初心者の迷宮(ダンジョン)にて、その8~封印されしもの~
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「しかしここにあの女剣士たちが来るなんてね。すごい偶然だよ」
「……たしかに運命的なものを感じるね……だが結果は上出来だ……実際あのリサとかいうセンサーがいなかったら……もっと強引な手段に出る必要があった……」
「そうだね! 精霊様、この巡り合わせに感謝します!」
「……僕たちに感謝されたら精霊も迷惑さ……」
アルフィリース達の相手をマンイーターに任せ、先に進む二人。扉の奥はまだ先に長く、段々と通路が細くなり、進むごとに空気が淀み、腐っていくのを二人も感じていた。並の人間なら息苦しくて先に進むこともままならないだろうが、この二人は違う。
「んー、いいねぇ。ビンビンキテるじゃん?」
「……たしかに、これは大物だ……制御できるの? ……」
「さあ~? まあできなかったら僕もその程度っていうか、それはそれで楽しいかな? なんてね」
「……自分の死すら快楽か……でも君のそういうところが好ましい……」
「おっと、告白はもっとムードのあるところでしてくれよ?」
ドゥームがウィンクに対し、ライフレスが珍しく口元を歪めて感情を表に出した。
「……僕にその趣味はない……」
「アハハ、僕も女以外は無理。男なんか、余程面白い奴以外部下にするのは嫌だね!」
余談が終わる頃、彼らは小さな部屋に辿り着いた。そこには台座の上に小瓶と、地面には一振りの剣が刺さっている。どちらも不吉な雰囲気を放つことには違いないが、同時に人を魅了する妖しい空気を纏っていた。
「……どっちが目的だ? ……」
「小瓶の方だね。剣はよく知らない……ん?」
ドゥームが無造作に瓶に手をかけると、瓶の中からゴポリ、と黒い液体が流れ出てきた。
「なんだこりゃ?」
「……気をつけるといい……封印はまだ作動してるが、どうやら中の怨念がそれをはるかに上回ってるようだ……出て来るぞ!……」
ライフレスの方を向いて話していたドゥームが手元に目をやると、小瓶からは既に湧き水のように黒い液体があふれ出ており、しかも自分の意志があるがごとく彼の手を登ってきていた。
「うぉい! なんじゃこりゃあ 僕を取り込もうとするなんざ、とんだじゃじゃ馬じゃねーの⁉」
ドゥームが自身が内蔵する悪霊を放出し始め、小瓶の侵食と拮抗させる。その額には汗が滲んでいた。
「……ふむ、どうだい? ……」
「なんとか大丈夫だけど……拮抗させておくのが手一杯だね。手強いのもそうだけど、どうやら何百年も封印されて気が立ってるみたいだな」
「……なら、どうする? ……」
「ちょっと暴れさせてやろう。とはいえそこの傭兵たちにけしかけたらマンイーターがむくれるどだろうし、下手したら共倒れになりかねない。おそらく数も足りないな。どっかの村か町に連れて行って暴れさせてやるのが一番だろう。すまないが、転移を頼めるかい? とてもそこまでする余裕がない」
「……マンイーターと、アルフィリースたちはどうする?……」
「マンイーターならほっといていいんじゃない? これしきで死ぬような奴に興味ないね。リサちゃんはしょうがないけど今回は諦めよう。また縁があったら遊べるさ」
「……仲間が欲しいんじゃななかったのか……ひどい奴だ……」
「僕と一緒に遊べないような仲間はいらないよ。リサちゃん、また遊ぼうね?」
そうしてドゥームとライフレスは、小瓶と共にダンジョンから姿を消した。邪悪な気配が消えた後には、黒い光を発する剣が地面に刺さったまま残されていた。
***
一方目の前に召喚された子どもを前に、アルフィリース達を含む傭兵の面々はどうしてよいか戸惑っていた。あのような連中が召喚したからにはただの子どもであろうはずがないが、その姿はあまりに幼すぎる。また殺気を感じるわけでもなく、ただじっとうつろな目で周りを見渡している。そしてやせ細り骨と皮だけの体にボロボロの布切れといった戦争孤児のような格好が余計に憐憫の情を駆り立て、彼らに剣を振り下ろさせる覚悟を鈍らせていた。100近い武装した傭兵達と、そのようなボロボロの子どもの睨みあいといった異様な対立に耐えきれなくなったのか、ついに一人の傭兵が口を開く。
「おい、お前は敵か・・・?」
その言葉にピクリとマンイーターは反応し、ゆっくりとそちらを振り向く。そして何事か口を動かし始めた。
「・・・が・・・・・・たの」
「なんだって?」
「おなかがすいたの」
その言葉の意味を測りかねる傭兵は、ありのままを答えた。
「・・・あいにくと飯は持っていない。地上に出れば食料ぐらい取れるだろうが」
「? 目の前にいっぱいごはんあるよ?」
「何を言って・・・」
傭兵が最後まで言葉を言い終える前にマンイーターが動く。そして目にもとまらぬ速さで傭兵に飛びかかった。そして彼女の頭だけが成人男性ほどの異様な大きさに一瞬で膨れ上がったかと思うと、口が上下に大きく開き、頭から傭兵にかぶりついていた。
バキッ、ゴキィ! バリバリ・・・ボキリ、ムシャムシャムシャ・・・ゴクン。
そして元の少女の大きさにあっという間に戻るマンイーターの頭。先ほどの傭兵がいたあとには・・・彼の膝から下だけが立っていた。具足も剣もおかまいなしにマンイーターは噛み砕く。そして真っ赤に染まった口を隠そうともせず、マンイーターが手を伸ばしながらその隣にいた傭兵に近づいて行く。
「・・・・・・もっとちょうだい?」
「ひ、ひ、ひぃぃ!」
よく目の前の事態をよく理解できないまま、やみくもに剣をマンイーターに向けて振り下ろす傭兵。だがそんな剣を彼女はあっさり歯で受け止め、やはりそのまま噛み切った。
バキン!
鉄製の剣がなんのためらいもなく折れる。そのまま剣をバキバキと食べるマンイーター。
「あ、あああ・・・」
「・・・あんまりおいしくない」
そしてその傭兵に飛びかかろうと、マンイーターの体が宙に浮いた瞬間――ニアの飛び蹴りが彼女の腹にめり込んだ。そしてそのまま20m先の壁まで吹き飛び、叩きつけられるマンイーター。
「動け貴様らぁ!」
そのニアの一喝ではっ、と我にかえる傭兵達。アルフィリース達も我にかえる。
「ニア!」
「全員気をつけろ。あいつ、堅いぞ!」
「・・・どうして、じゃまするの・・・?」
ゆらり、とマンイーターが立ちあがる。リサがその様子を探知しているようだ。
「皆さん、気をつけて! アレは見かけどおりの生物ではありません。もはや生きてなどいない・・・おそらくは何十年も経た悪霊の類いです!」
「・・・ワタシは、おなかガすいテルだけナのにぃぃィいイイいい!」
子どもとは思えないほど低く、そして獰猛な声を上げて子どもの姿が変貌していく。あっという間に大人達の身長を超え、なおも体を巨大に変貌させる。胴体は岩のような外表をし、横に開く大きな口を持つ。歯はまるでサメのようなノコギリ歯だ。そして足は蜘蛛のように毛むくじゃらで6本あり、長い尾の先にも口がついている。そして両手の代わりの大きなハサミがついており、胴体から先ほどの子どもの姿が胸から上だけ出ていた。
「なんなの、この生物は・・・」
「これは・・・色んな生物が合体してる?」
「蜘蛛とカニが結婚でもしましたか?」
「リサ、気色悪いこと言わないでよ」
「アルフィ、ここは任せた!」
「ええ!?」
ラインがその場を後にする。
「あいつ、戦いを投げ出したわ!?」
「ほっとけ! くるぞ!?」
「おなかガすイたよオおおオおぉぉォォ!」
「グオオオオオ!」
「ゲヒャヒャヒャ!」
マンイーターと胴体の口、尻尾の口がそれぞれ別々に吠える。そして胴体の口が吠えた時に、口の中に血走って真っ赤な目をした人間の顔が沢山あるのが見えてしまった。どれもこれも生者を羨む悪霊の目だ。前戦った魔王に比べればまだ生物に近い、などと考えた自分の浅はかさに舌打ちするアルフィリース。目の前にいるこれは、もはや子どもでも、生物ですらない。
「全員で囲むように戦って!」
アルフィリースが反射的に指示を飛ばす。傭兵達も誰となくその指示に従い、戦いが始まった。
続く
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