑むことが必要なのではない。私を倒しても、お前の力の証明にはならない。何が必要なのか、ゆっくりと見極めることだ。本当に自らが戦うべき相手は、どこにいるのかをな」

「・・・」

「人には戦うべき相手、時、場所というものがある。おそらく、多くの者にとってその全てが重なるのは人生に一度くらいだ。お前の戦う相手は私ではない。まして、アルドリュースでもなかっただろう」


 イングヴィルはテトラスティンの言葉を聞いて魔力を収めた。テトラスティンがここで戦う気がないと、はっきりと悟ったからである。

 気を落ちつけつつもテトラスティンを睨むイングヴィルに、テトラスティンは通りすがりながら肩をぽんと叩いた。


「今日の選挙の結果を見るまで待て。それでもお前が私と戦う気があるのなら、その時は改めて受けてたとう。だが戦うつもりなら、思い残しがないようにしておけ。私を倒すのは並みの覚悟では無理だぞ?」

「・・・知っていますよ」

「どうかな? 私を倒す、その本当の意味を知っている人間などこの世にいないと思うがね。むしろ私が聞いてみたいのだよ。私とリシーを倒すことができる者がいるのかどうか。黒の魔術士どもには、そういう意味では期待しているのだがね」


 テトラスティンの意味深な言葉に、イングヴィルはまた会長の性質の悪い謎かけかと思ったが、一瞬テトラスティンの表情が曇ったような気がした。どこか寂しそうに見えるその表情は一体何を示しているのか、イングヴィルにはわからなかったのだ。


***


 日が天中にかかる頃になると、自然と魔術教会の中は騒然としてきた。部屋から出てきて話し込む者。あるいは部屋に集まり、額を合わせて議論をする者。決して大きな声ではないが、会話はまるで波のように、たださざめくように人の間に広がっていった。

 魔術教会の本棟は円形であり、らせん状に講義室や教室が広がっている。本棟のそこかしこで彼らは話し合いながら、最上階近くにある会議室で行われている選挙に意識を集中していた。中には魔術を使ってこっそり様子を覗こうとする者もいたが、さすがに派閥の長と彼らに準ずる者達の警備の前では不可能であった。会議室周囲に張られている結界は、普通の魔術士で破れるほどやわではない

 そしてその会議室では、まさに選挙の開票がなされようとしていた。各派閥の長ともなるとさすがに堂々としており、開票の直前であるにも関わらず動揺する気配がない。

 ここ数年は大きな争いや事件もなく、派閥の長が2人しか交代していないことも影響するだろう。既に全員が見知った顔であり、勢力図も大きく変更されていない。ただ一つだけ、理魔術派閥が大きくなったくらいである。

 ヤーレンセンが台頭してきたことが、どのくらい今回の選挙に影響を与えるのかということに、魔術教会全体の注目が集まっている。そして今回の票の動き方を見ると、どうやらヤーレンセンがかなりの確率で優位、ということが明確であった。


 それはエスメラルダの召喚士派閥が、今まで会長の補佐をするように動いていたのに、今回は独立した動きを見せていることも影響している。召喚士派閥がテトラスティンの影響を脱したことで、今まで中立よりだった派閥も明確にそれぞれの意思を持って動き始めていた。

 エスメラルダはテトラスティンにお灸を据えたかった。気に入らぬ者がいれば処罰し、ろくな合意も得ずに教会の権力を私有物と化すテトラスティンのやり方を変えたかった。そうでなければ、テトラスティンから人心が離れると思ったから。

 エスメラルダだから知っている。自分の師は厳しい人間ではあったが、決して横暴な人間ではないと。むしろ、自らに弓引く者に対しても受け入れるくらいの度量は持ち合わせており、そのテトラスティンが人を処断する時は、よっぽどの理由があると気が付いていた。ただ、テトラスティンはリシー以外の誰にも相談しないので、エスメラルダですら師の本意を知ることはほとんどなかった。


 18人の派閥の代表がそれぞれの思惑で、自らの票をウィンストンが持つ箱に入れていく。紙も箱もそれなりの細工がされており、紙は一度折ると開く時に音がする仕組みになっている。中身を見ることを防ぐためであった。

 また箱は遺物アーティファクトの一つであり、厳重に魔術教会の宝物庫に普段は保管されている。この箱は自らの中に魔力を帯びた一切を受け付けないという性質を持っており、どのようにしてもイカサマが不可能であると示していた。

 そして投票時に名前を直接記入すると筆跡で誰が記入したかわかるため、全ての立候補者には記号が割り振られていた。テトラスティンならⅠ、エスメラルダならⅡ、ヤーレンセンならⅢ、マリーゴールドはⅣ、フーミルネはⅤといった具合である。これならば単純な線で書けるので、筆跡などはほとんど関係ないだろうという考えだった。

 これらの記号を彼らは紙に書き、四つ折りにして封をしたうえで投票箱に入れた。全ての投票が終わったところで、ウィンストンがテトラスティンを目で見る。開票してよいかという合図だ。

 テトラスティンはすっと手を上げると、ウィンストンが開票に移る前に発言を求めた。



続く

次回投稿は、12/31(月)12:00です。

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