魔術総会、その3~知られざる思い~
「どうした、エスメラルダ。いつもの説教癖が出たか?」
「癖ですって!? ええ、そうおっしゃるならいいでしょうよ! ですが今回だけは言わせて頂きます。あの気の無い演説はなんですか? 『私が会長なら、今までの体制と各員の立場は保障する。以上』ですって? 他の演者はそれなりに準備してご高説をのたまったというのに・・・いつまでもそのお立場が安泰だと思わぬことです!」
「安泰だとは思っていない。理魔術派閥のヤーレンセンは求心力、実績、能力共に申し分ないし、人がなびくのは当然だ。マリーゴールドも研究の成果は十分だし、それにこの魔術教会の財布係でもある。フーミルネも裏方として欠かせない存在だし、何より派閥を超えて慕われるお前も立候補しているではないか」
「それは貴方に喝を入れるためであって、私が当選するつもりはありません! 確かに多少なりとも会長職に興味はありますが、私ではまだ能力、人望共に不足していることはよくわかっています。ただこのままでは貴方から人の心が離れてしまうと――」
「ああ、わかったから。私は忙しいんだ。その辺にしてくれ」
「あ、待ちなさい! まだ話は――」
エスメラルダがまだ何事か言いかけたが、テトラスティンはそれを無視してリシーと共に執務室に引っ込もうとした。だがエスメラルダが離れた隙に、今度はフーミルネが話しかけてくる。
「会長、よろしいですかな」
「今度はお前か。手短に頼むぞ」
「ええ、お手間は取らせません。ただの宣戦布告ですので」
「ほう」
大胆な物言いに、テトラスティンの瞳がギラリと光る。
「自身があるのか、フーミルネ」
「それはどうですかな? ただ、いつまでも会長の独裁を快く思わぬ輩は多いということです。恐怖政治もそろそろ終わりにしていただかないと」
「貴様が会長でも、所詮は同じことだと思うがな。いや、私よりもひどいかもしれん」
「ご冗談を。会長が現職についてから何人の行方不明者と、取り潰された家系があるか言いましょうか?」
「それなら先ほどの演説の場で言えばいい。教会全員の前で言う分には問題があるだろうが、それぞれの派閥の代表になる者達は皆知っているさ。私が度々粛清をしていることはな」
「隠し立てはしない、ということですか。大胆なお方だ。ですが、まだ私は粛清の対象にはなりたくありませんよ」
「貴様のような鼻のきく奴には、何を隠しても無駄だということだよ。それに、私が誰彼見境なく粛清するような愚か者に見えるかね? 粛清するつもりなら、お前が若い時にやっているさ」
「愚か者には見えませんが、粛清はしするほどには残忍に見えますね。なるほど、確かに私を粛清するならあの時にできたでしょうから。我が叔父と一緒にね」
「・・・ひねた人間に育ったものだ」
「誰のせいだと」
歯に衣着せぬ言い方にテトラスティンは多少辟易したが、元々こういう男なのであったことを久しぶりにテトラスティンは思い出した。若いころから、フーミルネはこうであったと。初めてフーミルネを見た時の、野望に燃えるぎらぎらとした目つきをテトラスティンは思い出す。ゆえに生かしたという所以もあるのだが。
そうするうちにもリシーが目でテトラスティンを促したので、彼はフーミルネに「受けてたとう」とだけ言い残して、執務室に入って行った。
執務室に入ると、リシーがテトラスティンのローブを受け取り、慣れた手つきでお茶を淹れ始める。テトラスティンはどっかと自分の椅子に座り、脚を机の上に投げだした。ここ最近執務をまとめて片付けたため、現在たまっている仕事はないのだ。
久しぶりに落ち着いた気分でテトラスティンはお茶を飲むことにした。だがリシーの表情はどこか浮かないものである。
「リシー、君もくつろいだらどうだ? どうせ結果は見えている」
「今回はそうですね。ですが、次の一手の事を私は心配しているのです」
「次の一手、ね。それもまあわかりきった結果ではあるが、蛇が出るか魔が出るか。その辺りは楽しみではあるな」
「藪をむやみにつつくような真似はあまり好きではありません。我々はともかく、エスメラルダが心配するでしょう。我々と違い、彼女はただの優秀な人間なのですから」
「確かに、な。我々のような化け物とは違う・・・よくぞあれは私達のような化け物の事を慕ってくれたよ。彼女のおかげで、多少なりとも我々も人間らしい暮らしができた。だが、それもあと数日だ」
「ええ、そうですね」
リシーが物憂げに外を眺めたので、テトラスティンは心配になった。
「リシー、何を考えている? 今更未練が?」
「まさか。私の未練はたった一つだけ。それは貴方の方がよく知っているはず。だけど、私は貴方のように無感情にも非道にもなれない。こういうところが、私は戦士として欠陥品である証拠なのでしょうね」
「・・・そうだな。お前は、ただの村娘だったものな」
「貴方こそ。ただの田舎の少年だったでしょうに」
「遠い昔の話だ。3人で野原を駆けたのもな」
「私にとっては昨日のような出来事よ。むしろ、長く生きた時の方が悪い夢の様。泡沫の時とは、こういう時間を言うのでしょうね」
「ああ。半端な魔術の才など、いっそなければよかったのにと思うよ。あるなら、せめて精霊か真竜のごとき全知全能の力を与えてほしかったものだ」
「そうね。それはまさにその通りだわ」
リシーが頷き、彼らはそれ以降だまりこくってしまった。2人は静かに日が傾くのをじっと眺めている。これほど落ち着いて日を眺めるのはいつ以来だったか。それすら思い出せないほどに、彼らは永き時を、ただ一つの目的のために駆け抜けてきたのだった。
続く
次回投稿は、12/26(水)7:00です。