魔術総会、その4~候補者達~
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テトラスティンはゆっくりとした時間を過ごしていたが、他の教会員達はそうではなかった。彼らは魔術士の矜持も嗜みも忘れたがごとく慌ただしく教会内を走り回り、明日の選挙に向けて最後の工作をしていた。それはもはや裏工作などという類のものではない。ただ火事場、という言葉がよく似合うほど、教会内は慌ただしかった。
人と人がぶつかり、書類の山が宙に舞う。人とぶつかるまいとして彼らは魔術で宙を舞おうとするが、やはりそれも宙で人とぶつかり、余計に危ない結果となっていた。そこかしこでは闘争が起き、殴り合いの喧嘩に発展している。魔術での争いにならないのは、魔術教会内ではどのような理由であれ、魔術を用いての闘争は禁止されているからである。魔術を使用しての決闘は、必ず会長の許可が必要になる。さらに言えば、会長だけはいつどのような場合でも魔術を用いた粛清が可能ということである。
もちろん、会長が最強の魔術士であるという条件に基づく行為であった。多少強引な理屈ではあったが、誰も実際に魔術を使用しての闘争を起こそうとはしなかった。魔術士同士の争いというものは使用する魔術の相性によるところが大きいので、誰が最強という概念は存在しなかったが、その概念を覆したのは魔術教会の歴史長しといえども、テトラスティンが初めてであったろう。だが、横暴ともとれるこの戒律ができてからは、確かに魔術教会内では権力闘争などによる死傷者が圧倒的に減っているのであった。
とまあそんな事情があり、魔術士達は明日の選挙に向けて最後の工作のため、最低限の平和を保ちながらも、最大限の暴力を駆使していそしんでいた。所々で起こる喧嘩は、もはやご愛嬌である。正攻法で票を獲得しようとする者は、誰がどのようにすれば自分達に票を入れるのかを探っている。また交渉、協力関係の調整にも余念がない。もちろん卑怯な手もその中には含まれているだろう。
ここで各派閥の事を簡単に話しておこう。
正攻法での交渉に最も長けているのは金の派閥である。彼らは名が示す通り、最も財力に優れている。現に、教会の出納は彼らの財源に頼るところが大きい。自然、金の派閥の者は魔術教会の外の世界と折衝を持つことが多く、交渉術に長けていくのは当たり前であった。ただし、交渉がうまいと言えば聞こえは良いが、平たく言えば賄賂をばらまいているのだった。
だが世俗と離れていることが多い魔術士達は、教会自体の収入源が明らかにアルネリアに対して不足しており、金をもらえるというだけでも非常にありがたかった。何の魔術を研究するにせよ、困るのは素材の調達である。
金の派閥はその点にいち早く目をつけ、魔術士としては異例のギルドを立ち上げ、世の中と関わっている。何も攻撃魔術を扱うだけが魔術士の本分ではない。魔術教会にしかない知識、たとえば魔術を持ちいた物の真贋を見分ける方法や、あるいは魔術で加工を施した道具を販売することでも利潤を上げられる。
そうして金の派閥は勢力を広げた。魔術以外の行動に勤しむため、魔術士としての力量を疑問視されることの多い派閥だが、今回代表として選挙に参加するマリーゴールドは魔術士としての能力も申し分ない逸材だった。金の派閥全体の懐刀であり、いずれは派閥の長になるであろう逸材である。
そして非常に子宝に恵まれるマリーゴールドは30を前にして現在三男四女を授かっているが、なおも第八子を妊娠中である。彼女の長男長女は幼年にして既に派閥の中で仕事の補佐をする立場にあり、これからマリーゴールドの盤石の体制が築かれそうな予感がある。
次に理派閥会長のヤーレンセン。彼は飛び級で魔術教会の過程を終えた秀才であったが、最終的な能力に関して、それほど期待はされていなかった。なぜなら、彼はどの派閥へも招集されなかったからだ。
優秀な魔術士は導師として引き抜かれることも多いし、また各派閥へ招集されるのが普通である。ヤーレンセンは頭脳は優秀でありながら魔術的には平均的な能力の持ち主であり、何か突出した才能を持たなかったともいえる。結果、彼は魔術教会で取り残された存在となった。
ただ知識に関して非常に貪欲な彼は、学問の都メイヤーへの留学を希望。メイヤーであらゆる学問を研究した。その中で話術、政治の能力を身につけた彼はあらゆる人脈を駆使して、野に下った魔術士達と知り合いになった。彼らの多くは魔力が不足しているから、あるいは覇権争いに負けた、などの理由で世の中に放逐された人間達だったが、ヤーレンセンは彼らを説得して仲間に引き入れることに成功する。
その彼の説得材料の最たるものが、彼が掲げた理魔術の理論だったのである。原型はもっと早くに構築された理論であったが、最終的な出力の問題であまり重要視されていなかった。魔術士の中では強力な魔力こそが全てであり、強力な魔術士とは、偶発的な出現以外は、血筋によって決まると思われていた。そのため、婚姻は魔術士にとって一族の存亡にかかわる一大事であった。
ヤーレンセンの掲げた理魔術の理論は、ひたすら魔力効率を上げることにより、本人の魔力があまり大きくなくとも、大出力の魔術を使用できるように構築したものだった。魔術教会の魔術士達は当初一笑に付したが、ヤーレンセンはメイヤーに渡ってから15年。彼は執念でもって理論を完成させ、強力な理魔術を実践できる人間達を率いて魔術教会に帰ってきた。その時の会長はテトラスティン。テトラスティンは彼の実績を認め、会長の後押しもあり、ヤーレンセンは一つの派閥を立ち上げ、その地位を確たるものにしたのである。
今では魔術教会の過程において必須項目にも取り入れられる理魔術は、若き魔術士達、そして新規に魔術士の仲間入りを果たした者達に大人気である。彼らは競ってヤーレンセンの元に集い、その派閥の勢いは侮れない。
召喚派閥のエスメラルダについては、以前少し語ったかもしれない。名門の派閥に生まれた彼女は、テトラスティンに師事し、その才能をいかんなく伸ばした。テトラスティンが教えた数少ない直弟子であり、魔術教会が誇る最強の魔術士の一人である。
家柄は古いながらも本人は革新的な人物であり、旧態依然とした派閥の考え方をあまり好きではない。ただ争いを好む人間でもないため、その交友関係は派閥、年齢を問わず広い。本人が行動を起こさないため権力争いとはほとんど無縁だが、その気になれば一気に中心に座る可能性もある人物である。
そして暗黒魔術派閥のフーミルネ。若き頃より野心家と言われ、虎視眈々と光の当たる場所へ進出すべく機会を覗っていると思われていたが、彼が派閥の中で頭角を現す頃には、テトラスティンが会長であった。
当時派閥の長だった彼の叔父を、テトラスティンは総会の場で惨殺している。以降フーミルネはそれまでの積極的な活動は控え、完全な裏方へと回った。
彼の名前が魔術教会で再び聞かれるようになるのは、征伐部隊(プランドラ―)のイングヴィルが台頭してきてから。イングヴィルという才能を見出し、彼の直属の上司として再びフーミルネの名前は聞かれるようになった。ただフーミルネが直接何かをすることは非常に稀であり、暗黒魔術派閥はまるでイングヴィルが個人で大きくしているかのように見えなくもなかった。
それでもイングヴィルが忠実にフーミルネの命令に従っているということは周知の事実であり、暗黒魔術を使う者には珍しく、比較的一枚岩の派閥として知られていたのである。
続く
次回投稿は、12/27(木)7:00です。