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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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不帰(かえらず)の館、その50~インソムニアの最後~

「どうやらただの巡礼の僧侶、ってわけじゃなさそうだね?」

「いや、ただの僧侶や。順番はそれなりやけどな。最高教主や、ミランダさんほど特別やあらへんよ」

「そうかい? ボクには君は非常に特殊に見えるけどね。その気になったら、今回の討伐くらい一人でなんとかなったんじゃないの?」

「アホ言いな、無理に決まっとるやないか。それより聞きたいんやけどな、その悪霊どないするつもりや? こっちとしてはとどめを刺したいんやけど」

「と、言われてホイホイと渡すと思う?」

「思わへん。だから取引や」

「ふぅん。内容をいいなよ。それ次第で考えてもいい」


 ブランディオはおかしな気分になった。ブランディオの言葉は半ば冗談だったのである。どれほどの情報だとしても、仲間を差し出すような真似をするものだろうか。最も相手が想像以上に下衆である可能性も否定できないので、ブランディオはやや考えた。この少年のような悪霊は、想像以上に組みにくい相手なのかもしれないと。

 ならば取るべき手は一つ。相手の想像の、さらに上をいくことである。


「内容ね・・・せやな。その悪霊を引き渡してくれたら、こっちが巡礼者の全員分の能力をばらす、なんてどうや?」

「・・・へえ」


 ドゥームの表情が少し変わった。だが少しして、また元の人をくったような笑顔になるのだった。そしてドゥームの行動は、ブランディオにとってさらに予想の上をいくものだった。


「もっと良いやり方があるよ」

「なんや?」

「こうするのさ。マンイーター!」

「はーい」


 マンイーターは突然かぱりと口を広げると、ばりばりとインソムニアを足から食べ始めた。インソムニアが何をされているか気が付きもがいたが、マンイーターの食欲とその腕力から逃れる力はもうない。インソムニアが顔を上げてドゥームの方を見る。その時初めて、インソムニアの顏が表に出た。その瞳は何もない、ただの空洞であったのだ。

 2つの空洞が、恨めしそうにドゥームを見る。ドゥームはその視線に気が付くと、肩をすくめた。


「ボクを恨んでいるのかい? だけどそれは筋違いだよ。知ってる? 食人カニバリズムは究極の愛の形なんだってさ。誰が言ったかは知らないけども」

「・・・」

「え? 女に愛される趣味はない? ああ、こりゃ一本取られたね」


 あはは、とドゥームが笑う。だが一笑いして、ドゥームは非常に残酷な目をしてこう言った。


「だけどいつまでもわがまま言ってるんじゃないよ、雑魚が。こっちはね、ボクの遊びについてこれない奴なんていらないんだよ。君もそれなりの悪霊なら、せめてボクの肥やしになれることを喜んでよ。悪霊の王たるボクのね!」

「・・・」

「冗談じゃない、呪ってやるって? どうぞ、ボクは呪われるほど調子が良くなる。望むところさ」


 インソムニアはドゥームを真実呪わんとしたが、いつぞやのようにドゥームの底知れない闇を感じただけだった。そして以前よりはっきり感じられたのは、ドゥームの中は完全なる闇しかないということであった。それは怒りでもなく、悲しみでもなく、まして憎しみでもない。ただ、ただ闇なのである。

 インソムニアは心底ドゥームの本質を恐れた。それはインソムニアにとって初めて感じた恐怖であったが、それも一瞬でしかない。インソムニアが悲鳴を上げるより早く、マンイーターがインソムニアの頭をかみ砕いたからである。

 あたりにはマンイーターの咀嚼音だけが響き、ぽかんとした表情で立ち尽くすブランディオがそこにいたのである。


「仲間を・・・食いよった」

「仲間じゃないよ、遊び友達さ。都合が悪くなれば、一緒に遊ぶのをやめるだろう?」

「そういう問題とちゃうわ! それより、悔しいけど交渉はなしのようやな。そっちのが、こっちにとっても好都合やけどな」

「そういうこと。君たちにとっても、一人の大きな敵を処理したわけだからね。だけど君の図抜けた態度に免じて、一つだけ教えてあげるよ。

 東の大陸の動向を探ることだね。思わぬところで足元をすくわれかねないかもよ?」

「・・・なるほど、そういうことか。なんで教える?」

「さて、なんでだろうね?」


 ドゥームは意味深な笑いを残して消えた。残されたブランディオはしばらくむっすりとその場で立ち尽くしていた。


***


 消えたドゥームは、ランブレスの館から少し離れた地点に姿を現した。そこでオシリアと合流する予定だったからだ。

 だがその場所に待っていたのは、なんとアノーマリーであった。


「やっほー、お疲れ様だね」

「うぉう! びっくりしたぁ~・・・なんでここにいるのさ!」


 ドゥームが驚いたのが面白いのか、アノーマリーはけたけたと笑っている。驚かされたことに腹を立てるドゥームが何かを言う前に、アノーマリーはさっと表情を真面目に戻して要件を切り出した。


「ヘカトンケイルの新型、それに魔王達はどうだった?」

「ああ、いいんじゃないかな。ある程度自律性を持ちつつ命令も聞くし、機転もきくようだ。まるで人形ってわけじゃなさそうだね。サイレンスの人形より面白いんんじゃない?」

「そうだね。ただ個体としての運用期間が長いと、外部からの余計な情報のせいで明確な自我を持つかもしれない。離反するような知性を授けるのは厄介だけど、こちらの命令は聞いてほしい。非常に面倒な話なんだよね、調整が。何体かは暴走しようとしたんじゃないの?」

「その通りだよ。こちらの言うことを聞かない奴がいたのは事実だ。あれは生前の記憶や性格が反映されるんだねぇ。従順な奴をえらべばいいんじゃないの?」

「それがね、そういう性格がおとなしいのを選ぶとなぜか能力的には大したことない個体ができちゃうんだよね。気性は好戦的であればあるほどよいみたいなんだ。まあそれがわかっただけでも上出来かな。どうやら間に合ったみたいだし」

「間に合った?」


 ドゥームが聞き返したことに対し、アノーマリーは意外そうな顔をした。


「あれ、聞かされてないのかい? 計画は前倒しになったんだよ。グルーザルドが色々とかぎ回り始めているようでね。冬が来る前に始めようって話になったのさ」

「そんな話、ボクは聞いてない」


 ドゥームが明らかに不快そうな顔をしたので、アノーマリーが宥めた。


「まあまあ。捕まりやすいボクと違って、君はいつも飛び回っているからね。情報の伝達に時間差があるのはしょうがないさ。ドラグレオなんて、伝えても意味がわかっているかどうか疑問だしさ。必要な奴だけで始めるんじゃない?」

「必要な奴・・・誰?」

「招集されたのは僕、カラミティ、サイレンス、ティタニア。連絡してきたヒドゥンはどうするかわからないけど、ライフレスなんかも来ることになるだろうね」

「アルフィリースにも関係があると?」

「っていうか、関係ない人間の方が少ないと思うけどね。招くまでもなく、彼女の方から出てくるさ。まあそれはいいとして、ボクの研究はまた進んでいる。今回の解決策も考えてあるし、次の時までにはもっと面白い魔王を作れるかもね。

 そういえば、キミのところのグンツ。あれを素体にしたら面白いのができそうだけど」

「どうぞどうぞ。使えそうなら使ってやってよ・・・あ、素体で思い出したけど、アレ、まだ生きてる?」


 ドゥームがアレと呼んだものに、アノーマリーがいち早く反応した。



続く

次回投稿は、12/20(木)8:00です。

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