不帰(かえらず)の館、その52~脅迫~
「(聞かれたか?)」
ブランディオが心配するが、そのようなことは構わずリサとアリストは会話を続けた。
「どうやら2人とも無事なようだな。リサ殿、これで生存者は全員か?」
「ええ、そのようです。地下からジェイク達も帰還したようですし、どうやらルナティカも無事ですね。そして敵は残さず全滅です。我々の勝利かと」
「何人死にましたか?」
「・・・敵に直接殺害された者が14名。そして夢から覚めず、そのまま息を引き取った者が10名」
「全体の4分の1程度か。相手の規模と手強さを考えれば、まず上出来と言っていいのか」
アリストが悔しそうな顔をしたが、あえてリサは何も言わなかった。リサ自信はアルネリアと親交があろうとも、所詮雇われの傭兵の身。ここで何かを口にする資格は、傭兵である自分にはないとリサが判断したからである。
アリストが気を取り直して口を開いた。
「いいだろう。私はこのことをラファティ隊長に報告する。リサ殿は一旦休まれよ。仲間の元に合流しても良し、手当や食料が必要なら、休憩所に行くとよいでしょう。シスター、僧侶が詰めているはずです」
「お気遣いどうも。もう少ししたら向かいましょう」
リサはわざと素っ気ない返事をしたが、アリストは気に掛けることなく去っていった。そして残されたリサとブランディオ、ウルティナ。リサがウルティナに突然向き直ると、お辞儀をしながら頼みごとをした。
「巡礼のシスター、一つ頼まれてくれますか?」
「なんでしょう?」
「地下に通じる扉の近くて、我々のルナティカが困っているようです。敵を仕留めたのはいいのですが、死体が地下に通じる入り口を覆ってしまっているようで。貴女の力で撤去をお願いできませんか」
「・・・私は便利な掃除屋ではないのですがね。ですがいいでしょう、手伝います。そういった行動も我々の役目の一つですから。ブランディオ、くれぐれも粗相のないように」
「ワイは子供かっ」
「ああ、それと。その変な話し方をいい加減直しなさい? 巡礼の者達が皆変だと思われてしまいます」
「ワイの地や。ほっとけ!」
言いたいことをさんざん言ったウルティナが去った後、しばし笑顔で見送ったブランディオだが、すぐに無表情になった。その表情は、彼が今回の遠征で決して見せなかった表情。いや、アルネリア教会の誰の前でも見せたことがないであろう表情だった。
表情と同じく、抑揚のない声でブランディオがリサに話しかける。
「聞いたんか?」
「まあ、途中からですが。相手の事はリサには覚えがありませんが、ちょっと変わった服を着ていたようですね。東方の国に多い装束のように思えました」
「そうかもしれんな。で、どうするつもりや?」
「・・・別にどうも。情報の質が曖昧で、どうしようもありません。ミリアザールに言っても、ミランダに伝えても、貴方をアルネリアから追い出すだけの決め手とはなりえないでしょう。現時点で貴方の有用性の方がはるかに勝りそうですから。あの2人はそのくらいの計算ができないほど愚かではありませんし、貴方の動きについては私以上に知っているかもしれない。
第一、傭兵である私にとって、直接害がなければあなたが何者であろうが、どこの間諜であろうが関係のないことです」
「賢い選択や、さすがにセンサーは心得取る。もしここで誰かにチクるつもりやったら、殺しとるかもしれへん」
「そうでしょうか? 貴方がそんなことをしても、貴方になんの利益もないでしょう。第一、リサを殺しても何も面白くないのでは?」
ブランディオが無感情に言い放った言葉に、リサもまた平静で答えた。人の情報を盗み聞きすることが多いセンサーにとって、この程度の脅しは日常茶飯事である。ただし、この相手は通常と違い、やるといったやるに違いないのだが。
ブランディオがふっと笑みをこぼす。
「まあそやな。やけどな、あの小僧に仇と憎まれるのは悪くない。あと数年もしたら、ぞくぞくする戦いができるかもな。そのためやったら、あんたも殺す」
「戦闘狂ですか。破戒僧もいいところですね」
「褒め言葉にしかならんわ。ただ今のところは何もするつもりはないし、アルネリアも裏切る気はないよ。あの黒の魔術士とかいう連中を相手にしとる方が面白そうやしな」
ブランディオはすっとリサから離れ始めた。もう話すこともないと思ったのだろう。リサは一つだけ気になることがあったので、最後に聞いてみた。
「今回の一件、情報を握りつぶしていたのは貴方ですか?」
「そうや。やけどな、何十年もこの館の情報を握りつぶすほどワイは年くってへん。つまりは・・・そういうことや」
「・・・なるほど、わかりました」
リサは頷いた。確かにブランディオはアルネリアに従順ではないが、裏切っているとも限らないかもしれない。裏切り者は複数いる。そうなると、かなり組織だった裏切り者達がアルネリアの内部にいるのかもしれないと、リサはアルネリアの者達をうかつに信用できないのではないかと思い始めていた。しばしこの情報は胸の内にとどめるべき。リサの直感がそう告げていた。
それに、あのずるがしこいともいえるミランダがこのことに気が付いていないはずがないのだ。もし気が付いていなければ、それはそれまでかもしれないとリサは思うのである。
***
「ああ、地上だ!」
「晴れたんだな。っていうか、空が青い」
「生きてた」
地上に上がった少年達を出迎えたのはルナティカ。彼女は山と積まれたヘカトンケイルの屍の上で、いまだ滴る血を拭こうともせずに、そこにただ坐していた。もはや自らの傷なのか、返り血なのかもわからない。
そのルナティカの姿にブルンズとラスカルはびっくりして足を止めたが、ジェイクだけは彼女に近づいて、その血をふき取るように促した。
「拭いた方がいい。皆怯える」
「余力がない。さすがに疲れた」
「全滅させたのか?」
「おおよそ。残った連中は神殿騎士団が処分」
「さすがだね。さっきは助かったよ、ありがとう」
「礼はいい。リサの命令だったから」
ルナティカは重そうに体を起こすと、その場を去っていった。その姿を見て、ジェイクはあれほどの強さを手にしてみたいと、少しルナティカに憧れるような気持ちを持った。その強さが、ジェイクの求めるものとは違うとしても。
その時ジェイクはふっとドーラとネリィの事を思い出した。ジェイクはルナティカがどこかに行く前に、彼らの行方を聞くべきだと思った。まだその辺には姿が見当たらないのだ。
「ルナ、あと2人の俺の仲間を知らないか?」
「見てない」
「そうか・・・俺達が出てくる前に、ここから出た者、入った者は?」
「誰もいない」
その言葉にラスカルとブルンズが不安そうになる。ドーラとネリィはまだ中か。ジェイク達がそう思った矢先である。
続く
次回投稿は、12/22(土)8:00です。