魔術総会、その2~会長選挙~
「(最後に一つ面白いことを教えてやる。この場所は酔狂で選んだわけではない。もう少しすれば、私のやりたいこと、オーランゼブルのやりたいことが自ずと実感できるはずだ)」
「(実感、だと?)」
「(あとは自分で考えることだ。ここには邪魔は入らない。考える時間は多分にあるだろう。
さて、私はもう行くとしよう。私の時間は十分にあるが、人の歴史は常に動いているからな。もうすぐ人の世界で大きな戦が起きる。そうすれば、オーランゼブルの策は一気に進行するだろうな。
それにここは貴様がうるさくてかなわん。瞑想もゆっくりできはしない)」
「(ふん、ならば俺を殺すか解放すればいいではないか。そもそも俺に助言を与える意味がわからん)」
「(貴様に死なれては困るからだよ。まさかとは思うが、オーランゼブルの元には奴の意に反する存在が何体かいる。ああいった輩に、万一にでもお前を害されては困るのだ。今しばし待て。人の世の戦が一段落したら考えてやる。物事には機、というものがあるからな。機を逃せば・・・)」
「(逃せばどうなる?)」
「(二度とこの大地で生物を見ることはあるまい。それはそれで、運命かもしれんがな)」
「(なんだと!? おい!)」
だが既に応えはない。既にユグドラシルは姿を目の前から消していた。あまりに溶け込むように消えたので、ノーティスは目を疑ったが、どれほど目を凝らしてももはや何も見えなかった。ノーティスは歯ぎしりしたい気持ちでいっぱいだったが、それすらも水晶漬けではかなわない。
「(くそ、第三の助言とでも言うつもりか・・・なんだ?)」
ノーティスは誰にも聞こえない悪態をつくのだが、その時唸り声のようなものが聞こえてきたのだ。巨大な、そう、ノーティスすらも一飲みにしそうなほどの巨大な生物を想像させる声に、ノーティスはうすら寒い予感を感じていた。
唸り声が近づくに従い、今まで静かだった神殿に振動が起き、耐え難いほどの轟音が近づいてくる。
「(ぬう・・・どれほど巨大な生物なのだ!? それにこの音の反響の仕方・・・ここはどこだ? うおお?)」
ノーティスを固定している水晶がぐらりと揺れ、ノーティスは地面に転んでしまった。これほど巨大な水晶を転がすとは、相当の振動である。ノーティスは半ば祈るようにしていたが、振動はそれほど長くなく、やがて収まっていった。
「(なんだったんだ、今のは・・・?)」
ノーティスをもってしても経験したことのない事態に、彼は動揺が隠せなかった。ただ、もう少し後に気が付くことだが、彼を起こす者がいないこの空間では、しばし彼は仰向けの状態で放置されることになるのである。
***
「では発表いたします。現時点で会長選挙の最終候補は、現会長テトラスティン殿、暗黒魔術派閥フーミルネ殿、召喚士派閥会長エスメラルダ殿、金の派閥代表マリーゴールド殿、理魔術派閥会長ヤーレンセン殿、この五名であります!」
司会を務めるのは白魔術派閥代表のウィンストンであった。彼は既に老人といえる年齢の男性であるが、その声ははきはきとしていてよく通る。なぜ彼が司会進行役であるかというと、良く言えば彼の誠実な人柄。だがその実、白の魔術、いわゆるほぼ聖の魔術というものはアルネリア教会がほぼ独占している魔術である以上、この魔術教会において白の魔術とはもっとも弱小かつ軽視される存在であり、ウィンストンは誰にも敵視されぬ、どうでもよい立場であったのだった。
そのためウィンストンが会長に立候補するなどありえぬことであり、また利害に絡まぬ彼は皮肉にも最も信頼される中立の男として、毎回この司会進行役を務めているのであった。司会進行を彼が務めてもはや10期、50年にもなる。その間一つの派閥の長であり続けることは実に素晴らしいと同時に不名誉なことであった。実力があるから、ではない。誰にも排除の対象とされないほど、ウィンストンは脅威として見られていないことである。もちろん、派閥の中では彼は慕われているという証拠にはなるが。
とにかく、ここ50年の会長選と同様に、ウィンストンが今年も司会であった。ウィンストンが一時閉会とし、翌朝の開催にて会長選挙を執り行うということであった。既に立候補者の演説も終わり、後は投票を待つだけであった。各自が解散の合図と共に、席を立つ。もちろんテトラスティンもそれに倣うが、彼の元に詰めかける影は二つあった。
「会長、よろしいですか?」
一人はエスメラルダ。テトラスティンの直弟子でもあった彼女は現在では立派な派閥の長であるが、同時にテトラスティンに対して遠慮のない物言いができる、唯一の人物と言ってもよかった。その彼女だが、まさに苛々とした表情を隠すことなく、テトラスティンの前に立ちはだかったのである。
いつものことかと、テトラスティンは斜に構えて応対した。
続く
次回投稿は、12/25(火)7:00です。