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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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魔術総会、その6~金の派閥陣内~

***


 金の派閥の内部では、まだ煌々と明かりがついていた。元々きらびやかな装飾を施した派閥の建物はまるで晩餐会でも催しているかのような騒ぎであったが、そこはさすがに選挙前夜。派閥の中ではまだ当たり前のように皆が仕事をしており、マリーゴールドも身重でありながら、執務を行っていた。 マリーゴールドは身重を感じさせない軽やかさで、あくせくと夜を徹して働く人々の脇を抜ける。彼らはあまりに忙しいのか、派閥の立候補者であるマリーゴールドにさえ挨拶をろくにしようともしない。現実主義、効率を重んじる金の派閥らしい光景といえば、らしかった。

 それすら気にすることなく書類の束を小脇に抱え、足早に進むマリーゴールド。金の髪をなびかせ、最近目立つようになってきた腹をゆったりとした服で隠しながらも、彼女は颯爽と歩いていた。ほっそりとした腰や腕などは、とても彼女が7人の子供産んだとは思えないほど引き締まっている。

 そのマリーゴールドに声をかける者がいた。


「マリーや、いいかね?」

「代表、まだ起きていらしたのですか」


 マリーゴールドの足を止めたのは、金の派閥の長であるヴァイフセラー。既に老齢であり、寿命が来ていてもおかしくないまでになっている彼女だが、頭の回転はまだまだ衰えていない。魔術士として戦うことは不可能だろうが、彼女はこの上ない御意見番として、いまだ長の座に座っていた。

 ヴァイフセラーは杖をつきながら、少々おぼつかない足取りでマリーゴールドに近寄った。声だけはまだ凛としているので、動作との相違がひどい。マリーゴールドも思い出したように彼女を手助けし、手を差し伸べ近くの椅子に座らせた。ヴァイフセラーからふはぁ、と大きく息が漏れる。


「いかんねぇ、やはり年だよ。頭はまだ回るが、足腰が言うことを聞きゃしない。そろそろ引退かねぇ」

「それは困ります。まだあと10年は働いてもらわないと。子育てをきちりやることを考えると、私はあと10年は子供が手放せませんからね。私が仕事に集中できるようになるまで、代表には現役でいてもらわないと」

「ひどい子だね! このばばあを、後10年もこきつかう気かい? 子どもなんか、乳をあげながら会議をすればいいのさ。あたしの時はそうだったよ」

「無茶言わないでください、こう見えても夫は大切にしているんです。人の前で乳をさらけ出すなんて、もってのほかですよ。代表だったら乳を出しても、誰も気にしないかもしれませんがね」

「はん、お言いでないよ! こう見えてもあたしゃ、他の大派閥の代表ども全員から求婚されるほどの美女だったんだ。あんたよりもずっといい女だったんだよ!」

「はいはい、その時のことを知っている人間なんて、もうほとんど生きてませんから。それより要件はなんです? 私もこう見えても忙しいんですよ。さっきやっと一番下の子が夜泣きをやめてくれたんで、今のうちに仕事を全部片してしまいたいんです」


 マリーゴールドはあくまでにこやかに言ったが、急いでいるのは脇に抱えた書類の数を見ればわかる。内容によっては、処理が終わるのは明け方近くなるかもしれない。だがヴァイフセラーもまた急ぎの用事だったのだ。


「マリーや、選挙の前日に悪いがね。あの仕事、終わったのかい?」


 ヴァイフセラーの言葉に、マリーゴールドの眉がぴくりと動く。


「・・・代表も大胆ですね、こんなところでそんな話をしなくても」

「いいんだよ、どっちにしてもこのことは私とあんたしか知らないんだ。選挙とこの仕事を同時並行でやっていたあんたには非常に負担だったかもしれないけどね、どちらかというと選挙よりもこの仕事の方が優先さ。今回の選挙であんたが勝つことはないだろうよ。というより、結果はもうわかっているんだけどね」

「それは私もわかっています。だから私も目の下にくまを作ってまで働いているのですよ。今から最後の仕上げをするところです。これだけは明日の朝までに、何としても完成させなければなりませんから」


 マリーゴールドが脇の書類をちらりと見ると、ヴァイフセラーも納得したようだった。


「ああ、それがそうかい。そりゃ悪いことをしたねぇ、足を止めて。じゃあもう一つだけだよ。結果は、やっぱり依頼主の考えたとおりかい?」

「ええ、その通りでした。まったく、恐ろしい人物ですよあの人は。今の今まで金の派閥の代表を譲らなかった、貴女の気持ちがよくわかります。私が派閥の代表だったら、5年ともたずに交代していますね」

「だろう? 私以外、奴の相手をできる奴がいないからさ。苦労したよ、この魔術教会で生き延び、かつ勢力を伸ばすのはね。魔術士も魔術だけやってればいいってわけじゃないからね。あたしの魔術士としての人生は、若い頃と随分変わったものさ」

「だからこそ、今の我々がある。でも、我々がいてよかったと思いますよ。魔術教会にとっても、その他の人々にとってもね」


 マリーゴールドが力強く頷いて、その場を去ろうとする。その彼女を、今一度ヴァイフセラーが止めた。


「ああ、後一つだけ。年寄ると、言いたいことも順番に言えなくて困るよ。明日の会長選とは別に、最近話題になった議題があったろう? ほれ、なんと言ったっけ、あの魔術士・・・」

「アルフィリースとかいう、傭兵の事ですか?」

「そうそう、それだよ! 最近暗黒魔術の連中から情報の提示があったそうだが、事実だとしたらとんでもないことだ。そんな魔力を持つ人間が、何の監視もなく野放しになっているんだからね。あたしゃ最近会議に出席していなかったから、議題で提示されてからの事を知らないんだよ」

「そのことですか。ですが心配なさらずとも、ほとんど進展はありません。会長選の事もあるし、一時棚上げになりましたよ。ですが・・・」

「なんだね?」

「会長になった者の考え方次第では、厳しい処分が下るでしょうね。彼女を保護しようとしているのは、現会長と、召喚士派閥のエスメラルダくらいのものですから」

「ちなみに、あんたが会長になったら?」


 ヴァイフセラーが鋭くマリーゴールドを見た。だがマリーゴールドは決まりきっているとでもいわんばかりに、首を横に振っていた。



続く

次回投稿は、12/29(土)12:00です。

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