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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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不帰(かえらず)の館、その53~謎の協力者~

「おーい! 皆、無事か?」

「ドーラ! どこに行っていた?」


 館の中から駆けてくるドーラの声が聞こえたのである。ジェイク達が改めて見る館は、突入前よりもはるかに小さく見えた。それにその外観も、威圧感がもはやなくなっているせいか。確かに時間が経っただけの不気味さはあるが、それは人気のない建物特有の、寂れた印象とほぼ同様だった。『城』としての結界を築くことで、まさに異空間と化していたのだろう。

 ドーラはその館の中から駆けてきていた。ネリィもまた少し遅れて走ってくる。2人の様子に変わったところは見られない。ジェイクは彼らに走り寄った。


「ドーラ、ネリィ。無事か?」

「ああ、もちろんだ。問題ないよ」

「ドーラ様が守ってくれたから」


 優しくほほ笑むドーラに、ぽっと頬を赤らめるネリィ。ブルンズがやってられるかとばかりに、けっと悪態をついた。いつものごとくラスカルが宥めている。

 だがジェイクは厳しくドーラを問いただした。


「詳しい報告をしろ、ドーラ。俺達と別れてからの経過だ」

「はっ、何者かによって部屋の外に引っ張り出されたドーラ、ネリィ両名は必至の抵抗を試みるも、自らの身を守るだけで精一杯。気が付けば元の館の中にいたという次第であり、しばし安全を確かめた後、『城』が解けたのではないかと思いここに合流しているのです」

「なるほど、無事なのはいい。だが、俺達に合流すると言いながら肝心の戦いの場面には間に合っていない。咄嗟でも、できそうにない言葉を口にしてもらって困る」

「ジェイク、それは厳しいんじゃ・・・」

「はっ! ジェイク隊長のおっしゃる通りであります!」


 ドーラがきりっとして敬礼をしながらかしこまった表情で生真面目に訴えるので、周囲だけではなく、ジェイクまで思わず吹き出してしまった。


「ドーラ・・・もういいよ。無事で何よりだ」

「多少緊張がとれたかい?」

「ああ、まったくだ」


 ジェイクはここにきて初めて戦いが終わったことを認識し、そして緊張の糸をほどいた。もう一つ気になる点がないでもなかったのだが、あえてその疑問は自分の胸にしまうこととした。

 そう、あるはずがないのだ。ジェイクがドーラと背を合わせて戦った一瞬、ドーラの事をアルベルトよりも頼もしいなどと思うことは。


***


「僕達は・・・出番がなかったね、クルーダス」

「そうだな」


 戦闘後の処理をしながら、マリオンとクルーダスはぼやいていた。いいや、ぼやいていたのは主にマリオンであり、クルーダスはいつものように淡々と作業を進めているだけである。

 マリオン達にとっても、今回の戦いは大きなものであった。そしてこの戦いに最も懸けていたのは、他でもないマリオンだったのである。オルメキスの王太子であるマリオンは、グローリアのへの残留を強く希望していた。もちろん本国からは矢のように帰国の催促が飛んできていたが、マリオンはまだこのアルネリアにおいて学びたいことがあったのだ。もちろん、国へ帰れば自由がなくなるという非常に世俗的な理由もある。何より、ここグローリアでできた自分と対等に口をきける友人達と別れることを惜しむという気持ちもあった。王太子としては失格だとは思いつつも、まだ王が健勝であることを考えれば猶予はあるだろうと自らに言い訳をしていた。

 マリオンがグローリア、ひいては神殿騎士団への正式な参加を決めるためには、今回の遠征での実績はほしいところである。そのためマリオンはクルーダスを通じてラファティに頼み込み、ラファティと共に最前線で戦うように志願したのである。

 だが現実には期待していたような戦いは起こらず、彼らは気が付かないうちに夢に陥り、目が覚めた時には戦いが終わっているという為体ていたらくであったのだ。マリオンが自らの不明を恥じるのもいたしかたない。そして戦功を上げられないことは、非常にマリオンとしては致命的であった。


「だが、この戦いで命があっただけでも良いと考えるべきだな。近年の戦いでは稀に見る死亡率だからな」

「慰めてくれるのかい、クルーダス?」

「そんなつもりはない。だが事実だ。生きていれば次の機会もある」

「次があればいいけどね」

「そんなことは――」

「だめだぞ、クルーダス。そいつは俺達よりも頑固なところがあるからな。半端な慰めは逆効果だ」


 そこにやってきたのはミルトレ。彼は遺体の収容を終え、残留物の片付けをしているクルーダスとマリオンの手伝いに来たのである。


「遺体は全部収容した。さっさと終わらせて帰還するぞ」

「代わりの部隊が派遣されるのか?」

「ああ。それまで駐留する騎士はアリストさんが率いるそうだ。俺達は全員帰還しろだと」

「なんだかんだと、僕達は気遣われているね」

「しょうがないさ。いかに実戦経験を何度か経たといっても、まだ学生に毛が生えた程度だからな。正直俺達は役に立っていないし、ここに残っていても役立たずだろう。それよりも帰って訓練する方がいくらかマシになろうというものさ」

「実に堅実な考えだね。でもそれしかないか」


 ミルトレの考えにマリオンが同調し、彼らはいそいそと片付けてその場を去ろうとする。回収すべき装備、また持ち帰って調べることができそうなものを端から袋に入れて運び出す。さすがに全部は無理なので、そのあたりは現場の判断で優先順位の高そうなものから回収される。

 特に遺体の収容はつらい。遺体は戦いの中で悲惨なことになることがほとんどだが、戦場では必ず後片付けをする者が存在する。野原であれば獣葬、鳥葬も期待できるが、建物の中では人が行わざるをえない。それにアルネリアの者達は多くがそれなりの家柄の者。葬儀に体の一部が足りない、では格好がつかないことが多い。

 遺体の回収は新米の役目である。たいていの場合、どれほど肝の据わった人間でも仲間の遺体を見ると吐く。ミルトレもマリオンもそれは例外ではなく、クルーダスでさえその日は何も口にできなかったほどだ。

 それらを回収する中で、ふっとクルーダスは壁と床の接するあたりに赤い染みがあることに気が付いた。それは決して古いものではなく、鮮やかな赤であるように感じられる。クルーダスは作業の手を止めると、その染みをしばし凝視した。すると、少しじつではあるが、確かにその染みは大きくなっているのだ。

 クルーダスは手に持っていた物を投げ出すと、染みのある壁を調べ始めた。クルーダスが物を投げ出した音に反応し、マリオンとミルトレも寄ってくる。


「どうした、クルーダス」

「静かに・・・この向こう、空洞だな。壊すぞ」


 クルーダスが剣をずらりと抜き放つと、2人の返事を待たずして壁を切ってしまった。壁はどんでん返しになっていたようだが、それほど厚くも丈夫でもなく、クルーダスの剣によって回転の支柱を失い、ばたりと向こう側に倒れたのである。

 扉が倒れた後にばちゃりと水音がたち、後ろから2人が何事かと覗き込む。


「荒っぽいな・・・うっ?」

「これは・・・ヘカトンケイルか?」

「・・・だろうな」


 3人が見たのは、壁の向こうの細い隠し廊下一面に飛び散る、ヘカトンケイルであったであろうものの残骸。「あろう」としか表現できないのは、ヘカトンケイルがまさに鎧ごと細切れにされているからであった。

 むせ返る血の匂いの中、クルーダスは手元に光の魔術を灯し、入り口から見える範囲を照らした。廊下の長さはかなりのもので、向こうの方は見えないが、同じような光景がずっとつながっていることだけはわかった。見える範囲だけでも数十mに渡るが、血はとどまることなく流れてきているからだ。


「まさに血の川だな」

「何体いたんだ?」

「数十体はくだるまい。そこかしこに見える武器だけで20はある。そしてやった者は半端ではない達人だ」

「鎧ごと粉々だものね。どんな剣を使ったのかな? まさか、魔晶石?」

「ラファティ隊長ならできそうだな。もっとも、複数でやったとか、同士討ち、自決とも考えられるが」

「自決はないだろう」

「どうかな? こいつらの考えることはわからんからな」

「いや、これは・・・」


 ラファティには無理だし、そもそもそれ以外の個人のものだとクルーダスは言いたかったが、喉まで出かかったその言葉を止めた。ラファティよりも剣の腕が立つのは、アルネリアの中にはアルベルトしかいないはずであるが、そのアルベルトをもってしてもこの鮮やかなまでの惨殺は無理だとわかってしまう。なぜなら、これほどの血の海にも関わらず、壁にはほとんど血が飛んでいない。つまり、ヘカトンケイルが切られて倒れるまで気づかないほどの速度で八つ裂きにしたということ。魔晶石を用いたとしても、力でラファティは及ばず、技術でアルベルトは及ばない。

 そして傷口は一様だった。これは単一の武器で、個人がやったことを示している。クルーダスには信じられなかった。クルーダスは武器の収集、研究を密かな趣味にしている。その彼だからわかる。この切り口は魔晶石ではない。強度は確かにヘカトンケイルの鎧以上の剣だが、魔晶石とは異質である。そんな物質、剣がこの世の中にどれほど存在しているか。現存する中でクルーダスにはいくつか候補が思い当たるが、そのどれもがこの場所に存在するとは考えがたい。

 そもそも、こんなことは人間業ではない。まるでこの廊下だけを鎌鼬が通ったかのようだ。


「(誰だ・・・誰が、いつ、やったんだ。目覚めてからここにほとんど俺はいるんだ。やったとしたら、戦いの最中ということか。もしこんな近くに伏せていた手勢が戦いに加わっていたら、被害はこれだけではすまなかったろう。俺も・・・くそ、誰だ!? これほどの化け物が、俺達のすぐそばにいるのか?)」


 クルーダスは不気味な味方の正体に、釈然としないものを抱えていた。足元を流れる血は、いまだゆるゆるとその流れを広げていたのだった。



続く


このシリーズは今回で終了です。感想・評価などありましたらよろしくお願いいたします。


次回より新シリーズです。投稿は12/23(日)7:00です。

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