魔術総会、その7~暗黒魔術派閥内部~
「我々の常識から言って、恭順ならばし、さもなければ死を。ですが既に征伐部隊を殺害していますから、通常ならば処分。よくて一生魔術実験の対象でしょうね。私なら一思いに死を与えますけど」
「そうかい。その子も運がないねぇ・・・あたしはちゃんと魔術士の家系に生まれてよかったよ。そうすれば、然るべき能力を持つ者は、然るべき場所に案内されているだろうからね。くわばらくわばら」
「私も同感ですよ。まったく、ちゃんと魔女か導師が拾い上げていればよかったのに、どうしてこんなことになったのだか。彼らが怠慢をしているから、魔女達は黒の魔術士とかいう得体のしれない集団に殺される羽目になるんでしょう」
マリーゴールドはふん、と冷徹に鼻を鳴らしながら、執務室へと足早に歩いていくのだった。
***
同時刻。暗黒魔術派閥の執務室は静まり返っていた。人が寝ているわけではない。彼らは起きて仕事をしている者も多いのだが、使用する魔術の性質上、あまり声を出して話すことが少なかった。そのため、日常会話でさえ声を潜めてするのが彼らの習慣となっている。起きている人の数に対して、妙に中は静か。全員がローブを頭からすっぽりかぶっていることもあり、知らない者が訪れたら、幽霊が多数彷徨っているような錯覚に陥るだろう。派閥の装飾が地味で、周囲が薄暗いせいもあるかもしれない
その中を一人つかつかと歩くのは、エーリュアレ。彼女は暗黒派閥の者には珍しく、顔を隠そうともせずに歩いていた。元々ローブなども羽織るのが嫌いな彼女である。派閥の習慣に従うように周囲からは言われたので、その妥協点としてローブだけを身に纏うような格好になったのだ。ただそれでも、彼女が目立つことに代わりはない。
エーリュアレは思う。暗黒派閥は闇から真実を掴もうとする派閥。ゆえに闇に親しむために派閥の中を暗くするのはまだしも、人間性まで暗くする必要はなかろうにと思う。もっとも、自分とてお世辞にも明るい性格とは言えない。明るい性格の者はそもそも暗黒魔術など得意とせぬかと、そんな他愛ないことを思い直した。
エーリュアレが口元を引き締めて大股に歩く姿は、非常に颯爽としている。幽鬼のような派閥の構成員と比べると、彼女は非常に凛々しく見えた。
エーリュアレがたどり着いたのは、派閥のはずれた場所にある部屋。その扉をやや粗く叩くと、中からの返事を待たずして扉を開ける。
「失礼します」
「うむ」
中にいたのはイングヴィル。フーミルネの右腕でもある彼は、夜が半ば過ぎようとしているこの時間でも通常通り執務を行っていた。筆を止めようともせず、またエーリュアレに見向こうともせず彼は作業を続けている。
いつものことなのでエーリュアレも一角にある椅子を勝手に借りて、イングヴィルの作業がひと段落つくのを待っていた。その彼女に、ぽいとイングヴィルが書簡を放る。
「読んでみろ」
「・・・これは魔女の団欒が襲撃された時の概略ですね。襲撃の方向、時間帯、数。かなり正確に書いてあります。どこでこれを?」
「私の知り合いに、土地の記憶を読む者がいる。そいつに依頼して、この概略を作らせた。どう思う?」
「どうも何も、裏切り者が多数いるではないですか。こんな状況なら、彼女達も負けて当然でしょう」
「重要なのはそこではない」
イングヴィルが執務の手を止めて、エーリュアレに向き直った。
「魔女の中にさえ裏切り者が要る。理由にもよるが、導師も同じような状況だと考えてもいいだろう。つまり、我々はどこにも援助を求められない」
「アルネリア教会があるではないですか」
「黒の魔術士一人が攻め込んだだけで、本丸まで侵入されたのだぞ? 撃退はしたが、頼りになるかどうかと聞かれると疑問だな。まだ戦力を隠し持っていると仮定してもだ。それにアルネリア教会は昔と違い、平和な今の時代に即して軍縮を行っていた。全盛期の時のような戦力を取り戻すのは、非常に難しいだろう」
「オリュンパス協会は?」
「そもそも我々と協力しようという概念がない。私以上に独善的な集団だからな、あそこは。それだけの戦力を抱えているとの自負があるのだろう。だが今回の相手は・・・」
イングヴィルの表情がいつになく沈んでいるのを見て、エーリュアレは奇妙な思いにとらわれた。口数はそれほどでもないが、いつも自身に満ちた態度を取る男、イングヴィル。その男がはっきりとした言動をせぬことなど、エーリュアレの記憶にはない。
「イングヴィル様?」
「いや・・・考えてもしょうのないことか。つまらないことを言ったな」
「いえ。さしでがましいようですが、私から一つよろしいですか?」
エーリュアレの提案に、内心でイングヴィルは驚いた。エーリュアレはほとんどイングヴィルの駒としてしか活動せず、余計なことは考えていないのかと、時にイングヴィルでさえまるでからくり仕掛けのような女だと勘違いすることがあった。そのエーリュアレが自ら意見することなど、最初にエーリュアレを引き取った時以来かもしれない。
エーリュアレは自らの行動がイングヴィルを驚かしていることなど、まるで気が付いていないようだった。
「貴方がそんな調子では困ります。私は家を復興するために、魂を貴方に売りました。そして私が開発した魔術は、かの英雄王に有効であるということが立証されつつある。アルフィリースを処分することよりも、英雄王を始末することの方が私にとって有利。なぜなら実績として魔術教会に申請できるからです。
ならばこそ私は復讐心を胸にしまい、こうしてこのクソつまらない任務と人間達に耐えているんだ。もし私を使う能力が貴方にないというのなら、こんな陰気な場所に一秒たりともいたくない。ここで貴様をぶち殺してでも出ていくぞ?」
自らに対し殺気を隠そうともしないエーリュアレを見て、イングヴィルは久々に楽しい気分になっていた。久しく忘れていたこの感覚。自らに殺気を叩きつけてくる者と対峙する時の緊張感。
イングヴィルは自らの中に眠っていた単純な衝動に気が付き、自嘲した。エーリュアレがイングヴィルの態度を訝しむ。
「何がおかしい?」
「いや、何。私もまた馬鹿なのだということを実感しただけだ。そう、話はもっと単純なのだったな」
「?」
「こちらの話だ。だが感謝するぞ、久しぶりに自分に正直になれそうだ」
話の見えないエーリュアレを放っておいて、イングヴィルは一人昔を思い出していた。魔術教会に所属したばかりの頃、この教会内でのし上がることだけを考えていたあの頃を。無謀だと理解しながら、テトラスティンに一騎打ちを申し込んだ時の気概を思い出していたのだ。同時に、自らが一目置いたあの男のことを。
続く
次回投稿は、12/30(日)12:00です。