不帰(かえらず)の館、その49~館の真実~
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「ふむ・・・なるほどな。これが館の真実かい」
ブランディオはさきほど侵入した、地表の館の隠し部屋にいた。その奥深くでは、ランブレスとその執事と思われる死体が折り重なるように吊り下げられていた。
無数の鉤によって天井から吊り下げられた白骨は、骨が組み合わせられていた。また一部は骨同士を溶接したあともある。彼らに対し、一体何が行われたかは想像もしたくないところであった。ブランディオは彼らからこの館の真実を見る過程で、彼らが何をされた方を全部知ってしまったのだが。
「全く、ようも吐き気のする行為を平然と行えたもんや。確かに稀代の狂った女やで。なあ?」
そうつぶやくブランディオが部屋の隅を見ると、地べたを這いずるインソムニアがいたのだ。ジェイクに致命傷を浴びせられ、それでもなんとか彼女は脱出し、ここまで移動してきたのだった。もはや『城』を維持する能力も、悪霊として恐怖を周囲にまき散らす力もありはしない。ただその長い髪を振り乱し、不気味な印象だけを与え、這いずるのが精いっぱいだった。
ブランディオはまるで虫でも見るような目つきで、自分の足にしがみついてきたインソムニアを見た。
「やったのはやっぱりジェイクか。あの小僧、本物のようやな。五位の悪霊ともなれば、あんな未熟な騎士の聖別なんぞ掻き消えるはずや。それにも関わらず、これだけの打撃を与えた。これは鍛えてどうなるもんでもあらへん。『特性』っちゅうやつか。
だけど実戦不足か、取り逃がすとは甘いなぁ。まあとどめはワイが刺しておくわ、出血大サービスでな。
それにしても哀れな女や。さっきランブレスの記憶を見たが・・・」
ブランディオはふっと先ほどランブレスと執事から見た記憶を思いだす。それは断片的だったが、確かにインソムニアの人生と、隠された真実を暴きだしていた。
インソムニアが生まれた時。確かに彼女は不気味ではあったが、愛情深いランブレスとその妻は彼女の生誕を喜んでいた。少なくとも、その努力はしていたのだ。だが記憶がコマ送りのように飛ぶたびに、妻もランブレスも必要以上にインソムニアに怯えていた。そしてランブレスは館を改造し、妻にインソムニアの世話を押し付けるように、彼女から離れて行った。
男ゆえの性か。子育てよりも仕事に没頭するするふりをして、ランブレスはインソムニアから離れた。だが妻の方は子育てに対する責任感からか、インソムニアの近くにできる限りいようとした。それが災いしたのか、妻は徐々に精神を病んでいった。そして妻は人に隠れて、娘に虐待を繰り返すようになる。
それはまだインソムニアが赤子に近しいころから繰り返され、物心ついてからも執拗に行われた。最初は頬を張ったり、水をかける程度。だが徐々に虐待は拷問に近くなり、手はこんでいった。そしてランブレスの知らないところで、執事が妻に協力をしていた。妻が力仕事をさせるために執事を使ったのだが、彼らは異常な秘密を共有したことから妙に親密になり、そして彼らは子供を虐待しながら一種の興奮を覚えるようになる。異常をきたした彼らは、ついにインソムニアの前で背徳的行為に及ぶようになった。インソムニアは幼い頃からずっとその光景を見て育ったのである。
ある日執事は、インソムニアが逆に自分の母親に拷問している姿を見てしまう。インソムニアにしてみれば、愛情表現を行おうとしただけだったが、行為は完全に拷問である。また拷問のごとき責めを、愛情と教え込まされて育てられれば無理もないか。容赦ない責めに最初は母親を助けようと考えた執事だが、その手口の容赦なさと、美しさに逆に虜にされてしまった。そしてインソムニアの下僕となった執事は彼女にせっせと犠牲者を運び、妻は怯えきってしまい娘に近寄らなくなっていった。
やがてランブレスが館を改造しインソムニアを閉じ込めようとするのだが、執事の手引きでインソムニアはたびたび脱走した。そして自分の母親のところに行っては、今行っている素晴らしい行為の数々を見せた。このころから能力の一部を発揮していたインソムニアは、母親が目を背ける時は夢に引きずり込んで無理やりにでも自分の行為に突き合わせた。母親が精神を病み、病気で死んだのも無理はない。
そして執事はついにはランブレスも巻き込んで、インソムニアの行動を促した。執事はたびたび人を招待し、またランブレスの館の噂を流した。そして訪れる人々を次々とインソムニアに差し出した。だがある日執事は気が付いてしまう。インソムニアの欲求には際限がなく、そして自分に準備できる人間には限りがあることに。
館に訪れる人間が少なくなってきた時、館の使用人が一人消えた。しばらくしてもう一人、また一人と。たまたま暇を申し出ていなくなった使用人に会いに行こうとしたが、彼は既に死んでいた。しかも、家族もろとも。全員が床の中で、まるでひどい夢でも見たような表情で硬直して死んでいたのだ。執事は気が付いた。インソムニアの行為は、まさに対象を選ばないのだと。
手に負えなくなったことに気が付いた執事は、インソムニアを殺してしまおうと考えた。そこで自分の知りうる限りの館の道を閉ざし、インソムニアを閉じ込めてしまおうと考えた。結局インソムニアは執事の知らない抜け道も用意していたのだが、結末はラファティ達が見たとおりである。
そこまでブランディオは記憶を見て、一つの疑問を浮かべた。インソムニアの母親は、非常に真っ当な人間であった。その彼女がおかしくなったきっかけは、本当にインソムニアだけのせいなのか。愛情を注ごうとしていたランブレス夫妻があのように怯えた理由はなんだったのか。また。この異常な性癖と執着を持った執事がランブレスに仕えていたのは偶然か。
ブランディオには答えがわかっていた。
「仕掛けたのはお前やな、坊主?」
「ありゃ。気づかれてたか」
おどけた調子で返事をしたのはドゥーム。彼は舌を悪戯っぽく出すと、マンイーターに命じてインソムニアを自分の方に引きずり寄せた。
「大したことはしてないよ。ちょーっと、母親の夢枕に立って色々吹き込んだり、変質者を見つけてランブレスの執事になるように仕向けたり、インソムニアの周りに悪霊を放って不気味な演出をしたり。その程度さ」
「十分すぎるわ。随分と悪趣味なやっちゃ」
「でもこの子に資質があったのは本当なんだよ。だからボクはこの子を仲間に引き入れるためにあれこれやったのだし、眠らないってのはこの子の本質だよ。まあ虐待を愛情と勘違いさせたのは、ボクの功績だけどね。
でも人間って面白いだろう? 幼いころからいたぶられていると、それを愛情と感じるんだって。柔軟というか、なんというか。愛って業が深いよね?」
「悪霊が愛を語るんやないぞ? ここで貴様みたいな小僧成敗してくれる!・・・といいたいところやが、めんどいからここでお開きにしよか」
「あらら」
ドゥームが少し身構えるところだったので、彼は間を外されてずっこけていた。ドゥームとしても多少からかって終わるつもりだったのだが、どうにもこのブランディオという男は傍から見ていてもやりにくい。
ドゥームは少しこの男に興味を持った。
続く
次回投稿は、12/19(水)8:00です。