不帰(かえらず)の館、その48~成敗~
「おおおぅ!」
「ちきしょお、怖ぇええ!!」
まだ慣れぬ雄叫びと共に突撃指してきたのはラスカルとブルンズ。彼らはジェイクを守るべく、激しい攻撃の中に身を投じてきたのだ。彼らの剣は学年相当の実力の少し上程度しかない。その彼らがここに来るには、並々ならぬ勇気と使命感が必要だったろう。だがジェイクは確信していた。この2人ならきっと来てくれると。だからこそ、ジェイクは彼らを従騎士として指名したのだから。
そしてこの2人が自らの役割をしっかりと理解していることも、ジェイクは知っていた。アルネリアの訓練の中には、集団戦闘という授業もある。その中で組むことの多いこの3人は、それぞれの役割も状況に応じて瞬時に理解できる。
ラスカルはジェイクの脇から迫る攻撃を叩き落とし、ブルンズは盾で背中からの攻撃を止めた。たいした助勢ではないかもしれない。だが、一人が一手稼いでくれることが何よりの勝機につながる。
「ラスカル、ブルンズ! あれをやるぞ!」
「よしきた!」
「本気かよぉ?」
こういう時に打ち合わせがいらない仲間は頼もしい。相手に予兆すら悟られないために、彼らは合図なしに呼吸を揃えることもできる。インソムニアは少年達が何をしようとしているのか考える暇もなく、ただなぜこのジェイクと言われる少年が自らの愛に答えてくれないかを不思議そうに眺めていた。この少年はインソムニアにとって、理解不能の存在であった。
それはジェイクにとっても同じ。インソムニアは理解不能であると同時に、理解の必要もないと感じていた。ただインソムニアの攻撃を受けるたびに感じる、わかる。この悪霊が、一体なんであったのか。
きっとジェイクにとってはあまり重要でない事。しかし、ジェイクが目指すもののためには、もしかすると必要かもしれないこと。
「(今の俺には全てを成し遂げるだけの力はない。だけど、いつか・・・!)」
ジェイクが叫んでから、3呼吸でぴたり息が揃う。ジェイクが攻撃を薙ぎ、止まらないものはブルンズが身を挺して防ぎ、そしてラスカルが先行して攻撃をひきつけ、かつ隙を作る。
インソムニアは思わずラスカルの突撃に反応してしまった。ラスカルは鎧についているマントを投げつけ、インソムニアの視界を塞いだ。そのマントごしに突撃してくる存在にインソムニアは槍状の髪を突き立てたが、それは盾を構えたブルンズであった。
「うああ、ちくしょう! 俺ばっか、いつもこんな!!」
ブルンズはやや情けない叫びだったが、突撃は非常に勢いがあった。虚を突かれたインソムニアは、おもむろにブルンズの突撃を受けてしまった。そしてのけぞった顔にラスカルが松明を押し当てる。
「キィ!」
「言うこと、なしだ!」
ジェイクが完全に隙のできたインソムニアに突撃する。ジェイクは考えていた。この化け物は、どこが弱点なのか。どこを攻撃すれば致命傷になるのかと。
そもそも悪霊は聖別をした剣でなければ攻撃しても消滅しない。当然ジェイクは2人が救ってくれた隙を使って剣に聖別の魔術を施していたが、それだけでは不十分な気がしていた。ではなぜ突撃しているのか。それは相手の弱点など考えなくてもよいと、本能が叫ぶから。想像すべきは、いかに自らの剣を相手に食らわせるというその一点のみ。
そして想像したのは、アルベルトとラファティの剣技。情け容赦なく繰り出される重い一撃と、鮮やかに宙に描かれる剣閃。もし、同時に実現できたなら。
「うおおおお!」
想像した瞬間、筋肉が爆ぜたかのように躍動した。ジェイクは攻撃した瞬間を覚えていなかった。剣に施した聖別は消えていたが、ふっと上を見上げると、インソムニアの体には確かに5度、叩き斬るに十分な剣が振り下ろされたのだとわかる傷跡があった。
「キイイイイッ!」
初めて――インソムニア自身で初めて放つ叫び声をあげて、悪霊は姿を消した。その姿は霧散しており、今度こそ後ろの扉が開いたのである。先ほどまで闇に息づいていた得体のしれない悪霊たちの声はなりをひそめ、確実なる静寂が訪れていた。
地下の部屋は先ほどの松明のみがもはや光源となっており、ろくに互いの顏も見えぬほどの暗くじめじめした部屋で、少年達3人は息を切らしてへこたれていた。ここまで戦い抜いた疲れと、任務を果たしたという疲労が彼らを一時に襲っていたのだ。
「ゼイ、ゼイ・・・おえっ」
「た、倒したぁ・・・よな?」
「多分・・・いや、完全じゃないかもしれないけど、もうこの『城』は維持できないはず。致命傷にはなっているから、後は生きている人たちとまず合流しよう。それから考えた方がよさそうだ。俺も正直限界」
「じゃあ寝ちまう前にこの部屋を出ようぜ。気を抜いたら寝てしまいそうだ」
「そうだな、そうしよう。ほら、ブルンズ。行くぞ」
「待てよ・・・まだ気持ちわりい」
「手間のかかる奴だな。外の空気を吸いに行くぞ。そうすりゃ気分も晴れるさ」
ラスカルがブルンズの背中を叩きながら、外に出て行こうとする。松明はジェイクが持ち、後に続く。ふっと丸机の上を見ると、いつの間にか日記は消えていた。
ジェイクは思う。仲間の頼もしさに救われたと。実践が初めてに近い状態でありながら、よく普段通りに戦ってくれたと。それはジェイク自身のおかげでもあるのだが、まだジェイクが気づくことはない。
そして先ほどの悪霊は本当に消滅したのかと。手ごたえは十分だったが、さきほど消滅させたとは思えなかったのだ。
ともあれ今は仲間と合流したい。ドーラとネリィも地下室にいないようだし、彼らとも合流をしなければと思うのだった。
続く
次回投稿は、12/18(火)8:00です。