魔術総会、その5~理魔術派閥陣内~
とまあ、こいうった派閥が今回の会長選の主だるものである。他にも派閥は多く存在するが、今回の選挙に関してはなりを潜めているもの、関心の薄いものがほとんどであった。なぜなら、会長選とは何をどうしようとテトラスティンが勝利して終わるからであった。その中で努力する必要がどこにあるのか。多くの派閥がそう考えていたのであるが、大派閥は会長の下の権力を巡って、争うのが常であった。
また、今回の選挙に限って言えば、世間の状況に合わせてテトラスティンの続投が危ぶまれているとの噂がまことしやかに流れていたのである。
そんな中でささやかれるのは、時期会長として誰がふさわしいかということ。選挙前の下馬評としては、ヤーレンセンの優位が噂されていた。そのヤーレンセンの陣営では――
「明日の投票、抜かりはないな?」
「はい、投票権を持つ18の派閥の内、棘、至盾、飛熊、慧思の4つはこちらに票を入れると確約しました。元々どれもあまり大きくもない派閥。こちらへの合流を期待している派閥もあるくらいです」
「なるほど、それはいいだろう。だが大勢力の派閥はどうなのだ? 特に元素に直接関係するような派閥。彼らの協力が必要となるだろう。蒼の派閥はこちらに協力的だったはずだが?」
「はい、蒼の派閥はこちらに協力してくれるようです。ただし、理魔術の理論を一部開示することを交換条件として提示してきましたが」
「そうか。彼らの中にも最近これといって優秀な逸材が出現していないからな。焦っているかもしれない。条件は飲んでもいいだろう」
「はい、私もそのつもりで交渉を進めています」
ヤーレンセンが話しているのは、自らの右腕でもある息子のカラバル。ヤーレンセンの息子は2人いるが、カラバルは前妻の子供である。前妻は賢い女性だったが、魔術に関しては素人同然だった。そのためカラバルは魔術の才能はないに等しいが、その明晰な頭脳でもって父親を補佐している。
それに比べて、下の息子オービタスはまだ10歳程度であるが、魔術教会に属してから高名な家系の女性を後妻にもらい成した子供は、明らかに父親よりも優秀な魔力を備えていた。もちろんこれからの鍛え方によるだろうが、順調に成長すれば、派閥を担うにふさわしい魔術士に育ちそうではあった。
そのためヤーレンセンはカラバルを補佐に、やがてはオービタスを後継者にするつもりであった。そのことはカラバルには言い含めてあるし、既に派閥内の幹部にも了解させている。ヤーレンセンは盤石の布陣でこの会長選に望んでいるつもりであった。ヤーレンセンはまだ現状に満足していない。自分の生きているうちに、盤石の態勢を築いておきたいのだ。そして、魔術教会そのものを見返したくもある。
ただ新興勢力の悲しさか。古くからある大きな派閥には、どうしても煙たがられる傾向にある。召喚士派閥のエスメラルダだけは差別をしなかったが、同時に協力体制をとるわけでもなかった。
それでも十数年の努力が実を結び、最近では徐々にヤーレンセンの事を認める者も出てきていた。今回の選挙において、古い派閥の協力は必要不可欠である。以前からある派閥の納得がなければ、会長となったところでで実権のない会長になる可能性が高いからだ。
ヤーレンセンが目を付けたのは、蒼、緑凪の派閥。赫、褐壌、金は派閥としていまだ隆盛を誇り、自分達に友好的なそぶりすらみせない。だが優秀な魔術士が近年不足している蒼、緑凪の派閥は、少ない魔力で威力のある魔術を使用できる理魔術の理論が喉から手が出る程欲しいのだ。
ヤーレンセンは彼らにそっと近寄り、魔術の理論を一部開示することをほのめかしながら、彼らの協力を取り付けるに工作を進めてきた。そして今回の選挙で、2つ共がヤーレンセンに協力することを了承したのだった。
ヤーレンセンはふぅ、と大きく一つため息をついて背もたれに深々と腰かけた。
「これで我々ができることはほぼ成したな。他の派閥に関しても読み通りか?」
「ええ。18の派閥の内、我々が7、金が3、暗黒魔術が4、会長が3、召喚士が1となるでしょう。これはほぼ確定事項です。ただ召喚士のエスメラルダは、もしかすると自らの票も会長に入れるかもしれませんね」
「あの女は結局の所、会長のためだけに動くからな。彼女は確かに善人だが、魔術士の子弟という絆は強い。選挙において我々にだけ協力するということはあるまいが、私が会長となれば私に協力することに吝かであはるまい」
「そうですね。魔術士としては珍しく、全体の協調性を重んじますから。ただ彼女が協力してくれれば、赫、褐壌が何か言ってきても抑えることができるでしょう。会長就任後も、ヤーレンセン様の思惑通りに教会は運営できるでしょうね」
「2人の時は父と呼んでよい。以前もそう申したはずだが」
「選挙という戦いの前ですので、今日はこのままで・・・明日になれば、また元に戻ることもございましょう」
「そうか。苦労をかけるな」
「いえ」
ヤーレンセンは穏やかな気持ちでカラバルを労った。ヤーレンセンが息子に向けた言葉には、確かに嘘がなかった。事実、長男のカラバルには苦労を掛けていると思っている。
だがカラバルはまだ緊張感のある表情を崩さなかった。
「して、例の仕込みはどうか?」
「はい、手配済みです」
「そうか、念には念をというからな」
「そうですね。そのために、わざわざあのような者を仲間に引き入れているのですから」
「そうだ。使える者はなんでも使う。それが私の方針だ。汚いと思うかね?」
「いえ、私も同感にございます。それでは明日に向けて最後の確認をいたしますので、一度失礼いたします」
カラバルは一礼をして、その場を立ちあがった。もう夜も更けている。だがこれからも彼の元には様々な報告が来るだろう。また、下手をすれば直接自分、ないしヤーレンセンの暗殺を試みる輩がいないとも限らない。教会の中は、気が抜けないのだ。
カラバルが下がった後で、ヤーレンセンは自らが魔術教会の全過程を修了した時に授けられた卒業証書を見ながらつぶやいた。そこには、終了時の魔術士としての評価まで記入されているのだ。
「評価は中の下、か。同時に修了した者達は、私の事をさんざん馬鹿にしたものだ。机の上の論理ばかりで、実がないとな。だが、もうすぐ私がこの教会の頂点に立つ。そう、もうすぐだ・・・見返してやるぞ、馬鹿者どもめ」
ヤーレンセンはほくそ笑むようにして、証書を見ながら過去の暗い思考を思い返していた。
続く
次回投稿は、12/28(金)12:00です。