不帰(かえらず)の館、その51~内通者~
「ああ、生きているよ。それがどうした?」
「耳貸して」
ドゥームがひそひそと話すにつれ、アノーマリーの表情が明るくなる。そしてまたけたけたと、先ほどよりも腹をよじって笑い出したのだ。
「ひーっひっひっひ! ほんと、君ってそういう下衆な発想にかけては一流だよね?」
「褒めてくれてありがとう」
「いいよ、乗った! 裏工作はこちらでやっておくとしよう。オーランゼブルに対して、どんな言い訳にするかだけが問題だね。一つ間違えると、大変なことになりそうだ」
「ケルベロスのせいにしたらいいんじゃない?」
「ああ、それもそうか。あいつがつい食べちゃったって話にしておこう。激怒したヒドゥンあたりにポチが処罰されるかもしれないけど、まあいいか。あの不細工な顔も見飽きてきたし」
「ひっでえ!」
ドゥームも快活に笑いながら、横目でちらりとマンイーターの方を見た。マンイーターは彼女には珍しく、腹を抱えて青くなっている。元々顔色は悪いのだが、今回食べたインソムニアが簡単に消化されるとはドゥームは考えていない。悪霊としての格はほとんど同じなのだから、きっとマンイーターが取り込むのではなく、融合するのではないかとドゥームは考えていた。
だからドゥームにはまだまだ楽しみがあるのだ。各地に見繕ったうえで放った悪霊は100を超えるが、その全てが全滅したとしてもドゥームにはなんら損害はない。彼の狙いはもっと別にあるのだから。
そこにふっとオシリアが帰ってきて、ドゥームに耳打ちした。
「ドゥーム、残されたヘカトンケイルのことだけど」
「ああ、回収してないもんね。どうなった?」
「何体か捕獲してアルネリアが持ち帰るようね。処分しておく?」
「いや、いいんじゃない? 今のヘカトンケイルを持ち帰っても、大してわかることは少ないと思う。他には?」
「妙な点が一つ」
「妙?」
オシリアの報告はやはり耳打ちで行われたが、その報告にはドゥームも驚いた。
「え・・・なんだそりゃ?」
「そう、変なの。ヘカトンケイルはまだかなりの個体数が残っていて、一戦構えるくらいはできるはずなのに、もうほとんど残っている個体がいなかったの。あなた、何かつかんでなかった?」
「いや、途中からはリサちゃんとジェイクの戦いに集中してたから・・・でも、誰が?」
ドゥームの疑問に答える者はいない。あの館にいたのは、アルネリアと自分達だけではなかったのかと、ドゥームはなんとも後味の悪い気持ちになったのである。
***
ドゥームが去って残されたブランディオ。彼はしばし憮然として表情をしていたが、ドゥームの気配が遠くに去ったのを感じると、ふぅとため息をついた。
「もうええで、出てきても」
「いえ、私はこのまま」
柱の陰にすうっと人の気配が現れた。ブランディオはその者に背中を向けたまま、柱にもたれかかるようにして話を続ける。
「誰にもばれていないようですね」
「そんなヘマ、ワイがするかと思うか? 今までこの館の情報隠してても、誰にもばれへんかったやないか。それよりもこの館で起こったこと、見てたか?」
「半分くらいは。中に入ってきたのはいましがたなので、完全には把握していませんが」
「まあええんちゃう? それで、こっちにはいつごろ来れそうやってあの人は言ってんの?」
「まだいましばらくかかるでしょう。ですが今頃大きな変化が始まっているはずです。その後の処理に時間がかからなければ、1年と少々で事は起こせるでしょう」
「1年か。早すぎる気もするけどな。猶予はまだまだあるんやろ?」
「それは何とも。私の知るところではありませんから」
「さよか」
ブランディオはふぁあ、と呑気にあくびをした。人影は気配を殺しながら、ブランディオに忠告する。
「真面目に仕事をこなしているのですか? 最近報告が途絶えがちでしたが。わざわざ私をこちらに出向かせるのはやめてください。私とて、それほど自由がきく身ではないのですから。言い訳も結構苦しいのですよ」
「まあそう度々実家に帰ってることにもできんわな。心配せんでも、ちゃんとやってまっせ。やけどミランダさんの監視の目が意外に厳しくてな。さっすが最高教主が後釜に考えてるだけあるわ。相当油断ならん人やで、あれは」
「だけど、ミリアザールより組みしやすいのでは?」
「どうやろな? 一瞬でも触れられれば弱みもつかめるやろうけど・・・あ、そうそう。さっきの悪霊からある程度情報引き出せたわ。大した情報はなかったけど、オーランゼブルとかその他敵の仲間達の顏は引き出せた。後で似顔絵にして送るさかい、面さえ割れたら追跡できるやろ? 確かそんな術があったやんな?」
「ある程度は。でかしたとまずは言っておきましょう。これで心置きなくこちらも物事を進められる」
「まあ役に立って何よりや。あと一つ聞いておきたいことがあるんやけどな。途中でヘカトンケイルの数が異様な速度で減っていったんや。戦いも最後の方かな。あれ、アリストかラファティがやったんか?」
「いえ、そのような動きはなかったように思います。もちろん、私でもありません」
「へえ。じゃああいつかな?」
「誰です?」
「こっちの話や」
影は首をかしげたようだが、こちらに近づく足音に気が付いて姿を消した。影が忙しくあちこちを飛び回っているのはブランディオも知っている。もうしばらくは顔も出さないだろうと考えるのだ。ちらりと緋袴が翻ったのが見えたのが、最後であった。
そしてブランディオは何事もなかったかのように、足音の主に笑顔で接する。
「おお、ウルティナ! 元気にしとったか~」
「元気にしとったか~・・・じゃないわよ、このぼけなす!」
ウルティナの当身がブランディオの腹に炸裂する。ブランディオが受け身も取れないほどの速度に、思わず悶絶した。
「おおう・・・な、なにすんねん・・・」
「あなた、今回何をしていたの? 全く働いていないじゃないの!」
「そ、そんな無体な。ちゃんと働いてるって。現にお前も守って・・・」
「そういうことを言っているんじゃないの! あんたの洞察力、能力を合わせたらもっと安全かつ手早くこの案件は片付いたんじゃないの? なんせ、あんたの討伐実績は申請さえしていれば一番だっておかしくないんですから」
「・・・かいかぶりや。そんな器ちゃうわ」
「嘘をつきなさい! 以前貴方が倒した魔物は――」
「そこまでにしときや。それ以上言うたら――」
そこでブランディオは口を閉じるように促した。『城』がない今、センサー達の能力が正常に戻っている可能性が高い。同じ仲間とはいえ、これ以上の情報は都合が悪かった。
そして、そこに丁度リサとアリストが到着したのだ。
続く
次回投稿は、12/21(金)8:00です。